表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/164

第79話 アガートラーム・マルドナード

 ―――ツキカゲが地下室の中央に時空転移のゲートを押し開いた。


 時が来た……。


 南部遠征へと向かう面々が、小さくまとめた荷物を手にゲートを潜るための号令を待ちわびていた、その時だった。


「ちょ!?プージャ様!?」


 そんな彼らの耳に、何やら不穏な……いや、騒々しいだけか……やり取りが届いてきた。

 全員の視線が一斉にそちらに向かった。


「何なのですか!?その大荷物は!?」


 声の主は、マルハチだった。


「持ち物は必要最低限と申したではありませんか!」


 そして申されていたプージャ。

 その手には、とてつもなく大きな、大柄なオーク族のひとりはゆうに収まるほどにとてつもなく大きな、車輪付きの革トランクの持ち手が握られていた。


「最低限だよ!」


 腹心に負けじと大声を張り上げる君主。


「じゃあ聞きますが、何が入っているんですか!?」


 腹心も引く気は無いようだ。


「何って、そりゃ、あれだよ。嫌だなぁ、マルハチは。」


「誤魔化してもダメです。何が入ってるのですか?」


「えー?言うの?こんなとこでー?やだよぉ、この子は。そりゃまぁ、お着替えとか、おパンツとか、そういうの諸々さね。」


「頬を赤らめて見せても騙されませんよ?あなた様のお着替えが、クローゼット内の全てを詰め込んでもそこまでの大荷物にならないことなぞ、私めは把握しております。」


「やだスケベ!」


「そもそも、衣類だとしたらそんな重量にはなりませんでしょう!ご覧下さい、その車輪を!重みで若干ひしゃげているではありませんか!」


「ほら、最近は私も戦闘というものに参加せねばならぬことが多くなってきたじゃん?だから、重りを付けたお洋服で体を鍛えようと思いまして。」


「それは絵本のネタでしょう!」


「お!?よくご存知で!ちょびっと物語の最新刊で主人公のジェスタ君が修行でやってたんだなぁ。なのでちっと真似しようかと思いましてぇ。」


「え?真似?本当にそんな重りを付けたお洋服をお作りなさったのですか?」


「そーよ!?私だってねぇ、ちっとは真面目に考えてるんだからね!」


「お見せ下さい。」


「はい?」


「お見せ下さい。」


「…………はいぃ?」


「その重り付きのお洋服をお見せ下さい。このマルハチめ、プージャ様がそのように真面目にお考えなさってるとは……感極まって……プージャ様の勇姿を拝見しとう存じます!!」


「うん、後でね。」


「今、すぐに!」


「いや、後でね。」


「いえ!今すぐに!」


「いやいやいやいや、今は違うっしょ!後でゆっくり見せてあげるから!サルコファガス砦着いたら見せてあげるから!」


「今ここで、すぐに拝見しとう存じます!」


「ちょっと、さぁ?私にここで今着替えろって?こんな大勢がいる前で?一応、私だって女の子なんですけどねぇ。」


「いえその服だけ見せて頂ければ結構です。」


「は?」


「着替えるには及びません。私めはその重りの付いた洋服をこの目で拝見するだけで満足です。さぁ、早くトランクを開けて見せて下さいませ。」



(わぉ。話が元に戻ったわ。)


 そんなふたりのやりとりを眺めていた全員の感想がこれだった。




 ―――観念したプージャは、いよいよトランクを開けることとなった。

 ご丁寧に錠前による施錠までしてある。

 そんなもの、予め文句を言われる予測がついていたとしか思えない行為だろう。

 革トランクは、トップボディと呼ばれる蓋とボトムボディと呼ばれる胴体の双方に収納が設けられている造りだ。

 床に広げると真っ二つに割れて、中身が一望できた。


 トップボディ側には、証言通りの衣類が。

 しかし、

 ボトムボディ側には、マルハチの睨んだ通り、明らかに四角い様相を呈す、大判の本がびっしりと詰め込まれていたのだ。


「こ、これは、まさか……。」


 マルハチは絶句した。

 そして本の一冊を手に取った。

 その表紙に書かれていたのは、


【アガートラーム・マルドナード~楽しい呪術~】


 図書室に納められている、高度な魔術書の名前だったのだ。


「まさか、プージャ様が、これを?」


 隣の一冊に目を移すと、同じく幻術の書。

 更には楽しい呪術の下にはヴェルキオンヌ・サーガの題名が覗いているではないか。


「……まぁ、ね。色々と勉強しないとかな?って思ってさ。」


 そっぽを向いて頬を掻いている。

 その頬は、今度こそ本気で染まっているように見えた。


「…………な、なんと、なんという……こんな、こんな日が来ようとは……、プージャ様が、あの!、プージャ様が、自発的に勉強用の本を持参されるとは…………こんな日が来ようとは!」


 マルハチは立ち上がると、プージャの手をしっかりと握り締めた。


「申し訳ありません!プージャ様!このマルハチめ、また、プージャ様が無用で不要な絵本なぞを大量に持ってきているとばかり思い込んでおりました!申し訳ありません!」


 その目には、煌めく涙が溜まっていた。


「いや、いいんよ。そう思われちゃうキャラだったのも事実だし。いいんよ。」


「ありがとうございます!この不肖マルハチ、命を賭してもプージャ様をお守りする次第です!」


「だから死ぬなって言ったでしょーよ。そういうの言わない。」


「申し訳ありません!」


 勢いよく立ち上がると、マルハチはゲートの方へと駆けて行った。

 ゲートの傍らに立つと、通り抜けるひとりひとりに声を掛けているようだ。


 それを見送ると、再びトランクを閉じようと膝を突いたプージャの元に、ミュシャがスキップで近付いてきた。


「やりましたね♪姫様。」


 蓋を持ち上げるのを手伝いながら、ミュシャが微笑んだ。


「ふっふっふ。睨んだ通りだったね。マルハチめ、やはり上澄みの一冊しか手に取らなんだ。」


 言いながらヴェルキオンヌ・サーガの本を捲ると、その下から顔を出したのは、


【ちょびっと物語 第86巻】


 そう。

 小難しい魔術書や歴史書は上層二冊分のみなのだ。

 それらでカモフラージュしてはいるが、その下に敷き詰められていたのは、いつもながらの絵本達。

 しばらく屋敷に戻れないプージャが選りすぐった、トップクラスのお気に入り達だったのだ。


「くっくっくっ♪マルハチさんもまだまだ青いですねぇ♪」


「だね!この私とて、いつまでも良い子ちゃんではいられないのよ!」


 …………魔王様は元よりワガママだったとは思うが、本人に自覚がないのなら仕方がない。

 とにかく、こうして見事にマルハチを出し抜いたプージャは、まんまと不要である絵本を遠征に持ち出すことに成功したのだった。


 そして、マリアベルの南部遠征の幕が降ろされた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ