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第42話 イチゴジェラートとバニラジェラート

 ふたりが次に訪れたのは、林道の中程に構えた、ロンド・ベルというジェラートショップだった。

しかしただのジェラートショップではなさそうだ。

店頭にはなにやら人だかりが出来ているのが見えた。


「なんじゃなんじゃ?なんだか盛り上がっておるの。」


もちろん、プージャの興味を惹いたのは言うまでもない。

黒髪で塩顔をした青年と、茶髪で童顔の少年の売り子がふたりを出迎えた。


「いらっしゃいませ!」


気持ちの良い挨拶を投げ掛ける売り子が元気よく腕を振り上げると、腕の動きに合わせて金属製の桶の中から白い塊が飛び出してくるのが見えた。


「これはなんじゃ?お餅かの?」


桶から飛び出ていたのは、とても粘度の高いパン生地か餅か、とにかく未知の物質だった。


「これもジェラートなんですよ。」


少年の方の売り子が笑顔を浮かべながら説明してくれた。


「ジェラート!?これがか?」


プージャの驚きは実に模範的な反応だったようだ。

売り子のふたりはとても嬉しそうな表情で説明を続けた。


「そうなんです。僕達の故郷の特産で、溶けにくいように芋の煮詰めた液を混ぜて粘りけを出しているんですよ。」


「ほう!芋!?芋でそんな伸びるようになるのか!すごいの!」


「ええ。しかも芋のお陰でとても腹持ちがいいんです。」


「な、なんと。」


それまでは感動しかなかったプージャだったが、最後の一言には不安を隠せなかった。

食べ歩きの最中である今のこの状況においては、腹持ちが良いことはとても困った条件になってしまう。


「ヴリトラ。腹持ちが良いらしいぞ。」


「それは困りましたな。でも、旨そうですわ。」


言う通りだ。

少年の桶にはバニラ味らしき白いジェラート。青年の方の桶にはストロベリー味と思われるピンク色のジェラート。


「両方とも食してみたいのぉ。」


プージャは目を輝かせながら桶の中身を見つめていた。


「ミックスは出来るのかい?」


ヴリトラが売り子に問い掛けた。


「すみません。単品販売のみなんです。」


申し訳なさそうに青年が答えた。

どのくらい腹持ちが良いのかは分かりかねるが、まだまだ目標の半分のこのタイミング。

本当ならば二種類とも堪能したいところだが、ここはひとつに抑えるべきか。

ならばどちらを選ぶのか。

プージャが思案していると、ヴリトラが口を開いた。


「そうしたら、ここはひとり一種類ずつを買って、シェアしたらどうですかい?」


普段の食事はひとりで摂ることの多い魔王には、すぐには思い付かない発想であった。


「なるほどの!それなら一人前の量で両方とも味わえるわけだ!ヴリトラ、名案じゃ!でかしたぞ!」


魔王は直ぐ様にその案を採用した。


 近くのベンチに腰を降ろすと、まずふたりは自分の注文したジェラートをスプーンですくって口に運んだ。

粘りけのある見た目通り、重厚感のある舌触り。

本当に餅でも口に入れたかのようなねっとりとした感触が伝わってくる。

と同時に、食感に負けないほどの濃厚なイチゴの酸味と甘味が舌を包み込んだ。

そして舌で転がすこと数秒。

体温で溶かされた塊は、徐々に緩くなり口の中いっぱいに広がっていく。


「不思議な感覚じゃのぉ。美味しいぞ。」


唇の先でスプーンを(ついば)みながら、プージャは恍惚(こうこつ)の表情を浮かべた。


「いや、本当に今まで体験したことのない舌触りですわ。」


「うむ。不思議な感じじゃな。どれ、ヴリトラ、こっちも食べてみよ。」


そう言ったプージャは、自らのスプーンでイチゴジェラートをひとすくいすると、ヴリトラの口の前に差し出した。


(ふぁ!?)


これにヴリトラは驚きを隠せなかった。

プージャが差し出したのは、つい先刻まで自らが唇で弄んでいた、そのスプーンだったのだから。


(こここここ、こ、こ、こ、これは!これは世に言う【間接キッス】というやつでは!?)


ヴリトラの体温は、まるで重度の風邪を患った時の如く、一気に上昇していた。


「ほれ、旨いぞ。食べてみよ。」


プージャが弾けるような笑顔で自分を見つめていた。


(た、食べたい。とても、食べたい!)


あえて何がとは言わないが。

ヴリトラは今にも体が動きそうになるのを必死で堪えていた。


「それでは、頂きます。」


ヴリトラはゆっくりと自分のスプーンをプージャの持つイチゴジェラートのカップに差し込んだ。

理性の勝利だった。

が、同時に君主の顔色も伺っていた。

どういうつもりかは知らないが、厚意を不意にしたことには変わりはないのだ。

気を悪くしたのではないか?

高鳴る気持ちは、また別の意味で高鳴っていた。


「どうじゃ?旨いだろう?」


しかし、当のプージャは特に何かを気にする素振りもなく、笑顔で問い掛けてきた。


「え、ええ。とても。」


ちなみにこれは嘘だ。

正直、味もなにも分かるような気分ではなかった。


「私もそちらを試したいぞ。」


汗ばむヴリトラを余所に、プージャがバニラのカップを指し示した。


「え、あ、はい。そうですな。どうぞ。」


ヴリトラがカップを差し出したその時だった。

ヴリトラはド肝を抜かれた。

何故ならば、


「あー。」


魔王様は目を閉じ、口を大きく開け、こちらに顔を向けていたのだ。


(ふぁ!?)


もちろん自分のスプーンは握ったままだ。


(こ、これは、これは!?食べさせろと!?俺に、俺のスプーンで食べさせろと言っているのかぁー!?)


屈強なオーク隊長の血管ははち切れる寸前だった。


「どうした?はようせい。」


目を閉じたまま催促している。


(ここここ、こんな、こんなことがあってよいのか!?)


「えと、あの、宜しいので?」


本能と理性の戦いは、またしても理性に軍配が上がった。


「ん?何を言っておる?」


「いえ、その、いくら魔王様の命令とは言え、女性にこのような・・・」


言葉を詰まらせるヴリトラに、プージャはことも無げに言った。


「マルハチにはいつもこうしてもらってるぞ?」


その一言が、ヴリトラに一気に冷静さを取り戻させた。


「魔王様。お言葉ですが、それはマルハチ殿だから、ですわ。自分のような者がして良い行いではございません。」


「ん?」


プージャは驚いたように目を開けた。


「そ、そうなのか?」


「はい。こういったことは、特別な者同士でこそのもの。マルハチ殿が魔王様を大切に思っている証ですわ。」


「……そう、なのか。」


プージャは頬を赤らめた。


「ヴリトラ。」


「なんです?」


「何回、食べ歩きに一緒に行ったらお主はあーんしてくれるのだ?もう少し仲良くなったらしてくれるか?」


「え?いや、それは、どういう意味なんで?」


「仲良しならしてもいいのだろう?」


「……いや、ちょっとなんて言ったらいいか分からないですわ。」


特別の意味とは?

この人はちゃんと理解してるのだろうか。

逆にヴリトラは心中で頭を抱えてしまった。


 だがそれは、


今まで、なんてことはないことだと思ってきた。

いつからだろう。

覚えてもいない。

マルハチは、いつも自然に私の望みに応えてくれていた。

それは、それは、

それはずっとずっと昔から、私のことを、特別に思ってくれていたからなんだろうか。

そして私も、それを望んできた。

知らなかった。

まさか私の望みにそんな意味があるなんて。

そうか。

私とマルハチは、ずっとずっと、繋がっていたんだ。


 プージャなりの照れ隠しだった。


(ヴリトラ、すまん。お主は優しいな。)





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