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第36話 お相手探し①

 マルハチが仕事に戻った後、プージャが足を向けたのはメイド達の控え室だった。

時は夕刻前。

この時間、メイド達は休憩の為に集まっているはずだった。


「プージャ様?このような場所に如何(いかが)致しました?おやつが足りませんでしたか?」


メイド室長である、プージャより少し歳上のメイドが声を掛けてきた。


「うんにゃ。ちょっと遊びに来ただけ。」


部屋の中では数名のメイドがテーブルを囲み、ティータイムに興じていた。

なに食わぬ顔でそのテーブルに着くと、プージャの前には自然にお茶とお菓子が用意された。


「どう致しました?」


「うん。いや、そうねぇ。」


実に歯切れの悪い返事なのは自分でも分かっている。

プージャの異変はメイド達も察しているようで、少しばかり堅苦しさを覚えているようだった。

これはまずい。

せっかくの休憩だ。

気を遣わせては申し訳ない。

プージャは意を決して、用件を告げることにした。


「あのさ、イビル・モンストルデーなんだけどさ、」


その視線はテーブルの隅にちょこんと腰掛ける、銀髪のメイドに向けられていた。


「お昼のイベント、一緒に遊びに行かない?」


その言葉に、居合わせたメイドの全員がド肝を抜かされた。

まさか、イビル・モンストルデーに君主からお誘いを受けるとは思ってもみなかった。

この祭典は、内容が内容だけに、屋敷の使用人も大半は休みが与えられるのが通例となっている。

故に、特に妙齢の独身女性の多いメイド室のメンバーはこの日を心待ちにしてる者が多いし、しっかりと約束を取り付けている者ばかりなのだ。

その日を仕事の為に使わなくてはならないなど、死んでも御免。

これがその場にいたメイド達の総意だった。

全員の視線がミュシャに集まった。

ミュシャの返答に自分達の命運が掛かっている。

ここでこのジャリん子が断りでもしようものなら、自分達に火の粉が降り掛かりかねない。

固唾を飲んで見守っていた。


「すみません。ミュシャはお友達のクインさんと遊びに行くことになっているので、姫様とは遊べません。」


(はっきり断ったぁー!!!)


ミュシャの返答に、全員がド肝を抜かされたのは言うまでもなかった。

そして、このジャリに空気を読むことを期待した自分達がバカだったと酷く後悔をした。


「そか。クインさんは男の子?」


「はい♪姫様、ミュシャのお仕事が終わったらチョコの作り方を教えて下さいね♪」


(えぐったぁー!!!)


プージャが何故わざわざここに来てミュシャを誘ったのかなど、常日頃からプージャを見ているメイド達ならばある程度の予想はつく。

にも関わらず、の一言。

全員一致の顔面蒼白な事態だ。


「うん。いいよ。」


がしかし、プージャの返答は予想を遥かに上回る寛大なものだった。

 

「他の皆はどうなん?」


テーブルを見回すと、全員が全員、微妙に目を逸らしたり、俯いたり。

プージャとの週末を拒否するような姿勢を貫いていた。


「あ、そうでした♪」


その中でミュシャがポンと手を叩いた。


(絶対にろくなこと言わねぇー!)


メイド達は一斉に思った。

ミュシャはプージャの隣に腰掛ける、ミュシャより少し歳上の赤毛のメイドを指差した。


「ミリアさんはお相手いませんよ♪」


(やっぱりぃー!!)


ミリアと呼ばれたメイドは、まぁ、美しくはない。

だが、ふっくらとして愛嬌のある可愛らしい少女だ。

ミリアには意中の人がいた。

だがしかし、その相手はミリアとは週末を共にしないことになっており、ミリアはちょうど傷心の最中だったのだ。


「おお、そうか。ミリアはひとりか。そうかそうか。」


プージャは声を弾ませた。


「え?あ、え、ええと、その、あの。」


しかしそんなプージャとは対照的に、ミリアはしどろもどろの態度で言葉を詰まらせていた。

確かに今はひとりかもしれないが、週末までに相手は見付けたい。

それは出来れば男性がよいのは分かりきっている。

イビル・モンストルデーのイベントのひとつに、相手のいない男女をくじ引きで引き合わせ、一日を共にしてもらうというものがある。

かなり強引なイベントだが、それを切っ掛けに交際を始めて結婚に至るケースも少なくはない。

ミリアはそのイベントにすがろうとしていたのだ。


「あ、あの、姫様。」


たまらずメイド室長が口を開いた。


「ミリアは、ですね、その、当日にくじ引きイベントに参加するつもりでして、」


「おお、そうか!」


プージャも鈍感ではない。

そうは見られていないが、むしろ逆の感性の持ち主。

メイド室長の意図を汲み取ると、にっこりと笑って見せた。


「それはすまなんだ。ミリアよ、良いお相手が見付かるとよいな。」


あまりに聞き分けのよいプージャの態度に、全員が胸を撫で下ろしたのは言うに及ばなかった。


 しばらくメイド達と歓談した後、プージャは控え室を後にした。

プージャの足音が遠ざかったのを聞き届けるや、メイド達は一斉に部屋を飛び出していった。




 次にプージャが訪れたのはクロエが居るであろう、アンデッド軍団長の執務室だった。

扉をノックすると、いつも通りの片言の返事が返ってきた。


「どうした?ひめでんか。」


部屋の端に置かれたライティングビューローで書き物をしていたクロエが振り返った。


「うん。ちょっとね。」


プージャはクロエの傍らに歩み寄ると、机に広げられた書き物の中身を覗き込んだ。


「新作?」


「そう。しめきりがちかい。」


クロエ・ナバール先生作の真・地獄白書の生原稿だ。

プージャは思いがけず、敬愛する作家を家臣に加えることになったが、その原稿だけは見ないように努めてきた。

敬愛するからこそ、本として出版されてから自費で購入して読みたいのだ。

それがプージャなりのクロエへの敬意の払い方だった。


「忙しいとこごめんよ。」


プージャは原稿が目に入らないようにビューローから離れると、壁に背を預けながら話し始めた。


「へいき。まにあうから。」


「そっか。」


「どうした?何か話しがあるのだろう?」


「うん。あのさ、クロエはさ、イビル・モンストルデーは何すんの?やっぱ執筆で忙しい?」


「いや。そこまでにはおわらせる。」


流石は大作家、なのか?

原稿から目を離し、プージャの方へと向き直っているにも関わらず、その筆は淀みなく進んでいる。


「え?そうなん?そしたらさ、どっか行かない?遊びに。」


プージャの誘いを聞くと、クロエはゆっくりと顎の骨を鳴らした後に口を開いた。


「うむ。イビル・モンストルデーはおっととでかけるよていになっている。」


その言葉に、プージャは耳を疑った。


「夫!?夫って言った!?クロエ、配偶者がおったんか!?」


「うむ。かぞくがいっしょでよければ、でかけよう。」


事も無げな口調で答えるクロエに、プージャは面食らってはいたが、同時に納得もしていた。

確かに、勝手な思い込みを抱いていたのは自分の方。

驚くのは失礼だ。


「いやいやいやいや。それは悪いって。夫婦水入らずに帯同するわけにはいかんよ。」


「おっとだけではない。こどももいっしょだ。」


「こ、子供も!?」


今度も思い込みには違いないが、それでも驚きは隠せなかった。


「そう。15にん、きょうだい。」


「じゅ、15人も!?そんな子供達、屋敷で見掛けたことないよ?」


おっと()ぐんぞく(軍属)ではないから。わたしがぐんにじゅうじ(従事)するまでは、おんがくか(音楽家)をやっていたが、いまはまち()いえ()をかりて、せんぎょうしゅふ(専業主夫)をやってもらってる。」


「クロエが軍の仕事で忙しくなったから?」


「そうだ。わたしのかわりにこそだて(子育て)をしてくれてる。あうのもひとつきぶり(一月振り)だ。」


「そんな会ってないの?いや、それじゃあ尚のこと私が一緒じゃ悪いよ。家族でゆっくりしなよ。ごめんね、誘ったりして。」


「そんなことない。ひめでんかとあえるなら、みんなよろこぶ。」


「うん、そう言ってくれるとありがたいけど、また別の機会に会わせてもらうから。今回は家族だけで楽しんで。」


「そうか?すまないな。みんなにも、ひめでんかがあってくれるとおっしゃったとつたえておく。」


「うんうん。私もクロエの家族に会ってみたいよ。楽しみにしてるって、宜しく伝えておくれ。」


「うむ。ありがとう。」


「うん。じゃあまたね。」


ちゃんと話してから誘うんだったな。

クロエと話したことを少し後悔しつつ、プージャは部屋を出ていった。

それからしばらくは原稿に向かっていたが、頭の片隅にこびりついたものを拭いきれず、クロエは筆を置くと執務室を後にした。




 次にプージャが向かったのはエッダ将軍の執務室だった。


「どう致しましたかな?姫殿下が兵舎にいらすとは。」


エッダもまた、執務室で書き物をしているところだった。


「うん。ちょっと暇だったのでな。」


「左様ですか。」


エッダは書き物を止めプージャをテーブルへと促すと、秘書にお茶を用意するように指示を出していた。


「あ、おかまいなく。」


「何をおっしゃいますか。」


それはそうだ。

君主が自室に訪ねてきてもてなしをしない方が不自然だ。

そう考えると、ミュシャやクロエは自分を君主としてではなく、友として扱ってくれているのだろうか?

何となくだがプージャは救われている気がした。


「将軍は週末はどうするのだ?」


「祭典の日でしょうか?」


「そうだ。」


「その日はもちろん警備にあたります。」


「うむ、苦労をかけるな。」


「身に余るお言葉、光栄至極です。ですが田舎から出てくる娘が孫を連れて参りますので、合間の時間には少々楽しませて頂くつもりでございます。」


「おお、そうか。それは重畳(ちょうじょう)。」


「無論、職務は全う致します故、ご安心を。」


「気にするな。将軍以上に信頼出来る者などおらぬよ。」


「ありがたきお言葉。して、今日はどのようなご用で?」


「いや、そんな大した用ではない。仕事の邪魔になるな。お暇するとしよう。」


「もう、でございますか?」


「うむ。すまぬ。」


席を立つプージャの後ろ姿にエッダが声を掛けた。


「姫殿下。週末は何も気にせず、ゆっくりと羽を伸ばして下さいませ。」


足を止めると振り返りながら、プージャはにっこりと微笑んでみせた。


「恩に着るぞ。将軍も良い週末を。」


部屋を出ていったプージャを見送った後、しばしの間エッダは考えた。

そしてまた、書類との格闘へと戻っていった。

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