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第78話 南部遠征

「まずは、ここに集まってくれた各位に礼を言う。そして、謝罪をさせて欲しい。申し訳ない。」 



 ここはマリアベル屋敷、地下室。氷煌戦役の折り、プージャが領土防衛の魔術を行使した、あの部屋だった。


 室内に集うのは、


【執事室室長】マルハチ

【アンデッド軍団長】クロエ

【メイド】ミュシャ

【メイド】ツキカゲ


 それに執事室とメイド室より3名ずつ選出された若者達。

 そして軍部より借り受けた精鋭部隊20名。

 それらを束ねるは、


【魔王】プージャ・フォン・マリアベルXIII


 計30名を前に、マルハチが静かに言葉を紡ぎ始めた。


「今回の天霊との邂逅を目的とするミッションは、いつどこで、誰が命を落とすとも分からぬ。それだけは念頭に置いて欲しい。」


 沈黙が支配する地下室に、マルハチの声は凛として響き渡った。


「ご託はいい。全員それは承知だ。早く始めろ。」


 マルハチの誠心誠意を籠めた言葉を遮る者がある。


「今更ここで怖じ気づく者がいるなら、あたしがこの場で血祭りにあげてやる。」


 ツキカゲだった。

 しかし、その乱暴とも言える物言いに、誰として口には出さないが、場にいた全ての者が賛同していた。

 そんな目でマルハチを見つめていた。


(流石はジョハンナだね。)


 マルハチはゆっくりと息を吐くと、再び息を吸った。


「ならば本題に入ろう。まず、我々が目指すのは、南部の乾燥地帯に位置する大都市、ベラージオだ。そこに天霊ブローキューラの居城である天霊郭がある。」


 マルハチの説明に合わせて、執事達が地下室の壁に魔界の地図を広げていく。


「通常、北部中央に位置するマリアベル領からベラージオまでは、短く見積もっても二ヶ月以上の日数を要する長旅になる。特に小隊と言えど、大勢による行軍ならば尚更だ。」


   紺に近い黒髪を持った若いグールの執事が、その一般的なルートに赤いチョークで線を引く。


「今回、クリアすべき問題が2点、存在する。ひとつがこの、時間の問題。無論、二月などという気の長い時間は掛けられない。そしてもうひとつが、我々の動向を神の涙に悟られることだ。」


 マルハチの言葉に、軍部の兵側からどよめきが上がった。


「我々が南部を目指すことが知れれば、自ずとその目的も想像がつくことだろう。【落涙】が放たれるのが我々であれば、それはまだマシだと言える。もし神話と同様に、主不在のこのマリアベルの町に落とされるならば、それは最も避けるべき道だ。故に、我々は身を隠しながら南部を目指す必要がある。」


 室長が言い終わるとほぼ同時に、別の執事、焦げ茶色の髪を短く刈り上げたインキュバス族が地図のある点にピンを刺す。


「まず、ここが最初の目的地、サルコファガスの砦だ。」


 サルコファガス……石棺の砦。

 山間部の南に広がる湖畔地帯に築かれた、石棺の帝王の居城を改装、利用した、現在のマリアベル領の前線基地の名だった。


「サルコファガスまでであれば、我々はふたつの問題をクリアしながら到達出来る。方法の確実性も検証済みだ。」


 マルハチの視線がツキカゲに向かった。


「メイド室所属のツキカゲが扱う時空転移の術であれば。」


 その言葉に続いて、場のほとんどの視線がツキカゲへと注がれた。

 ほとんどに含まれていないのは、しきりに手遊びをしているミュシャと、なにやらショルダーポーチの中身をまさぐり続けているプージャのみだった。


「マルハチ室長!質問がございます!」


 軍部の小隊長である、ミスリル製のライトアーマーを纏ったオーガ族の青年が挙手をした。

 ジョハンナの物よりは小さいが、立派な山羊角を持った、逞しい男だった。

 マルハチは小さく頷いた。


「何故、サルコファガス砦なのでしょうか?直接、ベラージオまで転移することは出来ないのですか?」


「時空転移は術者の経験に依存する。簡単に言えば、行ったことがある場所にしか飛べないんだそうだ。煩わしいことにね。」


「なるほど。実に煩わしいですね。」


 ふたりのやり取りに、ツキカゲのこめかみに青筋が立ったのは言うに及ばないが、そこはジョハンナの仕込み。

 ツキカゲには忍耐という特殊能力が身に付いていた。


「詰まるところ、我々は今、この部屋からサルコファガスまで転移することとなる。ここまではいいね?」


 今度は誰からも声が上がることはない。

 それを確認すると、マルハチは地図へと向き直った。


「サルコファガスからベラージオまでは、通常の行軍であればおよそ一月程の道のりとなるだろう。元はマリアベル領。道筋も分かってはいる。しかし、今は天霊の統治下である以上、いつ何が起こるかは予想がつかない。一月以上見るのが妥当ではある。」


「一月も魔王殿下の不在が続けば、同じく神の涙に暗躍が悟られてしまいますね。」


「その通りだ、ライリー君。プージャ様であれば一週間程度は引き籠る可能性もある故、ある程度の時間稼ぎは出来ると思われるが、一月以上となると誤魔化しは効かないだろう。」


「では一体?」


「プージャ様にはサルコファガスに残って頂く。クロエ殿と小隊、そして執事室とメイド室のメンバーはプージャ様の護衛として同じくサルコファガスに留まることとする。ベラージオに直接向かうのは、私、ミュシャ、ツキカゲの3名のみだ。」


「3名のみ?」


「ああ。私達のみであれば、ベラージオまでの道のりを5日で踏破することが可能と踏んでいる。斥候も兼ねてベラージオに到達し、天霊との会合を成立させた上で、再び時空転移でプージャ様達をご誘導する計画だ。」


 サルコファガスからベラージオまでの道程、およそ3000キロ。

 それを5日で踏破とは、恐らく言うからには本当に可能なのだろうが、単日600キロの移動距離。単純に1日12時間走り続けたとして、時速は約50キロに達する。

 ライリーは閉口していた。


「し、しかし、踏破は出来るとして、そこから初めて会合の交渉とは……。」


「そこは賭けと言えるね。だが猶予は2日ある。それに、いかに天霊と言えど、大公ツワンダ・キヌ・カッサーラ・ゲシオが直々に馳せ参じたとあれば、無下には出来ないだろう。」


 今でこそメイドのひとりに身をやつしてはいるが、腐ってもドラゴン族と並ぶ魔血種族ソーサラーの王。同時に表向きにはマリアベルの第二権力者。

 ツキカゲが特使として派遣された時点で、事の重大さは伝わるだろう。

 同時に、大公に首都であるベラージオへの侵入を許した時点で、首筋に刃を立てられたと同義。かつ、その首を獲ることは全面戦争を意味する。

 兇暴で名を馳せる天霊ではあるが、突如として目の前に突き付けられた【開戦】に対応しきれる道理は無く、また、大公の侵入は未知数の戦力の領内への侵入を許した杞憂すら生み出す。

 迂闊には動けない。

 これは、マルハチのみならず、クロエ、ツキカゲ、プージャ。

 マリアベルの頭脳中枢全員の総意だった。

 数多の打算に裏打ちされた計画なのだ。


「御意。」


 ライリーの一言で、小隊の全員が背を正した。


「では、最後にプージャ様からお言葉を賜る。心して聞くよう。」


 マルハチがプージャに振り返った。

 が、そこにあったのは、泣き顔とも笑顔とも捉えられない、独特にへたれた表情だった。


「マルハチ!メモがどっか行った!」


 小声で囁くプージャ。

 先程からしきりにポーチをまさぐっていたのは、どうやらこれが原因だったようだ。

 マルハチに返されたのは、いつも通りのすっとんきょうな答えだった。


「プージャ様、暗記されてないのですか!?」


 流石のマルハチも焦りを感じていたが、この場でそれを顕にするわけにも行かない。

 同じく小声で問いただした。


「ええ!」


 何故か胸を張る魔王。

 マルハチはいつもながら大きな溜め息を漏らした。


「もう結構です。アドリブで何とかして下さい。」


「っえ!?」


「っえ!?じゃありませんよ。皆が待ってますから、お早く。」


「うぅ……。」


 マルハチに促され、プージャはおずおずとした態度で一歩踏み出した。

 そして大きく息を吸った。


「えーっと、見ての通り、私はメモを失くしてしまいました!」


 マルハチは笑みを浮かべた。


(開き直るとは……成長しましたね。プージャ様。)


「私が皆に言うことは、色々とあったんだが、ちょっとよく覚えてないので一言だけ。なんかマルハチの書いてくれた挨拶は難しい言葉いっぱいだし本人同様にクドクドと回りくどいしどーせ言ってもつまんないだけだと思うし……。」


「プージャ様、余計なことは言わなくて結構。」


「あー、はいはい。とにかく私が言いたいのは、あれだ……」


 魔王が勢いよく息を吸った。


「死ぬな!以上!」


 その一言が、全員の心を奮い立たせた。


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