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第69話 問題が起きたので会議します。

 マリアベル屋敷の遥か頭上。

 天高く、雲よりも高く、我こそがもうひとつの太陽だと言わんばかりの尊大な態度で、紅き大樹は下界を見下ろしていた。


 それから数週間が経った。


 ―――マリアベル屋敷、会議室。

 この日、マリアベルの幹部と言える面々が顔を突き合わせていた。

【総大将】エッダ将軍。

【アンデッド軍団長】クロエ。

黒子(シャドー)・オーク軍団長】ペラ。

【ソーサラー軍団長】メンサー。

【メイド室室長】ジョハンナ。

【執事室室長】マルハチ。

 そして、

【魔王】プージャ・フォン・マリアベルXIII。




 いつも通り大きなチーク材の分厚いテーブルを囲んではいたが、いつもと違うのは、その上には無数の分厚い古い文献が何列にも渡ってうず高く積み上げられていたことだった。


「さて。皆様お揃いになりましたので、始めさせて頂きます。」


「挨拶も無しにとは、これは長引く予感ですな。」


 エッダが笑っていた。


「ええ。ご名答です。まずは新設されたソーサラー軍団を率いるメンサー殿からご挨拶を。」


 本当に時間が惜しいのか、マルハチはいつにも増しての実務的な対応で式次第に添って進めていった。

 付き合いの長い者達は、この辺りでその意思を汲み取ることに成功したが、参画して日の浅いクロエ以降の幹部は若干の戸惑いを覚えていた。

 が、そうも言ってはいられないのもまた事実。

 紹介に預かったメンサーが立ち上がった。


「メンサーと申します。以後、お見知りおきを。」


 ソーサラー族特有の赤みがかった肌だが、ツキカゲの薄紅色やクグマーズの赤黒いものとは違い、彼の肌は珊瑚色に近い温もりのある色つやを放っていた。

 体力面では巨人種や魔人種に劣るソーサラー族とは言えど、元は黄金のフルアーマーを纏っていた近衛兵だけあり、その体格は非常に屈強。

 背丈はほぼ変わらぬものの、細身のマルハチと並ぶとまるでサツマイモとネギのようだ。

 ちなみに顔付きは、まるで茶色い短髪の生えたサツマイモのよう、とだけ言っておこう。

 ツキカゲのものと良く似た、ソーサラーの戦闘装束である青いロングジャケットを羽織っていた。

 手短に挨拶を済ませると、メンサーはそそくさと着席した。

 本来であればソーサラーを率いていたツワンダ・キヌ・カッサーラ・ゲシオが団長の座について然るべきだが、なにぶん今の彼女はメイド室の新人メイド。

 となれば、次点として執事の彼にお株が回ってくるのもまた必然であったが、我の強いツキカゲの配下である。

 こういった挨拶などには不慣れであった。


「あまり肩肘張らずに、な。」


 最年長のエッダの言葉に、メンサーは思わず表情筋を綻ばせた。


「では今回の議題に移ります。主だったところは3点になります。

 ひとつ、紅い樹について。

 ふたつ、紅い樹の主について。

 みっつ、魔界の現状について。

 早速ですがペラ殿。調査報告をお願い致します。」


 言葉に合わせて人差し指から順に指を立てていくマルハチ。

 薬指まで立て、言い終えたと共に、ペラが挙手をした。


「まず、(くだん)の紅い樹について調べました。結論から言いますと、正体不明になります。」


 その場にいた全員から嘆息の声が漏れた。


「鷹匠より借り受けたアンコクハゲワシに千里眼の術をかけて飛ばしましたが、紅い樹の高度まで到達することは不可能でした。」


「最高高度を誇る、かの鳥でもか。」


 エッダがいつも通りに小さな角を撫でながら息を吐いた。

 報告を終えたペラの代わりに、今度はマルハチが口を開いた。


「正確な情報は何もございません。ですので、ここからは推測に則って議事を進めます。」


 クロエが挙手をした。


「そんなかいぎになんのいみが?」


 クロエの問いも尤もだ。

 だが、マルハチは真剣な視線で答えた。


「正体は掴めませんが、十中八九は神の涙の居城と見るのが妥当ではと考えた結果です。」


「そのこんきょと、そうであるかのうせいはどのていどある?」


「まずは根拠と致しまして、用意致しました文献をご覧頂きたい。」


 言いながら積み上げられた書物のひとつを取り上げた。


「これはマリアベル蔵書の中でも最も古い神話が記された文献になります。各位の前にはこちらの写本をご用意しております。付箋を挟んだページをお開き下さい。」


 マルハチの説明に合わせ、各自がそれぞれ写本を手に取って中を捲り始めた。


「この本によれば、神が溢した涙は、自らを切り捨てた神に仇を為そうと意志を持ち、この世の悪を取り込みながら増殖していったとされます。力を付けた神の涙は、次第に物理的な姿形を手にし、この魔界に君臨。居城を築きました。しかし、自らの分身と言える彼の魔王の増長を快く思わなかった神は、地上を憤怒の炎で焼き尽くしました。その際、炎から逃れるため、神の涙は居城を地上から切り離し、天空に浮かぶ浮遊城へと変化させたとされています。」


「そのふゆうじょうが、」


「そう。炎から逃れるために炎を吸い、紅く染まった珠玉で覆われた、あの大樹【緋哀(ひあい)の樹】である。と。」


「なるほど。しんわ(神話)どおりのふうてい(風体)はしている。が、すこしよわいな。」


 クロエが下顎骨に中節骨を当てがいながら、小さく呟いた。


「確かにクロエ殿の杞憂も一理ありますな。この神話は魔界に生けるものなら誰もが既知のところ。神話を模倣して天空に大樹を浮かすなど、強大な力を持つ魔王なら不可能ではないかと。」


 続き、エッダが付け加えた。


「そのような見方も出来ましょう。私も同感でございます。故にもう少し、根拠足り得る情報を探りました。」


 マルハチの返答に合わせるように、ペラが再び手を挙げた。


「現在、過去の魔王の中で主だった者は既に3名にまで減っております。ひとりが、件の【神の涙】。そしてもうひとりが、【天霊(てんりょう)ブローキューラ】。残る最後のひとりが、【白狼(びゃくろう)のガルダ】。以上の3名です。」


 その名が上がったことで、更に重い空気が場を支配していた。


「天霊ブローキューラに白狼ガルダか。よりにもよって、伝説のドラゴン族が残るとは。だがしかし、実力を考えればそれも必然なのか。」


 エッダが小柄な体を背もたれに預けながら、天井を仰ぐようにして呟いた。


「ご存知の通り、天霊ブローキューラは現在では我がマリアベルと双璧を成す一大勢力を築き上げました。魔界の北部をマリアベルが、南部を天霊ブローキューラが統治し、互いに睨み合う状態にあります。」


 ペラに続き、マルハチが付け加えた。

 ふたりが交互に説明を続けていった。


「天霊は南部の大都市に天霊郭(てんりょうかく)と呼ばれる居城を築き、ここしばらくは動きを見せてはおりませんし、天霊自身も居城より動いていないのは配下の密偵が目視済みです。」


「故に、天霊は白、と推測出来ます。そして白狼のガルダですが、彼の者は南部から船で数日の場所にあるガルダ島と呼ばれる島に籠ったまま、これまで一度も動きを見せてはおりません。隣接した天霊とすら衝突を避けている辺り、白狼には戦いの意思が無いと推測出来ます。故に、ガルダも白、かと。」


しょうきょほう(消去法)でもかみのなみだ(神の涙)ほんにん(本人)そうい(相違)ない、というわけか。」


「ええ、恐らくは。そしてもしあの浮遊城が本当に緋哀の樹であるとすれば、これは由々しき事態です。」


 マルハチが本を捲り、それに合わせて各人も同様にページを送った。


「緋哀の樹より降り注ぐ、光の矢。」


 見開き一面に大きく描かれたのは、地上を貫く紅く塗られた無数の矢の絵だった。


落涙(らくるい)か。地上から逃れた神の涙の不在を見計らい勢力を強めた、敵対する魔族達を制圧したと言われる魔王の鉄槌。」


 エッダが食い入るようにその挿し絵に見入っていた。


しんわ(神話)によると、たったのいちげき(一撃)でギガースぞくのじょうさい(城塞)こなみじん(粉微塵)にしたとれているな。」


「小生もその神話は幾度となく聞かされてきました。ギガース、ソーサラー族を次々と葬ったと。」


 クロエに続き、ペラも言葉を発した。


「実際に私がツキカゲの屋敷で体験した、瞬間的な建物の喪失。それが落涙だとするならば・・・」


 マルハチが顔を上げた。


「このマリアベルは、喉元に刃を突き付けられていると同義。」


 その場の全員を、重苦しい空気が包み込んだ。


「例え推測だとしても、現に頭上にあれがある以上は、何もせずとはいられません。それは皆さんもご承知下さい。

 では、これより対策に議題を移します。」


 マルハチが別の文献を手に取ると、それにリンクする写本を開くよう促した。



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