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第43話 ビジョン

 公園中を歩き回り、次から次へと店を回っては、ほっぺの落ちそうな逸品ばかりを味わい、胃袋へと収めていった。


「この適度な距離感での散歩が丁度良い腹ごなしになるの。」


「いやまさに。よく考えられてますな。」


 大概の店を回りきった頃だった。

芝生の上をゆったりと歩きながら、ふたりは満足そうに言葉を交わしていた。

これだけ沢山の菓子を食べ尽くして尚、まだ食べられるという感覚。

ふたりの言う通り、適度な運動を挟むことによって消化も促進される。

そして適度に心地よい疲労感もまた、ふたりに満足感を与えるのに一役買っているのだ。


「次が最後の店かの?」


「ですな。ええと、最後の店は、」


「うむ。知っておるぞ。メイル・シニョーラ。エクレアの名店だな。」


ふたりの前に現れたのは、白と黒を基調としたシンプルな看板を掲げた、小さな露店だった。


「エクレア。確か、マルハチ殿の好物でしたな。」


「……うむ。」


あと少しで店に辿り着く。

そんなタイミングで、プージャはふと足を止めた。


「どうしたんです?」


後に続くヴリトラも、プージャに合わせて足を止めた。


「エクレア……か。」


ヴリトラに背を向けたまま、プージャは俯いたまま動く様子はなかった。


「魔王様?具合でも悪いんで?」


「いや……平気だ。」


そう言ったプージャだったが、突然の頭痛に襲われると、頭を抑えてその場に勢いよくしゃがみ込んだ。


「魔王様!?」


この様子、尋常ではない。

ヴリトラは咄嗟に君主の肩を抱きかかえた。


「…………。」


苦悶の表情を浮かべるプージャ。

その額には珠のような汗が浮かんでいた。


(見える。何だ?一体、こんなこと、初めて。)


プージャの頭の中に、何かのビジョンが流れ込んでくる。

これはきっと、予知能力。

だけど、普段とは違う。

いつもなら、自分が見たいと思った時だけ、少し先の事が見えるだけなのに。

なんだろう。

勝手に流れ込んでくる。

これは、一体。


 

 プージャの目の前に立っているのは、マルハチだった。

こちらを見ている。

驚いたような顔で、目を見開いて。

どうしてそんな顔を?

プージャの視界が少しズレた。

驚いた顔の意味が分かった。

マルハチの胸元が、真っ白いワイシャツの胸元が、真っ赤な血で染まっていた。



そこでビジョンが途切れた。


「っひ!」


頭痛が止まった。

プージャは息を吐きながら、勢いよく体を起こした。


「だ、大丈夫ですかい?魔王様。少し食いすぎましたかいな?」


プージャは地べたにへたり込みながら、肩を握るヴリトラの手の甲に自分の手を添えた。


「ヴリトラ、すまん。今すぐに舞踏会へ行くぞ。」


「え?舞踏会、ですかい?」


「ああ。今すぐだ。すぐに行かねば、マルハチが、危ない。」


「マルハチ殿が?」


全くもって意味が分からなかった。

だが、分からないなりにも、プージャの様子が明らかにおかしいことは理解出来る。

これはただ事ではない。

ヴリトラは瞬時にして軍団長の仮面を取り付けた。


「かしこまりました。直ぐに向かいましょう。ですが、足を用意するのに少し時間が掛かります。しばしお待ちを。」


「言うに及ばぬ。」


プージャはすっくと立ち上がると、声を張り上げた。


「ミュシャ!ミュシャはおるか!?」


「ミュシャ殿!?」


あまりの突飛な発言に、真剣に応対を始めたばかりのヴリトラは面食らった。

もしや、からかっているのか?

そんな疑いすら持ったほどだった。

が、それは思い過ごしだった。


「ありゃりゃ。どうして分かったんですか?姫様。」


手近にあった白樺の木の上から、銀髪のメイドが降ってきたのだ。


「ミュシャ殿!?どうして!?」


面食らいはしたが、プージャの行動が正しかったことで冷静さは取り戻せた。


「やはりか。今回もまた監視をしていると思っておったぞ。」


プージャはミュシャの方へと向き直った。


「なんでばれちゃったんでしょうか?ミュシャ、上手に隠れてると思ったんですけど。」


「ミュシャの今日の予定はなんだったっけ?確か、クイン【女王】さんと遊びに行く、だったっけ?次はもう少し捻った言葉遊びをするんだな。」


「えへへ♪ミュシャ、失敗してしまいました♪」


「ミュシャ、馬車の用意は出来ているな?」


「はい!公園の入り口に用意してありますよ♪」


「よかろう。ヴリトラ、ミュシャ。私について参れ。」


 バッスルドレスの裾をたくし上げると、プージャはその場から駆け出した。

その足取りはいつものドタドタとしたものではなく、しなやかな獣のように素早かった。


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