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第29話 プージャフライング!

 氷煌ヘレイゾールソンが、プージャの前に立ちはだかった。

大龜に背を預け、プージャは息も絶え絶えだった。


「この氷煌ヘレイゾールソンに、よくぞここまで抗った。見事だ。」


地下室に一歩踏み込んだ。


「やんのか?このぉ。」


骨と皮だけになり、今にも崩れ落ちそうなプージャが、枯れた声でそう言ってのけた。


「くくく。面白い冗談だ。」


氷煌が笑った。


「いいだろう。貴様も回復の実を持っているのだろう?我が分身と戦っている貴様の部下が使っていたぞ。食え。チャンスを与えてやろう。」


「え?いいの?」


プージャは笑みを浮かべていた。


「こんな弱った相手を踏みにじっても面白くも何ともない。せめて少しは、こちらも楽しませて貰うぞ。」


「んじゃ、お言葉に甘えて。」


プージャは懐から取り出したクペの実を、ゆっくりと口に運んだ。


そして、噛み砕いた。



凄まじい光が部屋中を照らした。



「なに!?」


そのあまりのまばゆさに、氷煌は思わず顔を手で覆った。

光は一瞬で消え失せた。

氷煌が目を開けた時、目の前には、


「やっと来たか。」


仁王立ちするプージャの姿。

そして、その背後には、

ダクリに向かおうとする氷煌の分身。

強く青い光を放ち宙に浮く、巨大な氷塊。

それを囲むように、マルハチ、ミュシャ、ダクリの三人が立ち尽くしていたのだ。


「これは!?」


氷煌が驚愕の声を上げた。


「え?」

「な!?」

「ここは!?」


マルハチ達三人も驚きの声を上げていた。


「いやー、遅い遅い!ほんと!死ぬかと思ったんだからさ!」


プージャだけが、ひとり元気に声を弾ませていた。


「こ、これは、ど、どういうことですか!?プージャ様!?」


マルハチが問い掛けた。


「あー、言ってなかったっけ?クペの実はね、同時に三粒食べると持ち主であるマリアベル当主のとこにぶっ飛んで来られる、っつー特性があるのさね。だけど転移の力が強すぎるんでひとりで食べると血を噴いて死ぬんだよね。だけど、三人が同時に三粒食べると力が分散するんで、死なずにぶっ飛んで来れるんだわ。しかも、その三人の間の空間にあるもの全部を道連れにしてね。」


「な!?え!?」


「だからさ、これ、この冬の核。」


言いながら、プージャは青く輝く氷塊をぺしぺしと叩いていた。


「こいつを私のとこまで運んで来させようと思ったわけよ。んでもさ、結構骨が折れたよね。氷煌に予知られないようにしないといかんからさ。マルハチに教えてたらさ、やっぱ狙っちゃうじゃん?そうすると予知られちゃうでしょ。そんでダクリの出番ってわけね。」


ダクリがプージャの元へと駆け寄った。


「プージャ様!オイラ、役に立ったかい!?」


「うんうん、すんげー助かったよ。ありがとうね。ダクリのサイコロなら、正しい道を示すこのサイコロなら、何を起こすのか予知れないだろうと思ってさ。正しい道とは言え、ケースバイケースのランダムだからね。」


「そう!オイラのサイコロの選ぶ道はひとつじゃないんだ!」


「だけど、必ずこの選択をしてくれると思ってたよ。ほんと、ありがとね。」


ダクリの頭を撫でながら、プージャは優しい声で礼を言った。


「バカな、仕組んでいたと言うのか?」


氷煌は愕然とした様子で声を漏らすことしか出来なかった。


「え?そうよ。本当、ダクリにもだけど、この石棺の帝王の力にも感謝だね。前の私なら、こんなこと思い付きもしなかったわ。」


プージャはほどかれた黒髪をかき上げると、ゆったりとした仕草で頭上に団子を結った。


「さて、んじゃ、この忌々しい氷の塊さんをさ、」


それからプージャは両手から黒の炎(パイロマヴロス)を発すると、祈るように手を合わせた。

みるみるうちに炎の球は大きく成長し、激しく燃え盛りだす。


「ぶっ壊しちゃいますか!」


「させるかぁー!!」


氷煌が咆哮した。

プージャの黒の炎をかき消さんと、全身に纏う氷を腕に収束させた。

プージャは既に全ての力を祈りに籠めていた。

氷煌の目の前で、プージャは完全なる無防備だった。

氷の刃は人の胴体ほどの太さまで膨れ上がっていた。

氷煌が刃を放たんと腕を差し伸ばした。


ガギンっ!


甲高い衝撃音が地下室に響き渡った。


「それこそ、させると思いますか?」


プージャを庇うように、マルハチが氷の刃を抱え込むように受け止めていた。


「邪魔をするなぁー!!」


再度、氷煌が咆哮したその時だった。


「大きな声を出さないで下さい♪」


マルハチの動きに呼応するように、ミュシャが舞い上がった。


「うるさいですよ♪」


空中で体を捻り上げると、凄まじい勢いで回転していく。


ガギンっ!


ミュシャの一撃が、氷の刃を真っぷたつに叩き割った。


「うむ。ご苦労。」


プージャが言うと同時に、黒い太陽は氷塊を飲み込んだ。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


氷煌ヘレイゾールソンが叫び声を上げた。

氷塊はみるみるうちに溶けていき、それに合わせて氷煌の分身は消え失せ、本体を纏う氷もどんどん小さくなっていく。

黒い炎が暴れ狂い、氷の塊はきれいさっぱりと溶けて無くなった頃、

残ったのは、痩せこけた、ただのジャック・オー・フロストの本体だけだった。


 それに合わせて、壁に映し出された景色も変わっていった。

空を覆っていた厚い雲に裂け目が生まれ、太陽の陽射しが地上を照らした。

雪は溶け、氷も崩れ落ちていく。

止まっていた時間が動き出すかのように、草花が芽吹き、小鳥達が囀ずり始めた。

マリアベルの屋敷を取り囲んでいたジャック・オー・フロストの軍勢に、マリアベルの軍勢が一斉に襲い掛かった。

力の源を失った冬の使者達は、マリアベルの軍勢の前に次々と平伏していく。

地下室の壁全体に、雄々しく戦う勇士達の姿が大きく映し出されていた。


「こ、こんなことが、こんな、ことが、」


呆然自失とする氷煌の前に、プージャが近付いていった。


「あんたはちっとやり過ぎたわ。残念だけど、救えない。」


「き、貴様、貴様ぁー!!!」


プージャに飛び掛からんとする氷煌の体を、背後から剣が貫いた。


「お!クロエ!生きてたか!」


ズタボロになり、体を形成する白骨はいくつも欠け落ちているが、それでも体を引きずってきたクロエが、氷煌の体を貫いていた。


「ひめでんか、すこし、おやすみを、」


顎の骨をカタカタと鳴らしながら、クロエが言った。


「おう、おう!休め!いっぱい休め!」


プージャは既に亡骸となった氷煌の脇をすり抜けると、今にも崩れ落ちそうなクロエの体を支えた。


「ち、が、う。やすむのは、ひめでんか。」


クロエが言い終えるよりも先に、プージャの方が先に崩れ落ちた。

その体からは肉は削げ落ち、ミイラのように痩せ細っていた。


「プージャ様!」

「姫様!」


マルハチとミュシャが咄嗟にプージャを抱き止めた。


「プージャ様!?何故こんなお姿に!?」

「姫様!死んじゃ嫌です!まだまだミュシャと遊んで下さい!」


プージャはふたりの顔を眺めながら、ゆっくりと口を開いた。


「とりあえず、なんか甘いお菓子が、食べたい。」


そう言うと、大きなイビキをかきながら、プージャは眠りの底に落ちていった。


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