第81話 Days1~刺客~
影のひとつが、扉のノブを捻った。
一体どうやったのか、やはり音が無い。
ほんの少しの隙間が開き、影が部屋へと滑り込んだ。
とても広大な部屋。その中央に天蓋付きの巨大なベッドが、その隣には小さなシングルベッドが横たわっている。白いレースのカーテンが閉じられてはいるが、蒼い光に照らされ、眠りを貪る主が淡く映し出されていた。
影がベッドを取り囲んだ。
月明かりが、枕に埋もれる黒い髪の毛を照らした。
それを確認すると一呼吸も置かずに、影は一斉にカーテンの隙間から短刀を差し込んだ。
くぐもった鈍い音が小さく響いた。
「痛っ!」
ベッドから漏れ出てきた声に、影達は驚きを隠せなかった。3本もの短刀を突き立てられ、「痛い」など声を出せるものではない。
そこはかとない違和感に、影のひとりが短刀を引き抜こうと後ずさった。
「どこに行くんでぇ?」
が、布団の隙間から飛び出てきた声と腕が、影の手首を絡め取った。逃げるのは許さない。そんな意志が籠められているのは明白だった。
仲間のひとりが腕を取られ、他のふたりは離脱を決意したようだ。有事の際には仲間であろうと容赦なく切り捨てる。そういう取り決めなのだろう。
影達が床を蹴ろうとした刹那だった。
天蓋から何かが降ってきた。
それが何なのか。影達には見極める暇すら与えられなかった。
逃げようとしたふたりの首元に、降り立った何かが食らい付いた。そこでようやく見極めが付いた。
それは、獣だった。
「あがっ!」
「ぐぁ!」
暗闇から悲鳴が上がった。手首を捕まれた影はそれを振りほどこうと必死だった。このままでは自分も危うい。自由になる方の手を懐に滑り込ませたが、既に遅かった。
「逃がしゃあしねーよ。」
目の前に立っていたのは、グールの男だった。
衝撃が走った。
凄まじい力で頭部を掴まれ、気が付いた時には彼の体は寝室の床に叩き付けられていた。
「ここに来たってことは、姫殿下に夜這いだな?室長にバレる前に……」
グールが手刀を振り上げた。
「そこまで。」
と、同時に、部屋に明かりが灯された。
「ころすな、ゴルウッド。アイネ、ララも。とどまれ。」
ゴルウッドと呼ばれたグールが振り返ると、寝室の入り口にはクロエの姿があった。その言葉に応えるように、全員の動きが止まった。
仄明るい室内ではグール以外にも、大型の獣が侵入者を押さえ付け、既にその喉笛を噛み砕いていた。一方はシャープなシルエットを持つコヨーテ、もう一方は鮮やかな柄を持つヒョウだった。
「あー、クロエ殿?アイネもララも、間に合わなかったようで?」
ゴルウッドは肩を竦めると、小首を傾げながらクロエへと顔を向けていた。
明かりが灯ると、黒髪は深い紺色だということが分かった。幼さの残る顔立ちに、幼さの残る返答だ。だが、この青年は確か既に成人を迎えていたはずだった。
「しようのない。」
クロエの嘆息に合わせるように、コヨーテが変身を解除した。
ショートボブに切り揃えた黒髪。まるで人形のような顔付きをした細身の少女がアイネ。
アイネに続きヒョウ化を解除した成人女性がララ。長身と、背中まで伸ばしたブロンドの髪と相まって、ジョハンナに繋がるゴージャスさを感じさせる。
「申し訳ございません。勢い余って、つい。」
「まぁ、姫殿下を狙った不届き者ですし、報いは受けて当然です。」
それぞれがバツの悪そうな表情を浮かべ、頭を掻いたり毛先を弄ったりしていた。
「むくいはじょうほうをひきだしてからだ。」
そんなふたりをそれ以上咎める意思はない。ゴルウッドが取り押さえた黒装束を手早く縛り上げると、クロエは早速、尋問を開始した。
黒頭巾を剥ぎ取った下から現れたのは、美しい男の顔。やはり、予想通りの黒子族だった。
が、しかし……その男もまた、既に事切れていた。
新キャラ盛り沢山!何回も読み直して覚えて下さいね♪(笑)




