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第65話 プージャスパーキング!

「あーららー。来ちゃったんだねー。」


 プージャの視線の遥か上空からダクリの姿が消え失せた。

まるで霧が晴れるように、いや、霧に溶けるように。

 ダクリの姿は見えない。

嘲るような調子の声だけが響き渡ってきた。


「ツキカゲにビビって、部屋でグズグズ泣いていればよかったものを。」


それでも、プージャは視線を動かしていた。




「プージャ様!!」


月明かりを浴び、屋敷の面影すら残さぬ荒れ地に佇むプージャとミュシャの元に、マルハチが駆け寄って来た。


「プージャ様!どうしてここまで!?」


「ちょ!?ずいぶんと無粋なこと聞くね。せっかく助けに来たのにさ!」


「違います!それは分かってます!どうしてここまで来られたのですか!?あちらに見えていたツキカゲの屋敷は時空転移術で繋がれただけの虚構のはずです!屋敷が破壊されればその繋がりも潰えたはずなのに!」


「あ?え?そう言うこと!?そんなん知るわけないでしょ!屋敷からすんげー音したから飛んできたけど、入ったらいきなり更地になっちゃっただけだもん!」


「えへへ♪ミュシャがツキカゲさんに術を維持しておくように命令したんです♪姫様が来てくれる時にきっと困るだろうと思いまして♪」


少し離れた場所に佇むツキカゲを指差しながら、ミュシャが笑顔で答えた。


「い、意外と簡単な理由で!?と言うか、ミュシャがそこまで考えてたとは、驚くな。」


いつもながらの調子でマルハチは首を振っていた。


「って、どこに感心してんの!?プージャ様に『助けに来て下さって本当にありがとうございます。やはりプージャ様は可愛くて最高です。』ってお礼言うとこでしょーが!」


手足をバタつかせて怒りを露にするプージャと、呆れたように頭を振るマルハチ。

それを見てケラケラと笑うミュシャ。

帰ってきた。

いつもの時間が帰ってきた。

笑いながら、ミュシャは涙を堪えるので精一杯だった。


「貴様ら。遊んでいる場合ではないぞ。」


そんなミュシャの幸福に水を差したのはツキカゲの一言だった。


「あー、そうだった、そうだった。何なんよ?思ってたんと大分違うみたいだけど。ミュシャがツキカゲとやり合ってるとばっかり思って来てみたら、なんかマルハチは元気だし、ツキカゲと一緒に戦ってるし、それにさ、」


再びプージャが空間を目で追い始めた。


「ダクリもいるしさ。」


その視線に呼応するかのように、ダクリの声が響いてきた。


「こんばんは。プージャ様。」


「どうもー。久し振りだね。んで、結局は敵はあいつなん?」


空間から視線は外さず、プージャがマルハチには問い掛けた。


「ええ、やはり。」


「そっか。マルハチの読みは当たってたわけね。」


「そのようで。」


「そっか、そっかぁー。まぁ、さ、結構やばい状況なのは分かるからさ。細かな話しは後にするとして、」


プージャが手招きをした。

ミュシャとマルハチがそれに合わせてプージャの前に立った。

ツキカゲは音もなく宙に浮かぶと、すっと距離を寄せてきた。


「とりあえずはあいつをやっつければいいなら、全員ちょっと耳貸してよ。」


「何かお考えが?」


「考えは、無い。」


「無いのか!バカめ!」


きっぱりと言い切ったプージャに対してツキカゲが悪態をついた。


「お前、反逆罪とヴリトラを殺害した罪で今すぐここで処刑されても文句言えない立場だって忘れんなよ?この色ボケさのばびっち。」


珍しく汚い言葉で罵声を浴びせるプージャに、思わずマルハチは吹き出しそうになるのを堪えていた。

と同時に、箱に入れて大切に育ててきたうちのお姫様がどこでそんな悪い言葉を覚えたのかにも興味を覚えた。


「今、朕を殺したら貴様らの首を絞めるだけだ。」


「朕、って!生意気だな!私だってそんな仰々しい一人称は使う自信無いのに!」


「貴様と一緒にするな。朕は魔界最強種族ソーサラーの王ぞ。」


「ミュシャにはボッコボコでしたけどね♪」


「貴様は卑怯だぞ!神の力を介して異世界から転生してきただと!?絶対に殺すからな!」


「は!?何なん!?神の力!?異世界!?何なんそれ!?絵本!?」


熱くなり始めたところでマルハチが止めに入り、事は収まったものの、なんとも緊張感の無い連中だ。

やはりマルハチは頭を振ると、大きな溜め息をついた。


「まぁ話しはもういいや。とりあえずは()るから、よく聞くんだぞよ。」


プージャが声を潜めた。


「決着までは3手。まずはツキカゲがその変なバナナであの辺の空中に特攻を仕掛ける。そしたらあのシェルフがある辺りにダクリは移動するから、そこでミュシャとマルハチが待ち伏せをする。でもそれも避けられるんだけど、違和感を覚えたダクリは一番弱い私を人質に取ろうとやってくるから、そこで黒の衝動(ホルメマヴロス)を使って捕獲するから。」


言葉に合わせて視線を巡らせるプージャに添って、3人も視線の先を追った。

それは、あまりにも具体的な動きだった。


「バカな。何故そんなことが言える?」


ツキカゲが困惑の声を上げた。

しかし、マルハチもミュシャも違った。

ふたりはプージャの言葉に疑いは持たなかった。

ふたりは確信していたのだ。

プージャの予知能力が覚醒の時を迎えたのを。


「お主と一緒にするでない。

私は、魔王ぞ。史上最弱のな。」


プージャが笑った。




―――ダクリの姿は未だに見えない。


だが、ツキカゲが動いた。


同時にミュシャとマルハチが地を蹴り、シェルフへと駆ける。


プージャの予告通りの場所にダクリが現れた。


ツキカゲの使い魔が10体、ダクリに襲い掛かる。


使い魔が虚空を切る。


ミュシャとマルハチが足を止めたその眼前にダクリが姿を現した。


ふたりは渾身の一撃を放った。


それも虚しく空を薙いだ。


そしてここからが勝負だった。



「見えてるの?」


プージャの背後から声がした。


プージャは腕を広げながら体を回した。

マントが閃く。

そして腕から黒の炎が生み出された。


マルハチは思わず息を飲んだ。


漆黒の炎を纏い、腕を伸ばし、華麗に舞うその姿は、マルハチの思い描いていた魔王の姿そのものだった。


プージャの腕の届く更に一回り外側の空間を、炎の繭が包み込んだ。


「声を掛けて気を逸らし、位置を掴ませないようにするのは、悪手だったな。」


声がしたのは背後。

しかし、実際にダクリが現れたのは、プージャの真正面だったのだ。


「オイラの場所が分からないから逃がさないように炎の壁を作ったのか。」


「私は体を動かすのは苦手だからね。」


「その割りには速いよ。」


「体の速度と能力の発動速度は無関係でしたー。っつーことで。」


炎の繭の中でふたりが交わした会話はほんの僅かのものだった。

実際に声は発していない。

互いに視線を絡ませただけで、互いの意思を感じ取っただけ。

ほんの僅か、刹那の出来事だった。



 炎の繭が割れ、内側からダクリの体が飛び出して来た。


何かに首を絞められているかのように体は垂れ下がり、小さな手で体の遥か外側を掴んでいる。

その場に居合わせた誰にも可視出来ない。

だが、プージャとダクリにだけは見えていた。

鋭い鉤爪を持った巨大な黒い腕が、ダクリの頭部をがっちりと握り締めていた。


 炎の繭が勢いを失い消え失せた後、そこに佇んでいたのは、


腕を伸ばし、凛と佇むプージャの姿と、

その腕の先の空間にぶら下がる、小さなダクリの姿だった。




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