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第63話 長政海子~こころのとびら~

「でもさ、すんごい強いね。」



わたしは思わず顔を上げました。


「え?」


泥棒主婦さんは笑顔でわたしを見ています。

とても優しげで、とても穏やかで、まるで包み込むような笑顔で。


「そんな詳しくは分からないけどさ、さっきの動き、すんごい恐かったけど、すんごい速くて、すんごい強く見えたよ。」


「はい。ミュシャは、強いです。」


「だよね!?そうだよね!?かっこいいなぁ。まだ小さいのに、すごいなぁ。」


「でも、強くても、ミュシャは……何も出来ません。」


「あはは。私だって何も出来ないよ。戦ったりとか全然出来ないし、出来ることなんてお菓子作りと文学を読むことくらいしかないからさ。マルハチからはいつも役立たず扱いされてるよ。」


「文学を読むことは出来ることとは言いません。」


「たはっ!鋭いツッコミ!そだね。んじゃお菓子作りだけだわ。」


「でもお菓子は美味しいです。」


「お、やっと美味しいって言ってくれたね。ありがとう。一生懸命作った甲斐がありました。」


そう言いながら、泥棒主婦さんは深々と頭を下げています。

わたしも一緒にお辞儀をしました。


「ねぇ、ミュシャ。」


「なんでしょう。」


「私の専属にならない?」


「え?」


「なりなよ。あんなに強いなら丁度いいし。」


「でも、ミュシャ、色々と壊しますし、」


「いいからいいから。どーせ私の物なんて大して価値のあるようなの無いし。あー、一部あるか。レア物の特装版とか。」


「特装版?」


「そう!すんごいのよ。クロエ・ナバール先生の直筆書き下ろし版とか、ナナイちゃん1/6スケール大型フィギュアとかね。あ、どっきりライオン戦記の主人公ね。」


「フィギュア?」


「あー、ごめん。ちょっと熱が入っちゃった。言っても興味ないよね。」


泥棒主婦さんはほっぺたを赤くしながら、バツが悪そうな顔をして鼻の頭を掻いています。


「まぁ、でも、そう言うことよ。特に困るような物が多いわけじゃないしさ。誰にでも得意不得意はあるしさ。時間かけて得意になればいいだけだしさ。」


「え?」


「だからさ。私の専属になって、私の身の回りのお世話をしてくれたらいいよ。そしたら、少しミスしても誰も怒らないから。あんだけ強けりゃマルハチも文句言わないでしょーしね。」


「え?え?」


「誰にも気兼ねなく練習しなよ。」



その言葉を聞いた瞬間、わたしは、わたしは、



「おおお!?どした!?どした急に!?」



わたしの目の前はぐちゃぐちゃに滲んでよく見えなくなるし、鼻の奥はツンとして痛いし、瞼は熱いし、鼻水は垂れてくるし、全然よく分からないですけど、でも、でも、でも、でも、

急に涙が止まらなくなってしまったのです。


「わたし、わたし。頑張っても……頑張っても……お仕事、上手にならないし、全然上手にならないし、皆怒るから、お仕事するのドキドキするし、また何かやっちゃうんじゃないかって……ドキドキするし、何も出来ることないし、……強いとか、そんなの……見てもらったことないし、わたし、本当に、何も出来なくて…………クビになっちゃうかもって、そしたら、そしたら、わたし…………、

何のためにここに来たのか分からなくなっちゃうから!怖くて!怖くてぇ!」


自分でもよく分かりません。

わたしの心は、あの日、あの瞬間に壊れてしまったはずなのです。

だから、何も感じません。

何も思いません。

だけど何故だか、この時だけは違っていました。


泥棒主婦さんがわたしを抱き締めてきました。

抱き締めて、わたしの頭を、大きくて柔らかい胸の中で包み込んでくれました。


「そうだよね。そうだよ。怖いよね。とっても辛かったね。頑張ってる、ミュシャは頑張ってるよ。だからもう、頑張らなくていい。ミュシャなりにやれることをやればいいよ。」


「わたし!わたし!要らない子だって!要らない子だって!」


「そんなことない!そんなことないよ!ミュシャは要らない子なんかじゃない!私にはミュシャが必要だよ!」


「でも!お姉さんは今会ったばかりだし!」


「そうかもしれないけど、そんなん関係ない!私にはミュシャが必要だから!ミュシャに側にいて欲しいんだよ!」


「なんでそんなこと言えるんですかぁー!?」


「理由なんて、無いよ。」


わたしは顔を上げました。

突然の優しい言葉にびっくりして。


「理由なんて無いよ。ずっと見てた。ミュシャが頑張っているところ。ずっと声を掛けたかったけど、掛ける勇気が無くて。ごめんね。辛い想いさせて、本当にごめん。」


真っ黒くて、ピカピカに輝いていて、

長い睫毛に囲まれていて、大きくて、

とてもとても深くて綺麗で、

そんな瞳で、わたしのことを見ています。


「あなたは、誰ですか?」


「私はプージャ。」


「プージャ?お姫様の、プージャ様ですか?」


プージャ様は何も言わずに頷いていました。

この人が、お姫様。

わたしが殺そうとしている、お姫様。

この人がもしも強い人で、魔界最強の人であるならば、わたしはこの人を殺します。

そしたら、わたしは元の世界に戻れるのです。

戻って、新しいお母さんと、新しいお父さんと、新しい人生を送れるのです。

そう約束したから、わたしはここへ、このお屋敷に来たのです。


「なんで……謝るんですか?」


「分かんない。」


わたしには分かりました。

この人は、とても強い人です。

とてもとても、強い、だから、わたしなんかのために、謝れる人なのです。


だからわたしは、この人を……



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