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第37話 お相手探し②

 これでプージャの行く宛は無くなってしまった。

よくよく考えてみると、自分の交遊関係はなんと狭いことか。

日がな一日、絵本とばかり触れていたツケがここへ来て回ってきた。

残る可能性は、まぁ執事室の面々くらいだが、マルハチの手前、そこに手を出してはならないし、彼らも接待があるに決まっている。

てかマルハチの手前が一番なのだが。


(なんかお腹減ったな。パンケーキでも焼くかな。)


夕食までは数時間あるし、プージャは小腹を満たす為に厨房へと立ち寄ることにした。

この時刻では、まだ夕食の支度すら始まっていないから好都合なのだ。


 プージャが厨房へと足を踏み入れると、そこには人影があった。

無人とばかり思い込んでいただけに動揺したが、それが誰か分かった後は更に動揺した。


「ヴリトラ?」


調理台の上でボウルの中身をかき混ぜていた、オーク軍団長であった。


「おお、魔王様ではございませんか。」


フライパンにボウルの中身を注ぎ込みながら、ヴリトラはプージャに深々と頭を下げた。


「ごきげんうるわしゅう。」


オークの陰からもうひとり、顔を覗かせる者があった。


「ペラも一緒であったか。」


いつもながらに黒頭巾で素顔を覆った、黒子部隊長だった。


「ええ。この男がどうしても味見をしろとうるさいので。」


熱せられたフライパンから香ばしい匂いが立ち上ってきていた。

オークの長が、恰幅の良い体躯からは想像も出来ない手さばきでフライパンの中身をひっくり返している。


「話には聞いていたが、本当に菓子作りが得意なのか。しかも今のフライパン使い、只者ではないな?」


「いやいや、こんなものただの趣味ですわ。魔王様みたいなプロのパティシエ並の方と比べたら足元にも及びません。」


「何を申すか。私とて趣味の範囲を出んよ。」


プージャはゆったりとした足取りで歩み寄ると、フライパンを覗き込んだ。


「おお。パンケーキではないか。」


こんがりとしたキツネ色に焼き上がったパンケーキが皿に移される。


「魔王様もお召し上がりになりますかい?」


「む?タネは足りるのか?」


「そりゃもう。」


「ありがたい。ちょうど自分で焼こうと思っておったところでな。お願いしよう。」


「了解ですわ。」


「よし。では私はトッピングでもしておこう。普段は何をかけておる?」


「バターとハチミツくらいですかね。」


「そうか。では、私のとっておきを出そうではないか。ふたりとも、苦手なものはあるか?」


「何でも食いますぜ。」


「小生も、特には。」


ふたりの返事を確認すると、プージャはにこやかな笑顔を浮かべて戸棚へと向かった。

プージャ専用の、鍵付きの戸棚だった。

ここには魔王様が集めた自慢の逸品が多数納められているのだ。

プージャの今日の気分は、ブルーベリーだ。

しかもただのブルーベリージャムではない。

領内の小さな農村でしか栽培されていない、稀少種で作られたレア物だ。

今から生クリームを作るには時間がかかるので、氷室(ひむろ)からバニラアイスクリームを取り出すと、パンケーキの上にディッシャーで盛り付ける。

そこにマシュマロを添え、ブルーベリージャムをたっぷりとかけてやる。


「これは、甘そうですな。」


ペラの声がひきつっているように聞こえた。

言葉とは裏腹に苦手はあったのだろう。


「ふふ。そう見えるが、甘さは控えめで後味も爽やかなのじゃ。」


「流石は魔王様。こんな綺麗な盛り付けは見たことがありませんわ。」


「そうか?料理は目でも味わうものだからの。お主の焼き加減も美しいぞよ。こんな照りのある焼き色を出すのは難しいぞ。」


「滅相もない。」


 まるで高級パンケーキショップの目玉メニューのような一品を用意すると、三人は少し片付けただけの調理台を囲みながら小さなご馳走を楽しみ始めた。

ナイフで切り取った一切れを口に入れた瞬間、ふんわりとした食感と、それに絡み付く芳醇なベリーの香りが鼻を通り抜けるのを感じる。

舌の上では温かなケーキと冷たいアイスが混じり合い、普通の料理では味わえない不思議な感覚が広がっていく。

ひと噛みすると柔らかなケーキの中からベリーソースとバニラの風味がじゅわりと染み出してくる。


「……旨い。」


ペラが呟いた。


「であろう?」


プージャは満足そうに笑っていた。


「本当に。自分も色んなお菓子を食べてきましたが、魔王様の作るお菓子が一番ですわ。あの時のシュークリームも絶品でした。」


ヴリトラは目を閉じ、思い出すような素振りで話していた。


「うむ。その節はすまなかったな。」


「あれは命の奪い合いの場でしたからな。お互い様で、遺恨なぞありません。それに、自分は自分の仕えたい方に仕えるまでですわ。」


「お主は達観しておるの。」


「じゃなけりゃ、戦争なんぞやってられませんぜ。なぁ?ペラよ。」


「いかにも。」


ペラは頭巾の口の部分だけをめくり上げると、返事もそこそこに一心不乱にパンケーキを口に運び続けていた。


「なんだ、そんなに旨いのか。普段はそんなにがっつかないだろうに。」


ヴリトラが笑っていた。


「なぁ、ペラよ。お主、食事の際くらい頭巾は取らぬのか?それとも黒子族の慣習か何かか?」


プージャの問いに、ペラはふと手を止めて顔を上げた。


「いえ、そういったものでは。前の主の決めごとで。」


「なるほど。ならば取るが良い。私は食事中くらいは皆の顔が見たい。」


「かしこまりました。」


あっさりと従い頭巾を取ったペラの素顔に、プージャは思わず感嘆の息を漏らした。


「お主……」


その覆面の下から現れたのは、


「美しいの。」


黒髪を持った、実に端正な青年の顔だった。


「とんでもない。」


頬を赤らめ謙遜するペラだったが、少し幼さの残った中性的な顔付きは、誰がどう見ても美青年だ。


「自分も初めて見た時は驚きましたわ。」


豚の獣人とも言えるオーク族のヴリトラは、その醜悪なささくれ立った頭皮をしきりに掻いていた。


「うむ。驚いた。」


「やめて下さいませ。我ら黒子族は大概このような顔立ちです故。」


「尚更驚きなんですけど!」


ペラの妙な謙遜に、プージャは思わずツッコミを入れた。


 しばらくパンケーキを楽しみながら談笑を行った。

普段の生活のことや、出自のこと。

思えばこのふたりとこんなに深く話したことはなかった。

やはり自分の見識は狭いな。

改めてプージャは己の未熟さを感じていた。


「時に、ふたりは週末は仕事か?」


「小生の部隊は隠密ですので本来は警備にあたるべきですが、エッダ将軍からは(いとま)を頂いております。たまには休みをとるようにとのことで。」


「自分のとこは特攻が主な任務ですからな。警備では役には立ちませんわ。」


ここへ来てようやく祭典の当日に予定の無さそうな人物と巡りあった。

プージャは少しばかりのときめきを感じていた。


「なるほどの!では、その日は何をするのじゃ?」


「特に予定は。」


ペラが先に答えた。

このような美男ならば、引く手数多であろう。

やはり謙遜をしているのか。


「自分はスイーツフェスなるイベントにひとりで行く予定ですわ。」


ヴリトラが後から答えたが、少し頷いただけでプージャはペラに話し掛けた。


「お主ならば女子が放ってはおかぬだろう?」


「いえ、小生など。」


「本当か?本当に相手はおらぬのか?」


「ええ、まぁ。」


プージャは背を正すと、瞳を輝かせてペラに言った。


「よし!お主の相手を見付けてやろう!実はな、メイドにひとり心当たりがある!」


プージャが思い浮かべていたのは、先ほど会ったばかりのミリアのことだった。


「いえ、小生はそんなつもりは、」


「む?本当は相手がおるのか?」


「いいえ。本当におりません。」


「では女子は嫌いか?」


「そんなことは。ただ、魔王様に小生のような者の為にお手間を取らすことは、」


「良い良い!気にするでない!」


「左様でございますか?」


「うむ!任せておけ!」


プージャは食べ終えたパンケーキの食器をいそいそと片し始めた。


「魔王様、自分がやっておきますんで。」


見かねたヴリトラが申し出た。


「む?よいか?すまんな、ヴリトラ。私はちょっと行かねばならぬところがあってな。」


「ええ、勿論ですわ。」


ヴリトラに食器を手渡すと、プージャは小走りで厨房を後にした。


「良かったな、ペラ。」


ヴリトラが嬉しそうな素振りでペラの肩を叩いた。


「…………ああ、少し不安だが。」


「いいじゃないか。この屋敷のメイドは粒揃いだぞ。羨ましいな!この!」


肩をすくめるペラだったが、ヴリトラは思い切りその肩を叩いて笑った。


「俺も誰か紹介してくんねーかな!」


ヴリトラが言ったその時だった。


「あ、ヴリトラ。」


入り口から声がした。

ふたりが驚いて振り返ると、出ていったとばかり思っていたプージャが顔だけを覗かせているのが見えた。


「私はお主とスイーツフェスに行きたい。よいか?」


「っえ!?」


全く想定もしていなかった魔王の発言に、ヴリトラは言葉を失った。


「だめか?」


プージャの寂しそうな語気に気圧されて、ヴリトラは声も出せないまま、首を横に振るだけだった。


「よし!じゃあまたな!」


それを見届けると、プージャは満足そうな笑顔を浮かべ、再び廊下を駆けて行った。


 厨房に残されたのは、顎が上がらなくなったヴリトラと、その肩を叩くペラだけだった。




 それと時を同じくして、マルハチの自室にはメイド達とクロエが押し掛けていた。


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