表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/164

第49話 私は、魔王ぞ

 マリアベル屋敷の会議室に皆が集まった。

【総大将】エッダ将軍。

【アンデッド軍団長】クロエ。

【黒子軍団長】ペラ。

【執事室次席】アイゼン。

【メイド室室長】ジョハンナ。

そして、

【魔王】プージャ・フォン・マリアベルXIII。


大きなチーク材の四角い大きなテーブルを囲み、マリアベルの現幹部である6人が顔を揃えていた。


「それでは状況報告から致します。」


マルハチに代わり、アイゼンが立ち上がった。


「昨日、夜遅く、マリアベルの前線基地であるル・タラウス砦にカッサーラ・ゲシオ領民約6千が流入致しました。

彼らの希望は、マリアベル領への移住にあります。」


「ろくせん?」


クロエが声を漏らした。


「はい。カッサーラ・ゲシオの人口の約9割5分にあたる人数です。現在、魔王殿下のご命令により、難民は砦にて手厚く保護しております。」


アイゼンの眼鏡が光を反射した。


「何故、そんな人数が、急に?」


エッダが角を撫でながら口を開いた。


「難民の代表者に聴取は行っております。理由はツキカゲによる弾圧からの逃避。」


ペラが挙手をした。


「密偵に調べさせました。ツキカゲは日頃より圧政を敷いておりますが、引き金となったのはつい先日の出来事です。

舞踏会へと出向く道中、減税の陳情に訪れた領民約500名をその場で虐殺しております。」


「領民の一割近くではないか!」


エッダが驚きの声を上げた。


「それに耐えられなくなった彼らは領主不在を見計らい、一斉に生活を放棄して我らマリアベルに助けを求めて来たのです。」


アイゼンが締めくくった。


「これは……」


エッダが口を開きかけたが、そこで再び沈黙を選んだ。

これは、好機である。

本来であればそう捉えるべき事象だった。

ツキカゲの領地に残された民は、恐らく純血のソーサラー。

言わば正規軍にあたる民だ。

が、いかにソーサラー族とは言え、その程度の数では物を言えるものではない。

彼らの軍勢の大半は、他と同じく民兵で賄われているのだ。

つまり、領民の流出は、戦力の流出を意味する。

これは、いかに魔界最強の暴君と言えど、見過ごせないほどの危機と言えよう。

マリアベルにとっては絶対的な好機であるはずだった。

だが、しかし。


「して、ツキカゲの動きは?」


エッダの問い掛けに、再びアイゼンが答えた。


「既に書簡による、難民の返還要求が届いております。」


「要求内容は?」


「それが、マルハチ執事室室長の身柄との引き換え、と。」


「やはりか。」


その言葉を最後に、会議室には再び沈黙が訪れた。


 ここに、好機と言えない理由があった。


通常で考えれば、魔王という存在にそのような要求が通るわけがないのだ。

たかだか執事ひとりの身柄と、最大の障害を取り除く好機。

たかだか執事ひとりの命と、数千にも及ぶ領民の命。

天秤に乗せることすらあり得ない、愚にもつかない交換要求。

例え魔王でなくとも、この戦国乱世で少しでも政治を噛る者であれば、誰もが歯牙にもかけぬ下らないもの。であるはずだった。


 だが、今ここにいる魔王という存在は、プージャだった。

プージャという女性にとって、通常では考えられないようなこのふたつの不均衡な条件は、天秤にかけるに十分に値する、重大な条件となり得た。


 この場にいる全員が、それを痛いほどに理解しているからこそ、誰もが口をつぐんだのだ。


 重苦しい空気の中、クロエは胸中で悪態をついていた。

(これを見越してマルハチを略取したと、そういうことか。姫殿下の最大の泣き所を確保することで、最悪の状況においても全ての事があちらに優位に進むとは。ツキカゲ。やはり奴は、最強か。)

恐らくは誰しもが思ったことだろう。

恐怖すら感じるほどの用意周到さ。

こんな相手に、一体どうしたらプージャは打ち勝てるのか。


 その答えは、ひとつしかなかった。





「私は、」


そんな沈黙を破ったのは、プージャ自身だった。

全員の視線がプージャに集まった。


「私は、十分に理解している。私の軽率な行動が全ての原因だ。ヴリトラを失ったのも、マルハチを人質に取られたのも。全ては私の責任だ。」


クロエは力を籠めて拳を握っていた。


「私は、この期に及んで尚、奴に甘く見られておる。私ならきっと、この要求を飲むだろうと、だから、こんな図々しい要求を、されるのだ。」


ジョハンナは必死にプージャだけを見据えていた。


「私以外の魔族であれば、こんな要求は、要求としてすら、成立しない、のに。だけど、だけど、私は…私には、この要求を、するだけの、価値が…ある……と、思われて、おる。」


エッダも、ペラも、アイゼンも、プージャの言葉に耳を傾けた。全身全霊を籠めて。


「私は、魔王ぞ!」


プージャの声が一際大きくなった。



「私、は、わだじは……、…苦じむ……民の…だめ“…に“、……マ“ル“ハヂを“…………、……マ“……ル“……ハ……ヂ…………を“ぉ…………。」



 必死に声を絞り出した。

全員に聞こえるように、出来るだけ大きな声を。

そして皆から目を逸らさぬよう、背筋を伸ばして、顔を上げて。


でも、だけど、


「…………マ“ル“ハヂを“!!」


その大きな瞳からは、大粒の涙がボロボロと流れ出ていた。


「…………ぎり“ずでる“(切り捨てる)!!!」



顔をしかめ、涙でぐちゃぐちゃになっていた。それでも歯を食いしばり、プージャは自分の意志を表明した。


「者共!ツキカゲを討て!」


本当はこうに言いたかった。

だけど、もはや言葉にはなっていない。

何を言ったのか自分でも分からないくらい、言葉にならない言葉を、力一杯に振り絞ったのだ。



 魔王の号令を受け、エッダ、ペラ、アイゼンは同時に立ち上がると足早に部屋を後にした。

そして、クロエとジョハンナもまた同時に立ち上がった。

立ち上がり、プージャの元へと駆け寄ると、その涙まみれの顔を力一杯に抱き締めた。


「がんばった、ひめでんか。よくいえた。がんばったぞ。」

「立派にございました!」


ふたりに抱き締められてはいたが、プージャはそれでも背筋を伸ばしたままだった。


「うぅ…!うえぇ……、えぐ……。」


ふたりの胸に抱かれながら、プージャは必死に嗚咽を圧し殺していた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ