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第31話 復興

「よし!皆の者、いざ出陣じゃー!」


 プージャの号令と共に、町を取り囲んでいた兵が一斉に(とき)の声を上げた。

数万の戦士達の叫び声に、空が震えた。

町へとなだれ込んだ兵達は複数の小隊に別れ、事前に割り当てられた地区へと散開していく。

持ち場へと到着した小隊は、着くや否や次々と道具を取り出すと、任務に取り掛かる準備を整えた。

町外れの小さな家屋の前に仁王立ちしたプージャは颯爽とマントを翻した。

大きく息を吸い込むと、改めて号令を下した。


「掛かれ!」


「おおおぉぉぉ!!!」


兵達が一斉に襲い掛かった。


無惨にも押し潰された、町の家々の瓦礫へと。



 全快と言えるほどまでの体調になるには更に数日掛かったが、マルハチを始め、使用人達の献身的な看護により、プージャは今まで通りの元気な姿を取り戻した。

その翌日のことだ。

もちろん、病床に臥せっていた時分からその件については協議は行われていたが、それでもかなり尚早なタイミングで行われることとなった。

氷煌の冬によって被害を被った領地の復興活動だった。

プージャはミュシャらと共に自身の屋敷がある町を。

エッダ、クロエ、ヴリトラ、ペラら将軍達は各々の軍団を率いて領内の町々、村々に散らばった。

そしてマルハチもまた、エッダ管轄下の軍団を率いてとある町を訪れていた。


「ツバメ班!通り道を確保しろ!ヒバリ班は倒れた石材を台車に乗せるんだ!」


絶妙に微妙なネーミングの班名を叫びつつ、マルハチが檄を飛ばしていた。

長すぎた冬のせいで暦の感覚が無くなっていたが、季節は既に初夏を迎えている。

空気こそそこまで暑くはないが、刺すような日差しが容赦なく照り付ける。

力作業に従事する兵士達は、皆が一様に汗にまみれ、体力を消耗していた。


「しっかりと台車に固定させろよ!落とすなよ!」


瓦礫の山を台車に乗せ終えると、銀狼化したマルハチが力を籠めてそれを引っ張った。

指示だけではなく、指揮官も作業に加わる。

それがこのマリアベル軍の美徳でもあった。



「はーい、危ないよー。下に入らないようにー。」


 プージャは黒の衝動(ホルメマヴロス)を駆使して巨大な石塊を軽々と宙に浮かせると、次から次へと撤去作業を進めていく。

この作業が捗れば捗るほど修復作業もスムーズに進むわけで、プージャがほぼひとりでこれをこなしてくれることは、誰にとってもこれ以上ない恩恵をもたらしていた。

 その美徳はひとえに、この当主の人柄が為せる業でもあった。



「よし、下ろしてくれ。」


 瓦礫置き場に台車を運び終えると、また別の班に指示を出し、マルハチは次の家へと向かった。

それは、他と比べても一際に古びた家屋だった。

家の前にはゴブリン族の老婆が腰掛けていた。


「ほんに、マリアベルのお(いえ)にはいつも良くして頂いて、感謝してもしきれんですじゃ。」


満面に笑みを浮かべて、兵士達の作業を見守っていた。


大方殿(おおかたどの)、ここは危ないですから、安全な場所へ移って頂けますか?部下がご案内致しますので。」


「ええ、ええ。それはもう喜んで。ですがじゃ、もうお日様も高くなりました故、ここで一度お昼でもいかがかな?」


家の中から、老婆の家族であろう女子供達がサンドイッチなどの軽食やお茶をトレイに乗せ、連れ立って姿を現した。

それを待っていたかのように、半壊した家々から食事を携えた住民達が次々と顔を出し始めた。


「わしらからのせめてもの気持ちですじゃ。兵隊さん達もお休み下さいませ。」


「いや、しかし、そんなご負担を掛けるわけには……」


ぐぅ。

言葉とは裏腹に体は正直だ。

マルハチの腹が大きな歓声を上げた。


「マルハチ様。」


兵のひとりが腹を押さえながら苦笑いを浮かべていた。


「そうだな。お言葉に甘えるとしよう。おい、持参した兵糧(ひょうろう)も持ってきてくれないか。皆さんにも召し上がって頂こう。」


 マルハチの提案により、町の広場で大規模な昼食会が行われることとなった。

住民も兵士も入り交じり、それぞれが食事を振る舞い合い、談笑しながら休憩を楽しんでいた。

マルハチは、老婆の家族に囲まれながらサンドイッチを頬張っていた。


「ねぇ、お兄ちゃん。これ、なぁに?」


兵糧として持参していたおにぎりにかじりつきながら、小さな男児が問い掛けてきた。


「ああ、これはおにぎりって言うんだけど、米と言う種類の穀物を炊いて握り固めただけの簡単なものだよ。」


「米?」


「そう、米。まだ一般には出回ってないのかな。屋敷のメイドが発見したばかりの穀物だから、きっと屋敷でしか食べられていないんだな。」


「そうなんだ。美味しい!」


「そうかそうか。作った奴に伝えておくよ。きっと喜ぶ。」


そんなふたりのやり取りを見やりながら、老婆が遠い目で呟いた。


「こうやってマリアベル家のお世話になっていると、あの時のことを思い出しますわい。」


老婆の実に優しげな声色が気になり、マルハチはそちらの方へと振り返った。


「以前にも何かあったのですか?」


「ええ、ええ。それはもう、良くして頂きました。あれは、そう、まだマリアベル家のご当主が、先々代のラクシャサ姫だった頃のことでしたな。だから、そう、あれは、わしがまだ物心ついたくらいの頃じゃったから、今から800年ほど前のことでした…………」





 ―――――それは今から800年ほど前のことでした。


 マリアベル家の当主、ラクシャサ・ウル・マリアベルが、黒薔薇の貴公子を謀略によって葬り去り、魔界一の座を手にするに至った頃のお話です。

ラクシャサにはひとつの悩みがありました。

それは、甥であるミスラ・ミラ・マリアベルの存在でした。

ミスラはラクシャサの弟の息子でした。

ラクシャサの弟は黒薔薇の貴公子との戦いで命を落とし、ミスラは父を亡くしました。

母はミスラが幼い頃に人間の勇者との戦いの最中に亡くなっており、ミスラには両親がいなくなりました。

そしてラクシャサにも子がありませんでした。

ラクシャサとミスラは、互いにふたりきりの家族だったのです。


「ミスラ!ミスラはどこにおる!?私の大切にしているウヰスキーを割りおってからに!どこに行きおった!この放蕩息子が!」


ミスラは、それはそれは粗暴な青年でした。

何故そうなったのかは分かりません。

彼の父は、母のいない彼に持てる限りの愛を注いで育ててきました。

しかしそれでも、彼は粗暴な青年に育ちました。

ラクシャサは知る由もありませんでしたが、ミスラはラクシャサによく似た性格の持ち主だったのです。


「ったく、うるせーババァだな。まったく。」


屋敷から抜け出しては、ミスラは町をうろついていました。

次第に彼の周りには、町の悪童達が集まるようになりました。

いつしか彼と彼の仲間達は、町を荒らし回る愚連隊のようになっていきました。

マリアベル屋敷にはひっきりなしに、住民達からのたくさんの苦情が入るようになったのです。

しかしこの頃にはラクシャサですら、ミスラを制御することは出来なくなっており、ミスラは屋敷に帰ることもほとんどなくなっていました。

そんなある日のことでした。


 魔界を大きな災害が襲いました。


 

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