第25話 探索
「城内に敵の影は無いみたい。」
考えをまとめあぐねていたマルハチの背後から、ダクリの声が聞こえてきた。
「どういうことだい?」
そのあまりにも断定的な物言いに、マルハチが興味を抱かないわけはなかった。
振り返ると、ダクリとミュシャは凍った地面に座り込み、スゴロク遊びに耽っているようだった。
「こんな時に一体何をしているんだ。」
声を荒げそうになるのを必死で抑えながら、マルハチは叱責をくわえた。
「ほら、見て。駒が動かないでしょ?城内に生命体がいない証拠だよ。」
それでもダクリはスゴロクから目を離そうとせず、それどころか真剣に駒をスゴロクの上に並べていた。
「何を言っている?どういうことだ?」
どうやら何か意図のある行為なようだ。
しかも自分の理解の及んでいない行為。
マルハチはすぐにダクリの行動を理解しようと、彼らの覗き込むスゴロクへ注意を払った。
「このスゴロクはね、魔術が施されているんだ。オイラが見たいと思う場所の見取り図を写し出し、そしてこの振り出しに駒を置くと、そこにいる生命体とリンクして動き出すはずなんだ。」
「見取り図?見取り図と言ったのか?」
平静を装ってはいるが、マルハチは内心で驚愕していた。
「それは、行ったことのない場所でも写るのかい?」
「そうだよ。」
「やりましたね♪これがあれば迷わないで進めますね♪」
もちろんマルハチは疑っている。
そんな上手い話しがあっていいものだろうか。
なまじ見取り図などがあれば、心に隙が生じて手痛いしっぺ返しにあうこともあり得る。
しかしそのマルハチの慎重さが事態を停滞させていることも事実。
このミュシャの短絡的な一言が、前進への切っ掛けとなったのは間違いなかった。
「確かに・・・闇雲に進むより幾分かはマシかもしれないな。ダクリ、確認するが、この見取り図は本当にあの城の内部を正確に描写してるんだね?」
「うん。精度は申し分ないよ。オイラがひとりでも生きてこられたのは、このスゴロクのお陰さ。」
かなり引っ掛かる台詞だが、今はそれを言及している暇ではない。
「なら、信用していいんだな?」
「うん。信用して。」
その目に嘘偽りはないように思えた。
「分かった。では、頼む。」
ミュシャを先頭に、続いてダクリが茂みの陰から飛び出した。
殿を務めるのはマルハチだ。
何故これほどまでに便利な魔道具を、この子供が?
マルハチはダクリから目を離さない。
三人は、館を囲む塀を目指して駆けた。
ミュシャは塀に到達すると、振り返ってピタリと背中を付ける。
腰を落とし、両腿の間で手を組む。
マルハチは勢いを落とさず跳躍すると、ミュシャの手に足を掛ける。
マルハチが踏み切ったと同時に、ミュシャは腕を振り上げた。
凄まじい重力が襲うが、気付いた時にはマルハチの体は高い塀の上へと到達していた。
見下ろすとミュシャもダクリも豆粒のようだ。
いくらマルハチでも、この高さの塀は銀狼化しようとも乗り越えられない。
ミュシャがダクリの体をボールのように投げて寄越すと、塀の上のマルハチはしっかりと受け止める。
最後にロープを投げ落とし、それを伝ってミュシャが上がってきた。
「本当にがらんどうだな。」
塀の上から見渡す城には、生命体の気配は感じられなかった。
庭にも、館の窓の中にも、どこにも人影は見当たらない。
「ほら見て。これがオイラ達だよ。」
ダクリが開いたスゴロクの上で、駒が三つ、動き始めた。
見取り図の端の方に固まっていく。
どうやらこのスゴロクの効果は本物のようだ。
「本当に敵がいないのならば渡りに船だが、用心は怠るなよ。」
「はい♪それで、どこに行くんですか?」
「正直、見当もつかないな。氷煌が生活していたような場所があるなら、そこを重点的に探索すべきだが。」
「見取り図では大きな部屋がふたつあるだけで、後は小さな部屋ばかりだね。」
「位置関係を考えると一階の大部屋は食堂で、二階の大部屋が談話室と言ったところだろう。他は私室と見るべきか。」
「地下室にはとても大きな部屋があるよ?」
「地下室か。普通に考えれば貯蔵庫だが、念の為に調べておこう。まずは談話室からだ。」
スゴロクをしまったダクリを抱えると、マルハチとミュシャは音もなく塀から飛び降りた。
氷煌ヘレイゾールソンの城はその規模もさることながら、魔王の居城とは思えないほどに何の変哲もない普通の館だった。
装飾も特に目立った点はなく、ただ変わっているのは、館中に氷が張り巡らされているということのみだ。
その点だけが、この館が氷煌の居城であるのではないかと推測するに値する、唯一の根拠であった。
念の為に正面入り口は避け、勝手口から侵入する。
厨房を通り過ぎ、食堂に入る。
やはり何者の気配も感じなかった。
壁づたいに食堂を通り過ぎると、ロビーに辿り着いた。
玄関の向かい側に大きな階段が見えた。
「ダクリ、駒は?」
壁に背をつきながら、マルハチは振り返らずにダクリに問い掛けた。
「オイラ達だけ。」
その言葉を聞き遂げると、マルハチ達は注意深くロビーの階段を上がっていった。
階段のすぐ目の前に、その大部屋はあった。
ノブを回し、扉だけを開け放つ。
やはり中からは何の反応もない。
ゆっくりと部屋を覗き込むも、やはり、何も無かった。
ただの談話室だ。
部屋の中央には大きなテーブルセット。
ボードゲームらしき木箱が乗せられている。
右手の壁には凍り付いた火の無い暖炉。
正面には霜で覆われた大きな窓。
そして左手には大きな本棚とミニバーのような施設。瓶もグラスも何もかもが氷で覆われていた。
部屋に足を踏み入れ、まず向かったのは本棚だった。
変わったものはないか、収められた本の背表紙を確認していくが、どれもこれも特筆すべき点のない市販の物語小説でしかなかった。
念を押し、ミニバーやボードゲームも調べるものの、やはり変わった点はない。
「他の部屋を調べよう。」
ある程度、談話室の探索を終えると、マルハチはミュシャ達に声を掛けた。
扉に向かって歩き出そうとした時だった。
開け放たれた扉の影に、何かを見付けた。
「ひっ!?」
ダクリが小さく悲鳴を上げた。
ミュシャが咄嗟にウサギの耳に手をやったが、マルハチはそれを制止した。
真っ黒い衣装を身に纏い、氷で覆われ、扉の影にうずくまるように倒れていた。
それは、ペラの配下である黒子部隊の隠密兵の亡骸だった。
「やはり辿り着いてはいたのか。」
自分で自分の肩を抱え、体を丸めたまま固まっている。
辿り着いたはいいが、探索中に力尽きたのだろう。
黒頭巾を被っているから顔は見えないが、きっと怖かったに違いない。
じわじわと体が寒さに蝕まれる。
願わくば、この者が眠りながらの死を迎えていて欲しい。
少しでも恐怖から解放されてから逝ったのであって欲しい。
「ひとりしかいませんね?」
ミュシャが周囲を見回した。
「他の部屋にもいるかもしれない。探してやろう。僕達が見送ってやるんだ。」
「はい♪」
談話室の両脇に伸びる通路に沿って各部屋を回っていくが、やはりそのどれもがただの私室だ。
部屋によっては本棚や机が置かれており、中を探ってはみたが、特に目立つものは見付からない。
一階に戻り同じく各部屋を回ってものの、結果は二階と変わらずだった。
そして黒子兵士の亡骸も、他の部屋からは見付からなかった。
どうやらこの館まで辿り着いたのは彼だけだったようだ。
他の者を見送れないことに歯がゆさを感じたが、だからと言って今探してやるわけにもいかない。
心苦しいが、マルハチは自分達の任務に集中することにした。




