表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/164

序幕③ 黒の炎~パイロマヴロス~

 バルモンが腰から太刀を抜いた。

 プージャやマルハチの体ほどもあろう、長く幅広の太刀を。

 その太刀を宙で振り回すと、一気に真っ赤な炎が燃え上がり、刀身を包み込んだ。

 これが伝説に名高い、破壊の炎だった。


 天を焦がし、地を焼き払い、世界を燃やし尽くす。

 炎は魔界の半分を7日で焼き尽くした。

 その強大な力の前に、名だたる魔族達は次々と破れ去り、ある者は命を落とし、ある者はバルモンの配下となった。

 ほぼ全ての魔族をねじ伏せ、そしてバルモンは人間界へと侵攻しようとした。

 しかし、

 全ての魔族をねじ伏せなかったことが、バルモンの運の尽きだった。

 最後に残ったマリアベル家の当主、ミスラ・ミラ・マリアベルがバルモンの前に立ち塞がった。

 ふたりの戦いは熾烈を極めた。

 7日7晩に及ぶ戦いは、ミスラの勝利で幕を閉じた。

 ふたりの戦いが終わった時、魔界全土が焦土と化していた。



(やむなし!)


 マルハチの体が膨れ上がり、太く長い体毛が全身を多い始める。


「人狼風情が我に歯向かうか?」


 バルモンが太刀を振り上げた。

 簡易テントは炎に飲み込まれ、一瞬のうちに焼け落ちた。


「貴様の父は強かった。奴さえおらなければ、我は人間界をこの手中に出来ていたものを。」


 マルハチの変身に構うことなく、バルモンの目はへたり込むプージャだけを捉えていた。


「己の不甲斐なさ、あの世で父に詫びるがよい!」



 ボタッ。



 雄叫びを上げたバルモンの顔から何かがこぼれ落ちた。


「ひいぃー!!」


 プージャが悲鳴を上げた。


「目が、目ん玉、落ちたぁー!?」


 目玉だけではなかった。

 びっしりと生え揃っていた髭も髪も抜け、歯もボロボロと抜け落ちていく。

 皮膚が溶けるように崩れ、腐った肉が剥がれ落ちていく。


「これは!?」


 側近のオークが立ち上がった。


「ポイズンリザードタイラントの毒!?」


「しゅ、しゅうーく、りぃーむ?ど、毒を、盛った……のか?……しかし……なぜ……我が食うと……予想できた………」


 もはや喋るだけで精一杯だったはずだが、それでもバルモンは続けた。

 しかし、プージャの答えを聞くことなく、みるみるうちに、バルモンの体は崩れ落ち、腐り果てた。


「グルル!プ、プージャ様!?」


 銀狼と化したマルハチがプージャに問い掛けた。

 言葉にはなっていないが、意図はバルモンと全く同じだった。

 バルモンは毒見をさせていた。

 プージャとマルハチが、側近のオークが、食べるのを見届けていた。

 見た目は全て同じシュークリーム。

 一体どうやってバルモンの分だけに?




 ―――プージャは思い出していた。


(あ、一個だけクリーム足んなかったや。んー、ミュシャが作ってたドロドロ、なんかクリームっぽいからこれでも入れときゃいいか。)


 そう言って、プージャは植木鉢からドロドロをすくいとって皮に挟み込んだ。



 ―――(あいつ。

 マジでポイズンリザードタイラントの糞を入れてたんかよ?)


 魔界の殺し屋。

 劇薬の暴君。

 生ける強酸。

 その体液に含まれる猛毒は、ほんの一滴で大型のドラゴンすら腐らせるほど強力だ。

 シュークリームの大きさであれば、

 魔王をも殺す。


(てかどっから持ってきたー?)


 我に返ったプージャは呟くように言った。


「いや、たまたま、みたいな?」




「貴様らぁー!!」


 焼け落ちたテントを囲むようにして、呆然とこちらを見ていたオークの軍勢が一斉に襲いかかってきた。


「プージャ様!」


 マルハチはプージャの首根っこを咥え上げると、自分の背中の上に放り投げた。


「掴まって下さい!」


 背中の毛を引っ張られる感覚を確かめるや否や、巨大な銀狼は駆け出した。

 迫り来るオーク達を凪ぎ払い、飛び越え、マルハチは疾風よりも速く駆けた。

 頭は取った。

 形はどうあれ。

 残された任務はただひとつ。

 プージャを生還させるのみ。

 屋敷にはもしもの時の場合に備え、マリアベルの軍勢に出陣準備をさせている。

 そこまでプージャを送り届けるのだ。


「わっわっわっやっはっはっやっやっ。」


 マルハチが駆ける度に背中のプージャは大きく飛び跳ねた。


「声を出してはいけません。舌を噛みますよ。」


 足元にオークが群がり、思い思いに手にしたこん棒や大金槌でマルハチの足を狙ってくる。

 それを巧みに避けながら走るも、避ければ避けるほどにプージャは跳ね上がる。


「オロロロロロロ…………」


 妙な声がマルハチの耳に届いたが、ついでに湿った感覚も背中に感じるが、そこに関してだけは気にしないように努めた。



 多少の手傷を負ったものの、マルハチは遂に敵陣営から抜け出した。

 鈍足で有名なオーク達だ。

 もはや銀狼を追ってはこれまい。

 心中で胸を撫で下ろしたマルハチだが、何か違和感を感じていた。


 背後から風切り音が聞こえてくる。


 背中に強い痛みが走る。

 体毛が逆立った。

 何かが刺さった。

 これは矢だ。


 走りながら振り返ると、オークの軍勢が足を止め、一斉に弓を引き絞っているのが見えた。


(この距離では逃げ切れない!)


 矢が放たれたと同時に、マルハチは爪を立てその場で四肢を踏ん張った。


「わぁーっ!」


 突然の急ブレーキに、プージャは空中へと放り出された。

 矢の届かない、遥か前方へと。


(これでいい。プージャ様が無事であれば。)


 無数の矢がマルハチに襲いかかった。


「わぁー!」


 空中をグルグルと回りながら吹っ飛んでいくプージャ。

 その目に飛び込んできた。

 無数の矢が銀狼に降り注がんとするのが。


「にゃろぉ!マルハチに手ぇ出すなぁー!」


 矢を掴もうと腕を振った。


 次の瞬間には、空気を切り裂く矢の雨は、真っ黒い炎に包まれていた。



 プージャの腕から巨大な黒い炎が解き放たれた。

 空を埋め尽くすほどの矢をまるまる飲み込んだ、巨大な炎が。



 マルハチの頭上に炭クズが振ってきた。

 黒炎に焼き尽くされた、矢の雨の代わりに。

 それはまるで、黒い雪。

 あまりに幻想的な光景に、マルハチの頭は柄にもなく意識が遠くなっていた。



「マルハチ、かもーん!」


 プージャの声が聞こえ、マルハチは我に返った。

 前方にはこちらを振り返りながら走るプージャの姿。

 絵本に飛びつく時だけはあんなに素早いのに、今はドタドタと鈍そうに走っている。


(運動不足ですね。)


 地面を蹴ると一瞬でプージャに追い付いた。

 再び首根っこを咥え、今度は丁寧に背中に乗せた。


 成す術がなくなったバルモンの軍勢は、遠くから二人を眺めるだけだった。

 屋敷に向かう平原を疾走しながら、マルハチは温かい気持ちになっていた。

 近いようで遠い道程を駆けながら、背中に跨がる君主に話し掛けた。



「今のは何です?」


「知らん。」


「バルモンの炎に見えましたが?何故か黒かったですが。」


「知らんって。」


「もう一回出してみて下さい。自由に出せればプージャ様でも戦えるってことですよ?」


「なんだよ。プージャ様でも、って。私は戦いたくなんてありませぇーん。」


「折角足手まといから抜け出すチャンスなのにですか?」


「うるぁ!」


「熱っ!?あち!あちゃちゃあだぁー!」


「おー、銀狼の毛はよー燃えるのぉ。すげー臭いけど。」





 首領を失った軍勢に、もはや戦闘力はほぼ無い。

 破壊神バルモン軍は、数に劣るマリアベル軍に圧倒され、早期に降伏、投降。

 マリアベル軍に接収された。


 マリアベル軍の数、現在7千。

 そして、どういうわけだかは分かってないが、黒炎を放てるようになったプージャは、その半生で初めて戦う力を手に入れたのだった。



 ―――が、しかしだ。


 戦う力すら持たぬこのへたれ姫。

 彼女が戦乱の世に身を投じることになったのなど、謂わば身から出た錆。

 元を正せば全てはプージャのせいなのだ。


 それは、遡ること数日前のことだった……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ