第49話 私は、魔王ぞ
マリアベル屋敷の会議室に皆が集まった。
【総大将】エッダ将軍。
【アンデッド軍団長】クロエ。
【黒子軍団長】ペラ。
【執事室次席】アイゼン。
【メイド室室長】ジョハンナ。
そして、
【魔王】プージャ・フォン・マリアベルXIII。
大きなチーク材の四角い大きなテーブルを囲み、マリアベルの現幹部である6人が顔を揃えていた。
「それでは状況報告から致します。」
マルハチに代わり、アイゼンが立ち上がった。
「昨日、夜遅く、マリアベルの前線基地であるル・タラウス砦にカッサーラ・ゲシオ領民約6千が流入致しました。
彼らの希望は、マリアベル領への移住にあります。」
「ろくせん?」
クロエが声を漏らした。
「はい。カッサーラ・ゲシオの人口の約9割5分にあたる人数です。現在、魔王殿下のご命令により、難民は砦にて手厚く保護しております。」
アイゼンの眼鏡が光を反射した。
「何故、そんな人数が、急に?」
エッダが角を撫でながら口を開いた。
「難民の代表者に聴取は行っております。理由はツキカゲによる弾圧からの逃避。」
ペラが挙手をした。
「密偵に調べさせました。ツキカゲは日頃より圧政を敷いておりますが、引き金となったのはつい先日の出来事です。
舞踏会へと出向く道中、減税の陳情に訪れた領民約500名をその場で虐殺しております。」
「領民の一割近くではないか!」
エッダが驚きの声を上げた。
「それに耐えられなくなった彼らは領主不在を見計らい、一斉に生活を放棄して我らマリアベルに助けを求めて来たのです。」
アイゼンが締めくくった。
「これは……」
エッダが口を開きかけたが、そこで再び沈黙を選んだ。
これは、好機である。
本来であればそう捉えるべき事象だった。
ツキカゲの領地に残された民は、恐らく純血のソーサラー。
言わば正規軍にあたる民だ。
が、いかにソーサラー族とは言え、その程度の数では物を言えるものではない。
彼らの軍勢の大半は、他と同じく民兵で賄われているのだ。
つまり、領民の流出は、戦力の流出を意味する。
これは、いかに魔界最強の暴君と言えど、見過ごせないほどの危機と言えよう。
マリアベルにとっては絶対的な好機であるはずだった。
だが、しかし。
「して、ツキカゲの動きは?」
エッダの問い掛けに、再びアイゼンが答えた。
「既に書簡による、難民の返還要求が届いております。」
「要求内容は?」
「それが、マルハチ執事室室長の身柄との引き換え、と。」
「やはりか。」
その言葉を最後に、会議室には再び沈黙が訪れた。
ここに、好機と言えない理由があった。
通常で考えれば、魔王という存在にそのような要求が通るわけがないのだ。
たかだか執事ひとりの身柄と、最大の障害を取り除く好機。
たかだか執事ひとりの命と、数千にも及ぶ領民の命。
天秤に乗せることすらあり得ない、愚にもつかない交換要求。
例え魔王でなくとも、この戦国乱世で少しでも政治を噛る者であれば、誰もが歯牙にもかけぬ下らないもの。であるはずだった。
だが、今ここにいる魔王という存在は、プージャだった。
プージャという女性にとって、通常では考えられないようなこのふたつの不均衡な条件は、天秤にかけるに十分に値する、重大な条件となり得た。
この場にいる全員が、それを痛いほどに理解しているからこそ、誰もが口をつぐんだのだ。
重苦しい空気の中、クロエは胸中で悪態をついていた。
(これを見越してマルハチを略取したと、そういうことか。姫殿下の最大の泣き所を確保することで、最悪の状況においても全ての事があちらに優位に進むとは。ツキカゲ。やはり奴は、最強か。)
恐らくは誰しもが思ったことだろう。
恐怖すら感じるほどの用意周到さ。
こんな相手に、一体どうしたらプージャは打ち勝てるのか。
その答えは、ひとつしかなかった。
「私は、」
そんな沈黙を破ったのは、プージャ自身だった。
全員の視線がプージャに集まった。
「私は、十分に理解している。私の軽率な行動が全ての原因だ。ヴリトラを失ったのも、マルハチを人質に取られたのも。全ては私の責任だ。」
クロエは力を籠めて拳を握っていた。
「私は、この期に及んで尚、奴に甘く見られておる。私ならきっと、この要求を飲むだろうと、だから、こんな図々しい要求を、されるのだ。」
ジョハンナは必死にプージャだけを見据えていた。
「私以外の魔族であれば、こんな要求は、要求としてすら、成立しない、のに。だけど、だけど、私は…私には、この要求を、するだけの、価値が…ある……と、思われて、おる。」
エッダも、ペラも、アイゼンも、プージャの言葉に耳を傾けた。全身全霊を籠めて。
「私は、魔王ぞ!」
プージャの声が一際大きくなった。
「私、は、わだじは……、…苦じむ……民の…だめ“…に“、……マ“ル“ハヂを“…………、……マ“……ル“……ハ……ヂ…………を“ぉ…………。」
必死に声を絞り出した。
全員に聞こえるように、出来るだけ大きな声を。
そして皆から目を逸らさぬよう、背筋を伸ばして、顔を上げて。
でも、だけど、
「…………マ“ル“ハヂを“!!」
その大きな瞳からは、大粒の涙がボロボロと流れ出ていた。
「…………ぎり“ずでる“(切り捨てる)!!!」
顔をしかめ、涙でぐちゃぐちゃになっていた。それでも歯を食いしばり、プージャは自分の意志を表明した。
「者共!ツキカゲを討て!」
本当はこうに言いたかった。
だけど、もはや言葉にはなっていない。
何を言ったのか自分でも分からないくらい、言葉にならない言葉を、力一杯に振り絞ったのだ。
魔王の号令を受け、エッダ、ペラ、アイゼンは同時に立ち上がると足早に部屋を後にした。
そして、クロエとジョハンナもまた同時に立ち上がった。
立ち上がり、プージャの元へと駆け寄ると、その涙まみれの顔を力一杯に抱き締めた。
「がんばった、ひめでんか。よくいえた。がんばったぞ。」
「立派にございました!」
ふたりに抱き締められてはいたが、プージャはそれでも背筋を伸ばしたままだった。
「うぅ…!うえぇ……、えぐ……。」
ふたりの胸に抱かれながら、プージャは必死に嗚咽を圧し殺していた。




