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第67話 そして、決着。

「さて、」


 プージャが座ったままの姿勢で背を正した。


「よくは分からんが、危機は退けたようだし、本題に戻るとしますか。」


 そう言ってツキカゲに顔を向けた。


「マルハチ、ミュシャ。この大公ツワンダ・キヌ・カッサーラ・ゲシオが謀叛を企てていたことに、相違はないな?」


「はい♪」

「相違ありません。」


 ふたりの返答を聞き届けると、プージャはゆったりとした動作で体を持ち上げた。


「それに、私の大切な重臣を殺害した。」


 ゆっくりとツキカゲに向けて歩みを進めた。


「お前の罪は万死に値する。」


 ツキカゲは、プージャを見据えたまま身じろぎすらせず佇んでいた。


「貴様はバカか?あの不埒なオークは討たれて当然の無礼を働いた。それは貴様も認めたからマルハチを差し出したのだろう。朕に罪があるとすれば、それは謀叛を企てたことのみ。だが、それで朕が死罪になるなら、貴様の小飼のそのサキュバスはどうするつもりだ?」


 ツキカゲがミュシャを顎で指して見せた。


「ミュシャに何の関係がある?」


 プージャはツキカゲから目を離さなかった。


「貴様は知らぬだろうが、そいつは先のガキの手下だ。貴様の命を狙って潜り込んだ(いぬ)だ。まぁ、貴様に殺すだけの価値はないと判断し標的を朕に変更したらしいが、その審美眼は評価できるがな、とにかく、そいつも貴様にとっては謀反人には違いない。もし貴様が朕をその下らぬ罪で断罪するのなら、無論、そのサキュバスも断罪するのであろうな?」


「マルハチ。奴の言うことは本当か?」


 プージャが傍らに(ひざまず)くマルハチに問い掛けた。


「……残念ながら。」


 少しの沈黙の後、マルハチは答えた。


「ミュシャ。お前は謀反人か?」


 同じく傍らに佇むミュシャに問い掛けた。


「はい♪ミュシャは、そのつもりでお屋敷に潜入しました♪」


 ミュシャは屈託のない笑顔でそう答えた。


「しかし、ツキカゲに標的を移したということは、今はその限りではないのだな?」


「はい!ミュシャは、あの日から姫様のこと、大好きになりました!」


「そうか。……だが、大公の言うことも(もっと)もだ。いくら心変わりしたとして、一度でも我が命を狙った罪は拭えない。……とは言え、長年の奉仕も去ることながら、お前は此度(こたび)の争乱に於ける最大の功労者でもある。恩赦を与えるに値すると、私は思う。」


 掛かった。

 その言葉に、ツキカゲは内心でほくそ笑んだ。


「ミュシャ。この場で大公を討ち取って見せよ。さすれば、この魔王プージャ・フォン・マリアベルXIIIの名に於いて、お前の犯した罪は赦免(しゃめん)としようぞ。」


 ツキカゲの蒼い瞳が、実に下卑た光を放った。


「待て。貴様、そいつに恩赦を与えると、確かに言ったな?では朕も恩赦を要求しよう。朕無くして、あのガキの排斥(はいせき)は成し得なかったはずだ。当然、朕にも享受する権利があることを主張するぞ。」


 偉そうにしても、所詮はまだまだ経験も頭も足らぬボンクラよ。


「確かに、お前が功労者であることも事実だ。マルハチを見れば分かる。お前の術がマルハチを更なる高みに導いたからこそ、この危機を乗り切れたのだろう。お前の言う通りだ。ミュシャに恩赦を与えるなら、お前にも与えるのが筋だな。」


 マルハチはプージャの横顔を見据えた。

 これは、まずい。

 プージャの深い愛情は、強みでもあるが同時に弱さでもある。

 今、その弱さをミュシャに示すことは、またしてもツキカゲの術中に嵌まってしまうことを意味する。

 ここは、心を鬼にしなくてはならない。

 魔王たる心を持たなくては。

 そう、マルハチには分かっていた。

 何故、ミュシャが単身で自分を助けに来たのか。

 それはプージャが、魔王としての責務を全うしたからに違いない。

 人質となった自分を切り捨てる決断をしたからこそ、ミュシャが送り込まれてきたのだ。

 であれば今一度、プージャは魔王としての決断をせねばならない。

 今こそがその時なのだ。


「だから選べ。」


 プージャの瞳が真っ黒く燃え上がった。


「今後、我が忠臣として命を賭して尽くすか、それともここで賊臣として潔く死すか。貴様に選ぶ権利を与えてやろう。それが私からの、貴様への恩赦だ。」


 凄まじい威圧感だった。

 これが、つい数時間前まで自らに手玉に取られ狼狽えていた、あの名ばかりの魔王であろうか。

 ツキカゲの心臓は完膚なきまでにプージャに握られていた。


「ま、待て!その不能執事の力は朕のさじ加減ひとつでどうとでもなるのだぞ!朕を殺すなら、不能執事は無力と化すと思え!」


「見苦しい。マルハチに施した術紋はとうに目にしておる。マリアベルの術式を、私が覚えられぬと思うか?」


 プージャの瞳に燃え盛る漆黒の輝きは、既にツキカゲの紺碧の輝きを飲み込み終えていた。

 成す術はなし。

 ツキカゲの、敗北であった。


「…………………貴様に……忠誠を、誓おう。」


 ツキカゲが呟くように吐き捨てた。

 それを待ち侘びていたように、プージャはツキカゲの目の前までにじみ寄ると、その顔を覗き込んだ。


「はぁー?よく聞こえないんですけど?貴様、って言いました?魔王様に、貴様って言いましたかねぇ?あと敬語!」


「うぐっ!」


 ツキカゲがたじろぎ、一歩後退った。


「……ま、魔王様に、忠誠を、誓います。」


 それを聞き遂げるとプージャは満足げな表情を浮かべ、それに飽きたらず、ツキカゲの胸元に人差し指を押し付けた。


「よーし。お前の生殺与奪の一切は今から私のものだ。常に命を捨てる覚悟で生きよ。それとだ、領民への大量虐殺の罪でお前からは大公の地位を剥奪する。そして侮辱罪と誘拐罪と、公然での淫行条例違反と、それと単純にムカつくのと併せて、お前の身柄はメイド室で管理し、ミュシャの預かるところとする。少しでも妙な素振りを見せたらミュシャよ、その場で始末せよ。そんでもってミュシャ。」


 ミュシャに対して顔を向けた。


「ミュシャの恩赦はこの新人メイドの教育と監視を立派にこなした時に与えるとする。よいな?」


「はい♪」


「うむ、よい返事だ。しっかりとメイドとしてのいろはを叩き込むのだぞ。」


「はい♪ミュシャ、頑張っちゃいますから♪」

「は!?メイドだと!?この朕が!?」


「なんだ?文句あんのか?お?やるか?やるなら受けて立つぞ?ミュシャが。あと朕って言うのも禁止だかんな。」


「……ぐぅ。」


 ツキカゲが唇を噛んだその時だった。

 辺りはゆっくりと白み始めていた。

 月は輝きを失い、北東の空に大いなる太陽が目を覚ます時間が訪れた。


「もう朝か。」


 プージャが勢いよく振り返った。


「マルハチ!帰るよ!」


 マルハチはゆっくりと頷き、答えた。


「御意。」


 プージャはにこやかな表情で頷き返して見せた。


「よし。ではツキカゲよ。私達をマリアベル屋敷に飛ばせ。」


 魔王の命に舌打ちを返すと、ツキカゲは乱暴に腕を振り上げ、術式を組み始めた。


「ああ、それとだ。お前はミュシャと共にここに残り、同志達を弔え。」


 その意外な言葉に、ツキカゲは耳を疑った。


「ミュシャ、手厚く葬るのだぞ。いくら敵だったとは言え、お前は命を奪った。その尊い生命に敬意を払うのだ。」


 言いながら、プージャはソーサラー族達の骸に向けて手を組み合わせて祈った。


「はい。分かりました。」


 ミュシャもまた、プージャに倣うように、両の指を絡め合わせた。


「うむ。埋葬を終えたら、残るソーサラーを率いて馳せ参ぜよ。よいな?」


「分かりました!」


 ツキカゲが術式を組み上げた。

 プージャとマルハチの体が蜃気楼のように揺らいでいく。

 そして次の瞬間には、ふたりは空気に溶け込むように消えてなくなっていた。

 ツキカゲは腕を下ろすと、つまらなそうに鼻から息を吐き出した。


「あのくそへたれ女め……。あの……へたれ…………。」


「あれれ?ツキカゲさん、感動してるんですか?」


「バ、バカを言うな!そんなわけあるか!」


「えへへ♪」


 残された方のふたりの体を、暖かい朝の光が包み込み始めた。





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