第38話 尋問
「な、な、な、なんだ!?なんなんだ!?」
突然の雪崩に、マルハチは狼狽えるしかなかった。
「ちょっとマルハチさん!どういうことですか!?」
雪崩と言っても、マルハチの自室になだれ込んで来たのは、人の雪崩だったのだが。
3坪程度の小さな部屋だ。
その小さな部屋は一瞬で、いきり立ったメイド達に占領されてしまったのだ。
先頭を切って入ってきたメイド室長が、机で書き物をしていたマルハチに詰め寄った。
その剣幕は、マルハチが思わず椅子から立ち上がってしまう程に苛烈だった。
「なんだ!?一体なんだって言うんだ!?」
深く腰を落として身構えるマルハチの鼻先に人差し指を押し付けると、更に深く押し込むようにメイド室長は力を籠めた。
「しらばっくれないで下さい!あなたこそ一体なんだと言うのですか!?」
完全に意味不明だ。
マルハチの頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのは明白だった。
だが、その態度が更にメイド達の怒りに油を注いでいた。
「なんなの!?」
「見た!?あの態度!」
「バカにして!」
「お詫びに新しい大鎌を買って下さい♪」
「女の敵よ!」
「このろくでなし!」
一部、本当に意味不明な一言が混じっていた気がするが、皆が一様にして自分を責め立てている。
それは理解出来た。
しかし、マルハチには何故に自分がこれ程までに責められるのか、そこだけが理解出来なかった。
「ちょっと待ってくれ!一体君達は何を言っているんだ!?一体僕が何をしたと言うんだ!?」
部屋の壁際まで押し込まれたマルハチが、遂に悲鳴を上げた。
「どうしてもしらを切るつもりなのですね?」
そのマルハチの態度に、メイド室長は逆に声を潜めた。
代わりにその声に含まれていたのは、隠す気のない明確な殺気だった。
「ならば、こちらにも考えがあります。」
言いながら、室長がスカートの裾に手を突っ込むと、その手に握られていたのは極細のミセリコルデだった。
マルハチのループタイを左手で掴み、肩を押しあて壁に押さえ付けると、その首元に右手の突剣をかざす。
その眼差しは、熟練暗殺者のそれと見まごうほどに鋭利に研ぎ澄まされていた。
「いい?ここからは慎重に答えるのよ?嘘をついたと思ったら殺す。誤魔化したと思ったら殺す。黙ってても殺す。逃げようとしても、殺す。」
「いやちょっと待て!それは完全に拷問する時の台詞だろう!」
物騒極まりない室長の台詞に、遂にマルハチも根を上げた。
「本当に何を言っているのか分からないんだ!申し訳ないがきちんと説明してくれないか!?ちゃんと理解すれば何でも話すから!」
「往生際の悪い。ならば本当に一度死にますか?」
「会話が成立しない!!誰か!誰か話を変わってくれ!!」
ここまでくるとマルハチの言うことの方が正論になってくる。
既にミセリコルデの先端は皮膚に突き刺さっている。
早急に要求が通らねば、最悪の事態が起こりかねない。
マルハチの体中の筋肉が縮み上がったちょうどその時だった。
「そこまで。」
突剣を構える室長の手首に、白骨のみで構成された細い指が添えられた。
「あつくなりすぎだ。」
「クロエ!」
遂に現れた救世主の姿に、マルハチは思わず歓喜の声を上げ、心の底から生の喜びを噛み締めていた。
「クロエさん。邪魔をしないで下さいませんか?すぐにこのボンクラに全て吐かせてみせますから。」
チンピラモードが炸裂し過ぎて収拾がつかなくなっているのか、それでも止めない室長だったが、既に冷静さを取り戻していたメイド達になだめられ、マルハチから離れていった。
「命拾いしたな。」
渋々と、実に口惜しそうに、だが。
ようやく解放されたマルハチは、一気に緊張がほどけて腰が抜けてしまったのか、その場にどっかりと座り込んだ。
「君が、いてくれて、助かった、よ、ありがとう、クロエ。」
息も絶え絶えに感謝の意を述べるマルハチの手を引っ張り上げると、クロエはカタカタと顎を鳴らした。
「さて、じんもんのつづきだ。」
「やっぱり続くのか!?」
クロエのアンデッドジョークは今のマルハチには厳しすぎた。
あまりのショックに頭髪が抜けるかと思った程だった。
「じょうだんだ。おちつけ。」
顎を鳴らしながらマルハチを椅子に座らせると、机の上にコーヒーを差し出した。
「マルハチ、おぬし、なぜひめでんかをきずつけた?」
クロエを先頭にメイド達に取り囲まれたままだが、何とか落ち着きを取り戻しつつあったマルハチは、コーヒーをゆっくりとすすった。
「僕がプージャ様を?」
やはり変わらぬマルハチの返答に、メイド達は眉をひそめた。
「なぁに?まだ言うの?」
「頑固ね。」
「新しい鎌はオリハルコンで出来ているんです♪」
「ほんと、見損なっちゃうわ。」
ひそめたのは眉だけではなく、声もひそめてヒソヒソと罵声を浴びせていた。
やはりひとりだけ関係ないことを言っている気もするが。
「ふむ。じかくがないだけか、はたまたきがついていないのか。」
「本当に分からないんだ。分かるように説明してくれ。」
「おぬし、ひめでんかとぶとうかいにいかぬだろう?」
「あぁ、そのことか。」
クロエの言葉に、マルハチは事も無さげな口調で返した。
途端にメイド達がスカートの中から各々の得物を取り出した。
ミセリコルデ、マインゴーシュ、ククリナイフ、デスサイズ、プギオ、etc・・・
無数の凶器が一斉にマルハチを威嚇した。
「スカートの中に隠れないのが一本混じってるだろう!」
この状況だとしても、これにはマルハチもツッコまざるを得なかった。
クロエが制するように細い腕を上げると、メイド達も武器を引く。
もはやマルハチの命はクロエの裁量ひとつに懸かっていると言っても過言ではないだろう。
「マルハチ。どういうつもりでそのはんだんをくだした?ひめでんかがおぬしとのパーティーをたのしみにしているのはわかっていただろう。」
クロエの言葉に続けて室長が口を開いた。
「そうですよ。プージャ様なんて、齢321にして初めて出来た大切な恋人と舞踏会なんて、何万回夢に見てきたか分からないくらいに行き遅れもいいとこの、歳だけとった子供みたいな憐れな人ですのに、その気持ちを踏みにじるなんて、あなたには心というものが無いのですか?」
「君の発言内容の方がよほど心無いと僕は思うんだが。」
「お黙りなさい!」
今まで彼女の名を紹介するタイミングを逸していたが、ここまで強烈な行動と発言を行うメイド室長の名はジョハンナ。
悪名高き巨人、オーガ族の女性だった。
マルハチは頭を振ると、お得意の大きな溜め息をついた。
「単純な判断だよ。僕らが来賓の接待をしないのなら、一体誰が代わりを務めると言うんだい?君達がやってくれるのか?」
メイド達の間に衝撃が走った。
確かに、言われてみればその通りだ。
我々は休暇を頂戴する身。
なんなら舞踏会を楽しみにしているうちのひとりだ。
たがしかし、ここまでマルハチを責め立てた手前、引くにも引けない。
「民間の執事派遣業者に委託するなど、手はあるのでは?」
ジョハンナが反論を試みた。
「そんなわけにはいかない。特に今回は。」
「どうしてです?」
マルハチは更に大きな溜め息をついた。
「今回のゲストには、ツキカゲが含まれているのを知っているのかい?」
先程よりも数倍も大きな衝撃が走り抜けた。
「ツ、ツキカゲ……」
ジョハンナが復唱するように呟いた。




