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第77話 女番長ジョハンナの武勇伝

 ―――メイド室に戻ると、そこには既にミュシャ達以外の全員が揃っていた。


「遅いですよ?何をしていたのです。」


 ふたりの入室を目に留めると、ジョハンナが不機嫌そうに声を上げた。

 オーガ族であるジョハンナは、空腹や睡魔に対しての耐性が低く、比較的イラつきやすいのだ。


「すみません。窓拭きの後、バケツを倒してしまいました♪でもツキカゲさんがげろげろバナナで汚れた水を吸い取ってくれたのですぐ片付きましたよ!」


「そうですか。早く席にお着きなさい。」


 ジョハンナに促され席に着くと、すぐに邪神への祈りが行われ、食事が始まった。

 今日のメニューはカレーライスとサラダだった。


「おい、これはなんだ?豆、ではないな。麦でもない。」


 スプーンで掬い上げた粘りけのある白い粒をまじまじと見据えながら、ツキカゲは小声でミュシャに問い掛けた。


「ありゃりゃ?ツキカゲさん、そんなことも知らないんですか?」


 カレーを頬張りながら、ミュシャが笑っていた。


「知らないから聞いてるんだがな!」


 ドアや雑巾など余計な物は教えるくせに、本当に知らない物は教えないとは。

 それでも笑っているミュシャに殺意を覚えたが、それを汲み取ってか、ミュシャの反対側に腰掛けていたメイドが話し掛けてきた。


「これはお米って言うんですよ。」


 長い赤毛を三つ編みにまとめた、少しふくよかな少女。

 穏やかそうな表情の中に、ミュシャとは違って妖艶さを内包するところから察するに、魔人種ニンフ族だろう。

 名は確か、


「あっ、ミリアさん、教えちゃダメですよ。せっかくツキカゲさんをからかっていたのに♪」


「貴様、やはりバカにしてたのか!?」


 自分の皿から玉ねぎを取り除くと、しきりにツキカゲの皿に移しながらミュシャが笑う。


「ふふ、羨ましいです。もうそんな仲良しになって。」


「どこが仲良しだ!?こいつの面倒を見るのがどれだけ大変か、貴様ら分かっているだろう!」


「ミュシャは確かに少し変わってますけど、普通の魔族には出来ないこともたくさん出来るんですよ。例えば今話題に上がっているこのお米。これを発見したのもミュシャなんです。」


 言いながらミリアはスプーンを口に入れた。


「このカレーってお料理もミュシャの発明なんです。とっても美味しいですよね。ミュシャはお料理なんて全然出来ないのに、でもアイディアは豊富なんです。」


 そう言われればそうだ。

 初めて食べた料理だが、物凄く旨いのは確かだ。

 これをミュシャが発明?

 すぐにツキカゲは合点がいった。


「なるほどな。貴様の故郷の作物に料理と言うわけか。」


 小声でミュシャに耳打ちをした。


「えへへ、そうですよ。お米はわたしの国の主食でした♪」


 ミュシャも小声で返した。


 ミュシャが異世界からの異邦人だということは、あの場に居合わせた3人と一部の幹部を除いては秘匿とされていた。

 彼女が異邦人であると明かすことは、同時に彼女がプージャを狙っていた暗殺者だと明かすと同義になってしまう。

 だから、特にツキカゲがそれを漏らすことは厳禁とされ、もし漏らした場合は即時処刑が敢行されることになる。


「初めて持ち帰ってきた時のことは今でも覚えてますよ。ミュシャったら、調理法も栽培法も知らないくせに、『これは絶対に食べられるし育てられるんです♪』って言い張るんですよ。」


 ミリアは笑いながら続けていた。


「ほとんど誰もミュシャの言うことを信じなかったのに、あの時も姫殿下だけは違ってたなぁ。」


「はい♪姫様がお米を研究して、育て方や炊き方を見付けてくれたんですよ♪」


「姫殿下は本当にお優しいですよね。あの研究には何年も掛かりましたけど、絶対に諦めませんでした。このカレーだってそうです。ミュシャの言うことだけを基に姫殿下が試作を重ねてこの味になりました。普通ならそんなに付き合えませんよ。」


「えへへ♪ミュシャ、いっぱい味見しましたけど、未だに理想的な味とは程遠いです♪」


「それは貴様の好みの問題だろう?この料理の理想の味は貴様しか知り得ないんだから。」


「そうですよ。姫殿下はミュシャのために色んなスパイスを調達して、何度も何度も試作してくれたじゃないですか。」


「本当か?それは貴様が贅沢だ。少しは敬意を払え。」


「ありゃりゃ?ミュシャ、怒られてしまいましたね♪」


 そこに、向かいの席に座っていた黒髪をショートボブに切り揃えたメイドが割って入ってきた。


「ボクは姫様に故郷の郷土料理を作って頂きました。今では献立のひとつに入れて貰ってます。」


「わたくしも作って頂きました。」


 その隣の、ブロンドヘアーを伸ばしたメイドも口を開いた。

 そして更にその隣の、また更に隣のメイドも。

 次々とプージャに施された親切を述べ、いつの間にかテーブルを囲む全員が、プージャの話しで盛り上がっていた。


「それにですね、姫殿下はお料理以外にも面倒を見て下さるんです。私には今、ペラさんという大切な人がいるんですが、その方も姫殿下がご紹介して下さったんです。」


「ほう、そうなのか。なかなか粋な真似を。」


「ええ。姫殿下にはお礼の言葉も見付かりません。」


 ミリアが頬を赤らめた。


「そうです。プージャ様は一見するとああいう憐れな行き遅れのおおらかな方ですが、それ以上に皆、プージャ様にはお世話になっているのです。」


 皆の話が一段落ついたのを見計らっていたのか、ジョハンナがまとめるかのように会話に割って入ってきた。

 相変わらず心無い一言が含まれているが。


「ジョハンナさんなんてもっと凄いんですよ。なんでも、メイドになりたての頃、屋敷内を歩いてた姫殿下をお姫様とは知らずに、しばらくの間パシりに使ってたんですって。でも、お姫様だって判明した後も姫殿下は怒りもせずに、ジョハンナさんと一緒に遊んでくれたらしいんです。」


「ちょ、ミリア!?そんな話しを誰から!?」


「え?お屋敷では有名な話だと思いますけど。女番長ジョハンナの武勇伝って。」


「わ、若気の至りよ!そりゃ、あんなアホそうな顔してブラブラ歩いてるのがお姫様だなんて普通は思わないじゃない!皆さん、今の話しはお忘れなさい!」


 今度はジョハンナが別の意味で顔を真っ赤にして捲し立てていた。そして相変わらず心無い。


「さぁ、昼休憩も終わりますよ!午後もバリバリ働きましょう!」


 ジョハンナが手を叩き、そそくさと食べ終えた食器を片付け始めた。

 それに倣って全員が後片付けを始める。


「ツキカゲさんも、何か食べたいお料理があれば、姫様にお願いしてみたらいいですよ♪」


 席を立ちながらミュシャが言った。


「…………いや、それは難しいだろう。」


 少しばかり逡巡した後、ツキカゲは苦笑いを浮かべながら返した。

 いくらプージャとは言え、流石に自分に慈愛を向けるとは考えにくい。


「やってみないと分かりませんよ?ツキカゲさんは何がお好きなんですか?」


「あたしは……そうだな……やはりソーサラーの料理かな。肉を甘辛く煮たものだが、まぁ、期待はしないでおく。」


 大きく頭を横に振ると、ツキカゲもまた、皆と同じく食器を流しに持っていくと、洗い物を始めた。


「今度、姫様にお願いしてみましょうね♪」


「ああ、そうだな。それよりもだ!早く洗って仕事に戻るぞ。午後は何をするのだ?」


「ちょっと待って下さい。ミュシャ、お皿を割ってしまいました♪」




 ―――執事室の扉が叩かれた。


「どうぞ。開いてるよ。」


 マルハチの返事を聞き届けてから扉を開けたのは、茶髪のメイド室長だった。


「やぁ、ツキカゲの様子はどうだい?」


 ジョハンナはゆったりとした歩調でテーブルセットに近付くと、にっこりとした笑顔を浮かべた。


「やはりミュシャに任せたのは正解でしたわ。もう既に、とても馴染み始めてますから。」


「そうか。賢明である分、順応性も高いか。」


 珍しくマルハチがコーヒーを淹れ、ジョハンナに差し出した。


「それで、南部遠征に帯同させて問題は無さそうかい?」


「あと数日は様子を見たいところですが、恐らくは。」


「出来れば出発までに完全に懐柔して貰えると助かるよ。可能ならば、例えミュシャが不在のケースでも、信用が置けるほどにはね。」


「かしこまりましたわ。このジョハンナにお任せ下さいませ。」


 ふたりは、ゆっくりとカップを口に運んだ。



 南部遠征までの日数は、あと僅かだった。

 

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