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第53話 お遊びはここからです♪

 空中に浮かび上がった円の中に描かれた文字群が真っ白に光り輝いた。


 光が少女の全身を包み込んだ。


 横凪ぎに迫り来た大鎌の柄がツワンダの腕を捉えていた。

当たる。


 しかし。

既に術式は発動している。

その一撃は、ただの低級なサキュバスのものでしかない。

ツワンダの強靭な筋力であれば、例えガードをしていなくとも、いとも容易く受け凌げる。

耐えるため、踏ん張りを利かせようと大腿に力を入れた。

 柄が腕に触れた。

その瞬間ツワンダの脳は、カクテルシェイカーに詰め込まれ、小刻みに振り回されたかの如く大きく揺れた。


 力を籠めた一撃が、ツキカゲの体を豪壮に吹き飛ばした。


 真横からの重く速い一撃はツキカゲの上腕骨をへし折ると、肋骨の何本かも道連れにして、ツキカゲの体ごと弾き飛ばしたのだ。


 

 ツワンダの体はまるで大弓から放たれた鉄矢の如きスピードで講堂内の空気を引き裂くと、硬い石壁に突き刺さっていった。



(ば、か……な!?)



 石壁に生み出された大きなすり鉢状のクレーター内をずり落ちながら、ツワンダは脳機能の回復に全力を注いでいた。

左腕はもはや使い物にはならない。

肋骨の一部が左肺の端を貫いている。

心臓までは届いておらず無事。脊椎も問題ない。

着地と同時に、まだ自分が戦える状態にあることは確認済みだった。

しかし感情だけは、大きくささくれ立ち、荒れ狂っていた。


壁に背を預け、紅色の絨毯に尻を付き、息を大きく吸うと、ツワンダは喉が裂けんばかりの怒声を発した。


「貴様!何故、術が解けん!?」


シンプルな疑問だった。

この重い一撃、およそただのサキュバスのものではない。

勢いだけはそこまでの慣性で落ちなかったとして、それは納得してやろう。

しかし、それを振り抜く際に感じられた、あの傲慢で獰猛なまでの圧倒的な力の圧と密度。

こんなものは、こんなものは、

体験したことはない。


 部屋の中央。

蒼白のスポットライトが少女を照らしていた。

そしてやはり微笑んでいた。


「術が解ける?何ですか?」


鎌の石突きを床に突き立てると、言いながらスカートの中身をまさぐり始めた。


「何も解けませんよ。」


その指の間という間には、


「だってミュシャ、術なんてかかってませんから♪」


鋭く月光を反射する、8本のダガーが握られていた。


「早く立って下さい♪」


ダガーに映り込む月が姿を眩ませると共に、ミュシャを浮かび上がらせていた月明かりも遮られた。


「お遊びはここからですよ♪」


暗闇に、黄金に輝く双眸だけが、怪しく揺らめいていた。



 

 ツワンダは倒れ伏すマルハチに視線をずらした。

その体からは、魔術文字の帯は消えている。

やはり術式は発動している。

だとすれば、このガキの言っていることは事実だとでも言うのか。

しかし、現に効果がないのは己の身を持って理解している。

もはや魔力のほぼ全ては使い果たした。


 ゆっくり立ち上がろうと膝に力を入れる。

ガクガクと笑う関節を押さえ付けると、最後の魔力を振り絞り、1体の小さく細い使い魔を具現化させた。

使い魔は宙を舞い、ツワンダの頭の上で軽く旋回すると、左の肩口にかぶり付いた。

苦悶の表情を浮かべる主を余所に、使い魔は体を回転させながらみるみるうちにツワンダの腕に食い込んでいく。

血飛沫が収まった頃、細長い使い魔はツワンダの中で砕け散った骨の代わりに、ぴったりと上腕を支える軸となっていた。


 残るは生命力を燃やし尽くす肉弾戦のみ。


上着の下に隠すように、腰に装着していたホルスターから護身用のバゼラートを抜くと、ゆっくりと構えた。


「全くもって忌々しい。ようやく、ようやく我らソーサラーの時代が訪れると思った矢先にこれだ。」


自分自身でも思ってもみなかった言葉が口を突いた。


「種の平均として高度なれど、突き抜けた力を持てないソーサラーは、魔王としては常に他種族の後塵を拝してきた。朕が、朕が現れるまでは。朕なら、その歴史に終止符を打てると思っていた。過去のどのソーサラーよりも力を持ち、過去のどの魔王と比べても遜色のない朕であれば。そして、格好の状況も揃った。愚かなるプージャへと代替わりし、魔王たるマリアベルは弱体化。これは、時代が朕に示しているのだと思っていた。朕に天下を取れと、ソーサラー史上、そして魔界史上最強の魔王として君臨せよ、と。そう示していると思っていた。

ソーサラーの誇りが、傲慢ではなく、事実として誇れるその為にと!

それがどうだ?

よく分かりもしない、名すら知らぬような、突然現れた事故だ、こんなものは。しかし、そんなよく分かりもしない者に阻まれるとは。

何故、貴様はここに現れた?

何故、夢を阻む?

貴様は邪魔なのだ。あたしの、邪魔なのだ。

どけ!

魔王になるのは、あたしだ!!」


ツワンダは口早に言い切ると、頭を下げ、肩で息をしていた。


「そういうお話しは、姫様に言って下さい♪ミュシャ、あなたのお話しに興味ありませんから♪」


誰かに言いたかったわけではない。

自分でもよく分からない。

何故こんな想いを吐き出したのか。

別に、告げてどうして欲しかったわけでもないはずなのだ。

同情を買って見逃して貰おうなどとも思わない。

ただ言いたかっただけなのだ。

自分自身を奮い立たせる為に、言いたかっただけなのに、

だが、だがしかし、この大切な想いを告げ、尚、興味が、ない?だと?


 ツワンダは勢いよく頭を振り上げた。


「貴様は許さん!必ず殺す!」


「楽しいですね!ミュシャ、頑張っちゃいますから♪」


音よりも速く、ツキカゲの姿が消え失せた。

それよりも更に速いタイミングで、ミュシャの姿も消えていた。


 天窓の真下。月の光に照らされて。


 ミュシャとツキカゲが、激しくぶつかり合った。



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