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第74話 プージャクッキング!

 ―――調理師に伴われ厨房に足を踏み入れたプージャは、まずは念入りに手を洗ってから、食材の入った氷室に目を通した。

 いくつかの食材を取り出すと、何やら調理師と話を始めた。

 マルハチには分からない話だ。

 しかし、熱っぽく、一生懸命に話しているのは理解出来る。

 プージャの熱意に動かされ始めたのか、始めは冷ややかに話していた調理師も次第に熱を帯びていくのが分かった。

 ここはあまり首を突っ込まない方がいいだろう。

 その姿に、マルハチの杞憂は取り払われた。


(僕はもうしばらく遊んでいようか。)


 誰にも気付かれないように笑みを浮かべると、マルハチはワンコ達の元へと戻って行った。



 それからしばらくして、プージャがマルハチを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、マルハチぃー。完成したよぉー。ワンコ達を連れておいでよぉー。」


 厨房から料理を出すためのカウンター越しに、プージャが手を振っていた。

 その前には、何やら美味しそうな香りを放つ、パウンドケーキが置かれていた。

 そのプージャの誘いに乗るべく、マルハチはワンコ達を引き連れて厨房へと歩みを進めて行った。


「ほら、これ。」


 プージャは弾けるような笑顔でケーキを差し出してきた。


「ふむ。さして変化があるようには見えませんが?」


「まぁ、見た目はね。一応、ナッツの代わりにひよこ豆を、レーズンの代わりにオレンジピールを入れてみたんよ。栄養的にはあまり変わらず、体に悪いものだけ取り除けたと思うんだけど、ちょっとあげてみてよ。」


「御意に。」


 プージャからスライスされたケーキの皿を受け取ると、マルハチは足元で忙しなく動き回るワンコ達の中に置いてみた。


「ワフ!ワフ!」

「ガフガフガフ!」

「ワオン!」


 いつものように一斉にケーキへとかぶり付くワンコ達だったが、


「ワフ!?」

「クオン!クオン!」

「ハフ!ハフ!」


 始めはいつも通りに食べ始めたはずだが、数口食べた辺りから勢いが変わった。

 まるで何日も食事にありつけなくて飢えていたかのように、一心不乱にケーキにかぶり付いていた。


「おお!?こんな勢いで食べてくれるのは初めて見たな!」

「ええ!本当に!」


 そのあまりの勢いに、店長も店員も驚きを隠せない様子で、歓喜の声を上げていた。


「うひひ。お味の方も満足してくれたみたいだね。」


 カウンターに肘を付き、プージャも嬉しげな表情でワンコ達の様子を眺めていた。


「これでコルトパイソンも健康になりますか?」


 マルハチがプージャに問い掛けた。


「そのはずだよ。すぐには治らないかもしんないけど、毎日の食事がこういう系になれば、中毒症状も起きなくなるし、何日かで健康な状態に戻ると思う。」


「そうですか。良かった。」


 マルハチは食事を楽しむワンコ達の隙間に膝を突くと、愛しげな眼差しで一頭一頭の背を撫でてやっていた。


「皆、プージャ様を連れてきて正解だったね。」


 マルハチがワンコ達に声を掛けた、その刹那だった。


「ワオーン!」

「ワン!ワンワン!」

「ワフ!ワフワフ!」


 ケーキを食べ終えたワンコ達は、一斉に立ち上がると厨房へとなだれ込んで行ったのだ。

 その目的はすぐに白日の元に曝されることとなった。


「うぇ!?ちょ!えぇ!?」


 プージャが悲鳴を上げたかと思った途端、その姿は突如としてカウンターの影にかき消えた。  


「どぅひ!どぅひひ!やははは!止めて!くすぐったい!」


 カウンター越しに、魔王の涙混じりの悲鳴が聞こえてくる。


「やはぁー!マァルハチぃー!たぁすけてぇー!舐める!ワンコ達が舐めるよぉー!」


「とうやら感謝の気持ちを伝えたいみたいです。プージャ様、受け止めてやって下さい。」


 プージャは、無数のワンコ達に押し倒され、目一杯の愛情を込められて、顔中を舐め回されていた。

 ベロベロベロベロと。

 化粧も落ちたし、結っていた団子頭もボサボサだ。

 それでも満更でもない気持ちでワンコ達を抱き締めながら、顔中をヨダレまみれにされて尚、プージャは笑い声を上げていた。


「どぅひひ!どぅひ!くすぐったい!ほんとくすぐったいから!ってコラァーッ!誰だヘコヘコ腰動かしてる奴はぁー!?」


 どうやらプージャは犬科に好かれる性質(タチ)のようだった。



 ―――夕暮れ時。

 ドッグカフェを後にしたプージャとマルハチは、表通りを歩いていた。


「いやー、参った参った。あんないっぺんに襲われるとは思わなかったわ。」


「最初とは大違いの好かれようでしたね。」


「いや、何もあそこまで好かれなくても良かったんだけどね。」


「いいじゃありませんか。嫌われるよりは。」


「まぁ、ね。……今度さ、あのパウンドケーキ以外にもいくつかレシピを考えて、店長にあげることになったんだよね。」


「プージャ様のお菓子は絶品ですから。」


「お、珍しく褒められた。んでさ、店長の考えたレシピもさ、私が目を通してあげるんだって。」


「それは結構ですね。」


「んだからさ……あのさ……」


「どうしました?」


「また、連れてってよね。」


「勿論です。」


「やったぜ。」


「プージャ様。」


「どした?」


「今度は私めを、プージャ様のお好きなケーキ屋か、それとも本屋か、連れていって下さいませ。」


「え?」


「さぁ、もう日も暮れます。夕食の時間に遅れたら、ジョハンナに叱られますよ。」


「え、あのさ、あのさ、本屋、行くか?本屋、行きたいんか?なんなら今から行く?行っちゃう?」


「私の話しを聞いてましたか?帰ると申しておりましょうに。」


「っえー?だってさぁー、マルハチ君がさぁー、だって、本屋に、本屋に行きたいって言うからさぁー。」


「今とは申しておりません。」


「じゃあさ!じゃあ、今じゃなくてもいいけどさ、必ず行こうね!絶対だよ!約束だかんね!嘘ついたらミュシャに頸動脈刈り取って貰うからね!」


「…………絶対に嘘ではありませんが、万が一に嘘だった時のために鍛練は欠かせなくなりましたね。」


「うしし。どこの本屋に行こうかなぁー。あー、楽しみだなぁー。」


「それではしっかりと考えておいて下さいませ。私も、あまり期待はせずとも少しは楽しみにしておきますので。」


「おう!泥船に乗ったつもりで任せておくがよい!」


「…………また古典的な。」



 ふたりの影は、長く、長く、通りの先まで伸びていた。

 小指だけを繋いだまま。


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