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第4話 召喚の儀

 マリアベル家の屋敷はとても広い。

魔界有数の名家だけのことはあり、まるで城塞のようでもある。

その屋敷で最も大きな部屋。

普段は講堂として使われる場所にふたりの姿はあった。


広い床を埋め尽くす程の大きなヘキサグラムの魔法陣。それを構成する線の一本一本の全ては、細かな特殊言語の集合体だ。

プージャは一心不乱にその魔法陣を書き続けていた。


「プージャ様?私めにも何かお手伝いを?」


「いい。一文字でも間違えたらアウトだから。」


インクの入ったバケツと細筆を握り締め、ひたすらに文字を書き進めるプージャの後ろ姿に、マルハチは思わず胸が熱くなった。

それからしばらくが経ち、プージャが立ち上がった。


「よし!完成!」


「流石でございます!プージャ様!」


マルハチは拍手を送った。


「んじゃさ、マルハチ。この外側の三角の中心に、この燭台を置いて火を着けて。」


「御意!」


指示を出すと、プージャはヘキサグラムの中央に大きな龜を設置していた。


「よぉし。これで準備完了だぞ。あとはこの(かめ)に私の血を垂らして・・・」


指先をナイフで傷付け、龜の底に血液を一滴、したたらせる。

すかさずマルハチがハンカチを手渡した。


「んじゃ行くぞぉー。耳塞いどきなよ。」


プージャは大きく深呼吸をすると、召喚呪文の詠唱を始めた。


「マガジャーネスマルドナードエルピオホラパイッチラバイッチマルドナードエンツォペレスエルロコアルフォーンスアガトラームマルドナードエルコネホアスピリクエタアルバレースオルボワルマルドナードエルロコマハートヤーラマームカーム……………」


長い、とても長い詠唱だったが、時間が進むにつれ変化が現れ始めた。


 龜の底に落ちたプージャの血液がまるで微生物のように脈打ち始めると、龜自体が大きく揺れだす。

ヘキサグラムの文字も、ひとつひとつがまるで生き物のように蠢きはじめる。

燭台の灯火が火花を散らす。


「…………チマルドナードエンツォペレスエルロコアルフォーンスアガトラームマルドナードエルコネホア!

出でよ!我が血と契約せし我が下僕よ!」


 プージャの声と共に、燭台の灯火が火柱を上げ、龜から真っ黒い霧が噴き出した。

それと同時に無数の影が飛び出してくるのが見えた。

影達はまるで怨霊のように講堂の中をさ迷うと、ひとつ、またひとつとヘキサグラムの文字の上に降り立っていく。

どれくらいの時間が経っただろう。

黒い霧が噴き出すのを止めた頃、ヘキサグラムの上には大小様々、大勢の人影が並び立っていた。


 筋骨隆々の武人然とした魔族。

中性的な容姿をした長身の魔族。

三つ首を持ち、その全てがむき出しの髑髏になっている魔族。

痩せ細った体躯を全身が氷で包まれた魔族。


様々な魔族達が、プージャ達の方を向き、整列していたのだ。


「きたぁー!見たかね!?マルハチ君!」


プージャが歓声を上げた。


「ま、まさか、本当に?」


それとは対照的に、マルハチはただ驚くばかりであった。


「ふっふっふ。」


プージャは不敵な笑みを浮かべ、最も手近に佇む氷を纏った魔族に話し掛けた。


「よくぞ参った、往年の魔王共よ。」


「・・・・・か?」


 魔族が言葉を発したが、プージャにはよく聞き取れず、耳に手を当て聞き直した。


「え?なんて?」


「貴様か?我を深淵の底から呼び覚ましたのは?」


「え?あー、そう。そうだ!私が貴様らを呼び出したのだ!我が名はプージャ・フォン・マリアベルXIII!貴様らの主である!

魔王共!我が軍門に加わり、共に世界征服を成し遂げるのだ!」


プージャは高らかに魔王達に向かって命令を下した。

この初めの命令こそが、術者との主従関係を結ぶのだ。





「なんだ。小娘じゃねぇか。」





 魔族の群衆の中から、そんな声が聞こえてきた。


「はい?」


プージャは耳に手を当てた。


「誰だ!今バカにした奴は!」


両手を振り上げ、プージャは怒鳴り散らした。


「いやよく見ろ。割りとババアだぞ?」


「誰がババアだ!?今言った奴、挙手!!」


「あんなババアに従うのか?俺達。」


「冗談じゃねぇぞ。」


次第に声の主が増えていく。


「ババアじゃねぇから!ちょっとおねーさんなだけだから!」


「下らん。」


「我は従わぬぞ。」


「儂もだ。」


「おーい!ちょっと待てってぇー!なんかおかしくないー?えー?召喚したの私ですよぉー?」


「おい、そこの比較的ババァ。」


三つ首髑髏から声が響いてきた。


「すんげー白骨化してんですけどぉー!明らか腐りきって白骨化してんですけどぉー!絶対私より年季入ってるんてすけどぉー!」


「余を甦らせたことはご苦労であった。しかし、余は何者にも従わぬ。余は魔王なるぞ。」


「聞いてた!?私が今の魔王だから!」


「ほう。冗談ではなかったか。ならば、貴様を滅ぼし、余が魔界を統治しようではないか。」


「っえー!?」


悲鳴を上げるプージャの前にマルハチが立ちはだかった。


「いくら魔王と言えど、プージャ様に手出しするのは許しません!まずは私が相手になりましょう!」


「くくく。勇敢と無謀を履き違えておるようだな。」


三つ首髑髏が手に持っていた錫杖を振りかざしたその時だった。


閃光が走り、髑髏の片腕を切り落とした。


「何奴じゃ!?」


「魔界統治?それはこの僕に任せるべきじゃないかな。」


それは中性的な容姿を持った美麗な魔族が放った黒い薔薇での一撃だった。

しかし、三つ首髑髏に武器を構えていたのはその魔王のみではなかった。

講堂に呼び出された全ての魔王達は皆が皆、互いに構え合い、今にも戦闘の口火を切らんと睨み合っていたのだ。


「ひゃ、ひゃあー。マルハチぃー。これって、やばい?」


「はい、プージャ様。非常に。」


マルハチの背中にピッタリとくっついたプージャが不安そうな声を上げている。


「なるほど、ここにいる全員が敵同士ということか。」


氷を纏った魔王が笑い声を上げた。


「ここで潰し合うのもまた一興だが、せっかく取り戻した生命だ。私は楽しませてもらうぞ。」


魔王達がざわつき始めた。


「何を考えておるのじゃ?」


「貴様に教える義理はない。」


「ならばここで死ぬがよい!」


 魔王のひとりが氷を纏った魔王に攻撃を仕掛けた瞬間だった。

一瞬にして相手を氷り漬けにして打ち砕いたのだ。

氷の魔王はその躯に一瞥をくれることもなく、講堂の天井を突き破ると魔界の空の彼方へと消えていった。


「そういうことですか。」


美麗な容姿をした魔王もその意図を汲み取った様子で、また違う方角へと向かって飛び立っていった。

それに呼応するかのように、ひとり、またひとりと、講堂から立ち去っていく魔王達。


残されたのはいくつかの魔王達の死骸と、


「っえー…………。」


呆然と立ち尽くすプージャとマルハチの姿だけだった。





 こうして、魔王対魔王。

 最強の力を持つ魔族同士による戦国時代が幕を開けたのでした。


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