第52話 2.1秒の攻防戦
しかしこれで判明した事実。
(この者、小細工無しには倒せん。)
自分が同時に扱える使い魔の数は最大で10体。
先ほどの二度に渡るこの者の動きと、それを足止めする意図を持った仕掛けを持ってして、作れる時間は恐らく、
約2.1秒。
その限られた時間で完成させるしかない。
マリアベルの魔術文字を無効化する、カウンター術式を。
効果のほどは既にマルハチで実証済みだ。
術式を施した奴の体から文字は消え失せ、ただの人狼と化した。
継続時間は約15分間。
ひとたび無効化に成功すれば、この陳腐なサキュバスを始末するのにそんな大それた時間は不要。
一撃必殺。
精確に実行するのみ。
今の集中力であれば術式完成までに要するに時間はきっかり2秒。
猶予は0.1秒だ。
不要。
温存なぞ不要!
全霊を籠めて魔力を練り上げた。
使役出来うる最大の使い魔がツワンダの周囲を渦巻くように浮かび上がる。
先刻のげろげろバナナとは訳が違う。
その一体一体が大型のジェノサイドポーラベアの牙ほどの太さと長さを備えた、極大の殺戮獣だ。
その円口に掠っただけで、並の魔族の肉体など軽く吹き飛び、屈強なギガース族やドラゴン族の肉体にすら風穴を開ける。
これを1体使役するだけでも、ツワンダの魔力は業火に注がれる油の如く燃え尽くされていく。
生物兵器とも比喩すべき殺戮の獣が10体。
己の生命力すら賭する覚悟が必要だった。
ツワンダの意思に応え、殺戮獣が音もなく宙を裂いた。
中でも特に大きくて獰猛な個体が3体、少女に向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。
それを援護するかのような動きで3体が取り囲む。
同時にツワンダは空中に小さな円を描き始めた。
始めに到達する3体を少女は苦もなく打ち落とすだろう。
そして援護の3体の隙間を縫うように体を飛翔させすり抜ける。
そこが狙い目。
先行した6体の陰に隠れるように小さめの4体を潜ませてある。
着地の瞬間はいかにこの少女でも動きは止まる。
本命は、この4体だ。
恐らくは鎌で凪ぎ払い全てを迎撃するであろう。
突っ込ませれば、だ。
目的は得物。
大鎌はリーチは長いが小回りが利かない。
柄に食らい付かせ、動きを鈍らせる。
それでも刹那ほどの時間稼ぎだろう。
だがしかし、その頃には始めの6体のうち、援護に回した3体が旋回を終えて少女に向かう。
得物の動きを制限された少女の足元を狙うのだ。
すぐに反応して宙を舞う、その時の着地だ。
その瞬間に術式は完成し、波動が少女を襲う。
その時こそが、自らの勝利の時だ。
円の内側にマリアベルの魔術文字を反転させた文字を書き込んでいく。
最初の6体が、少女へと到達しようとしていた。
そして次の瞬間、6体全てが粉微塵に切り裂かれた。
(バカな!?)
反応速度が先ほどまでとはまるで違うではないか!
月明かりの中、まるで水風船が弾けるように霧散する使い魔。
この間、およそ0.51秒。
術式完成まで残り1.49秒。
永遠よりも長く感じられる攻防が幕を開けた。
4体のうち3体を旋回させると、足元と得物の柄を狙ってけしかける。
3方向からの同時攻撃だ。
これならば、いかに素早く迎撃したとしても若干の時間稼ぎにはなるはずだ。
しかし、その全てが瞬時に白刃の餌食となった。
稼いだ時間は0.38秒。
術式完成まで残り1.11秒。
(残りの1体!)
ツワンダの瞳にマルハチの姿が映り込んだ。
(この手があったか!)
無理やり最後の1体の軌道を変更させ、少女の背後に倒れ伏すマルハチに照準を定めた。
人質とは、このように使うからこその人質なのだ。
少女の体勢がそちらに傾いたのが分かる。
この一瞬の重心変化が重要だ。
ほんの一瞬に過ぎないが、繋がり続ける戦闘の連続的時系列、ある一瞬は次の一瞬に影響し、その誤差は連鎖により時間が進むほど大きくなっていく。
この一瞬の重心変化は、ツワンダに0.09秒の猶予をもたらす。
少女の大鎌が最後の使い魔を凪ぎ払う。
微妙に離れた間合いにより、持ち手がほんの少しだが長くなった。
これにより得物を引き戻す時間は拳ひとつ分だけ引き延ばされる。
そしてツワンダに向かって攻撃を再開する。
本来であれば0.28秒ほどの予定であったこの時間が、0.37秒まで延長された。
残る時間は、0.74秒。
少女が踏みきった。
重心と共に大鎌がひるがえる。
到達まで0.12秒。
0.62秒足りない。
が、
言ったはずだ。
温存は、不要。と。
11体目の使い魔がツワンダの陰から飛び出した。
限界を超えた魔力行使により、ツワンダの紺碧の瞳から血液が流れ出ていた。
しかし、この一手こそが真の覚悟。
完全なる死角から現れた一体に、少女が虚を突かれたのは間違いない。
加えて得物の長大さが仇となった。
使い魔は瞬間的に間合いの内側に入り込んだ。
少女の足がピンと張り、体の移動にストップを掛ける。
刃先は間合いの遥か外側。
あわよくば、このまま。
少女が鎌の柄をかち上げた。
使い魔は無惨にも鋼鉄の一撃に叩き潰される。
これにより、0.42秒の足止めに成功した。
残り時間は0.2秒ジャスト。
刃を返してツワンダに斬りかかる時間はもはや残されてはいない。
やるならば、
少女はそのまま柄の持ち手を伸ばすと、ツワンダに石突きを向けて凪ぎ払った。
足を踏み出し、重心を掛けて。
それは予想の範囲内。
だが、この体重移動と腕の振りには、
0.2秒の時間が必要だった。
(勝った!)
ツワンダの術式が完成した。
予想されていた0.1秒の猶予は失っていたが、それでも2秒きっかり耐え凌いだ。
空中に浮かび上がった円の中に描かれた文字群が真っ白に光り輝いた。
光が少女の全身を包み込んだ。




