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第39話 マルハチの本音

「ツ、ツキカゲ……」


 ジョハンナが復唱するように呟いた。


「彼女の接待に、生半可な者は充てられない。」


「なるほどな。ならばがてん(合点)がいく。」


その言葉に、クロエもまた小さく頷いた。

小さな部屋が重苦しい空気が包まれたその時だった。

ミュシャが口を開いた。


「ツキカゲさんってどなたですか?♪」


いつもと変わらぬ、ヘラヘラとした笑みを浮かべて。


「そうか。ミュシャは知らなかったか。」


マルハチが頭を振った。


「ツキカゲ。本名はツワンダ・キヌ・カッサーラ・ゲシオ。ソーサラー族の女帝だよ。」


「ソーサラー?ってなんでしたっけ?」


「本気で言っているのか?君は一体いくつだ。」


「はい!ミュシャは確か160歳くらいです♪」


「自分の年齢すら曖昧なら、知らなくても仕方ないか。よくそれで今まで生きて来られたな。」


「えへへ。ミュシャは最強ですので♪」


「照れるところじゃないからな。ソーサラー族というのは、悪魔種の最上位に位置する種族だ。サキュバスである君と同系統の上位種だろう?本来ならむしろ君の方が詳しくてもおかしくない種族じゃないか。」


「ミュシャ、悪魔種なんですか?」


「……そうだよ。ひょっとして話しても無駄なんじゃないか?」


「いいえー。ミュシャも一応は興味ありますよ♪」


「……一応って。それでだ、本来は種族間階級で言えば最上位に位置する種族のわけだから、当然強力だ。歴代の魔王のほとんどは、ソーサラー族か、巨人種のギガース族か、魔人種のドラゴン族から輩出されている。そしてその三種族をまとめて魔血種族と呼ぶんだ。」


「え?お、」

「おケツじゃないからな。魔血。魔界黎明期の神話に登場し、現存する数少ない種族のことだ。」


「えへへ♪なんでそんな人が舞踏会に来るんですか?」


「そこなんだ、問題なのは。今までは、ミスラ様が魔王として君臨なさっていたから、彼らはマリアベルの傘下として扱われていた。が、当然彼らは魔血種族としての自負がある故に、快くは思っていなかった。実際に力負けしての結果だから、負け惜しみでしかないんだが、彼らは気位(きぐらい)が高いからね。だから、今まではマリアベルの招待にも応えずにいた。」


「それがいまになってとつぜん(突然)ということは。」


「そうだ。プージャ様に代替わりした途端に。考えられるのは、」


むほん(謀反)、か。」


「それが妥当だろう。ミスラ様亡き後、奴が現役最強の魔族なのは疑いの余地はない。既に往年の魔王も何名かは配下に収めたと聞く。」


どうり(道理)がとおるな。」


「だからこそ、僕が奴に張り付いて監視をするべきなんだ。理解してくれ。」


そう言って、マルハチは深々と頭を下げた。


「でも、わざわざ接待をしなくても、舞踏会に参加しながら見張ればいいんじゃないですか?」


やはりどうしても引けないようだ。

それでもジョハンナは食い下がる。


「君だってツキカゲを知っているだろう。傍若無人(ぼうじゃくぶじん)傲岸不遜(ごうがんふそん)放辟邪移(ほうへきじゃし)我儘放題(プージャのバカ)、数多の言葉が奴のためにあるような女だ。下手に怒りを買おうものなら何をしでかすか分からない。半端な接待は命取りになる。」


「そういうことだったのですね。」


ジョハンナが声を落として呟いた。


「まさか、マルハチさんがそんな大きなものを抱えていたなんて、私達には考えも及びませんでした。ただのろくでなしのイ○ポ野郎なのだとばかり思っていました。」


「品が無いぞ!魔王のメイド!」


「分かりました!」


ジョハンナは勢いよくパチンと手を叩いた。


「皆でツキカゲの首を獲りましょう!!」


「違う違う違う!そうじゃない!」


「何なのですか?まさか、恐れているのですか?いくら【滅亡の女帝(デストラクショナリー)】と言えど、我らマリアベルの総力を持ってすれば臆することはありませんわ。」


「そういうことを言っているわけじゃないんだ!先程の話はあくまで仮説でしかない。彼らの真意はまだ分からないんだ。それをこちらから仕掛けるのは相手に主導権を握らせるだけ。動くなら、彼らの動きを見極めた後だ。」


「何を悠長な。ゴキブリは潰すに限ります。」


「君はもう黙っててくれないか?ミュシャの方がまだ話が通じるよ。」


「ミュシャならもうあちらで手鳩を羽ばたかせて遊んでますわよ?」


「君がそんなだからミュシャもああなっちゃうじゃないのかな!?」


「まさか。私はあそこまで没分暁(ぼつぶんぎょう)ではございません。」


「どっちもどっちだよ!とにかく、ツキカゲとその軍勢が強力な戦力なのは事実だし、現状ではマリアベル傘下なんだ。出来ればこのまま抱え込んでおくのが理想。無闇に刺激はしたくないんだ。」


「やはりイ○ポ野郎ですね。」


「政治的駆け引きだ!君らみたくなんでもかんでも武力行使してりゃいいってわけじゃないんだよ!脳筋か!!」


そろそろ潮時だろうか。

これ以上は揉め事の種になるだけだ。

そう判断したクロエが顎を鳴らした。


「わかった。では、マルハチのほうしん(方針)どおりにこと()をすすめよう。われわれはやすみをとる。マルハチはツキカゲをかんし(監視)する。それでよいな?」


ジョハンナを始めとするメイド達に振り返った。

無論、メイド達にも異論はない。

ひとりを除いた全員が首を縦に振っていた。


「ミュシャ。君は賛成してくれないのかい?」


大方、聞いていなかっただけだとは思うが、念の為にマルハチは問い掛けた。


「もし、ツキカゲさんが敵なら、ミュシャはやっつけてもいいんですよね?」


「ああ。敵だと判明すれば。」


「えへへ♪最強の魔族ですか……」


冷たい光を放つ大鎌に囁きかけるように、ミュシャは三日月型の刃のしのぎに頬を擦り付けながら呟いていた。


「楽しみですねぇ♪」


「君が戦わなくてもいいように願うよ。いくら君でも、今回は相手が悪い。」


マルハチが頭を掻きながら忠告を与えると、ミュシャはまるで突然目が覚めたような表情で顔を上げた。


「マルハチさん!」


あまりに唐突な反応に、マルハチは一瞬だがたじろいだ。


「な、なんだい?」


「全部終わったら、姫様とダンスを踊りましょう♪ミュシャ、お歌を唄いますね♪」


その場にいた全員も、目が覚めた気分だった。

そうだった。

元はと言えば、その話をしに来たのだった。


「ああ。僕も、プージャ様と踊りたい。」


マルハチの本音だった。

そうだ。

これが聞きたかったのだ。

全員が、心中で胸を撫で下ろしていた。


「えへへ♪最強、ですか……」


そんな同僚達を余所(よそ)に、ミュシャは鈍く輝く刃を覗き込んでいた。

刃の中で、黄金色(こんじき)の瞳が輝いていた。



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