表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/164

第25話 探索

「城内に敵の影は無いみたい。」


 考えをまとめあぐねていたマルハチの背後から、ダクリの声が聞こえてきた。


「どういうことだい?」


そのあまりにも断定的な物言いに、マルハチが興味を抱かないわけはなかった。

振り返ると、ダクリとミュシャは凍った地面に座り込み、スゴロク遊びに耽っているようだった。


「こんな時に一体何をしているんだ。」


声を荒げそうになるのを必死で抑えながら、マルハチは叱責をくわえた。


「ほら、見て。駒が動かないでしょ?城内に生命体がいない証拠だよ。」


それでもダクリはスゴロクから目を離そうとせず、それどころか真剣に駒をスゴロクの上に並べていた。


「何を言っている?どういうことだ?」


どうやら何か意図のある行為なようだ。

しかも自分の理解の及んでいない行為。

マルハチはすぐにダクリの行動を理解しようと、彼らの覗き込むスゴロクへ注意を払った。


「このスゴロクはね、魔術が施されているんだ。オイラが見たいと思う場所の見取り図を写し出し、そしてこの振り出しに駒を置くと、そこにいる生命体とリンクして動き出すはずなんだ。」


「見取り図?見取り図と言ったのか?」


平静を装ってはいるが、マルハチは内心で驚愕していた。


「それは、行ったことのない場所でも写るのかい?」


「そうだよ。」


「やりましたね♪これがあれば迷わないで進めますね♪」


もちろんマルハチは疑っている。

そんな上手い話しがあっていいものだろうか。

なまじ見取り図などがあれば、心に隙が生じて手痛いしっぺ返しにあうこともあり得る。

しかしそのマルハチの慎重さが事態を停滞させていることも事実。

このミュシャの短絡的な一言が、前進への切っ掛けとなったのは間違いなかった。


「確かに・・・闇雲に進むより幾分かはマシかもしれないな。ダクリ、確認するが、この見取り図は本当にあの城の内部を正確に描写してるんだね?」


「うん。精度は申し分ないよ。オイラがひとりでも生きてこられたのは、このスゴロクのお陰さ。」


かなり引っ掛かる台詞だが、今はそれを言及している暇ではない。


「なら、信用していいんだな?」


「うん。信用して。」


その目に嘘偽りはないように思えた。


「分かった。では、頼む。」


ミュシャを先頭に、続いてダクリが茂みの陰から飛び出した。

殿を務めるのはマルハチだ。

何故これほどまでに便利な魔道具を、この子供が?

マルハチはダクリから目を離さない。

三人は、館を囲む塀を目指して駆けた。


 ミュシャは塀に到達すると、振り返ってピタリと背中を付ける。

腰を落とし、両腿の間で手を組む。

マルハチは勢いを落とさず跳躍すると、ミュシャの手に足を掛ける。

マルハチが踏み切ったと同時に、ミュシャは腕を振り上げた。

凄まじい重力が襲うが、気付いた時にはマルハチの体は高い塀の上へと到達していた。

見下ろすとミュシャもダクリも豆粒のようだ。

いくらマルハチでも、この高さの塀は銀狼化しようとも乗り越えられない。

ミュシャがダクリの体をボールのように投げて寄越すと、塀の上のマルハチはしっかりと受け止める。

最後にロープを投げ落とし、それを伝ってミュシャが上がってきた。


「本当にがらんどうだな。」


塀の上から見渡す城には、生命体の気配は感じられなかった。

庭にも、館の窓の中にも、どこにも人影は見当たらない。


「ほら見て。これがオイラ達だよ。」


ダクリが開いたスゴロクの上で、駒が三つ、動き始めた。

見取り図の端の方に固まっていく。

どうやらこのスゴロクの効果は本物のようだ。


「本当に敵がいないのならば渡りに船だが、用心は怠るなよ。」


「はい♪それで、どこに行くんですか?」


「正直、見当もつかないな。氷煌が生活していたような場所があるなら、そこを重点的に探索すべきだが。」


「見取り図では大きな部屋がふたつあるだけで、後は小さな部屋ばかりだね。」


「位置関係を考えると一階の大部屋は食堂で、二階の大部屋が談話室と言ったところだろう。他は私室と見るべきか。」


「地下室にはとても大きな部屋があるよ?」


「地下室か。普通に考えれば貯蔵庫だが、念の為に調べておこう。まずは談話室からだ。」


スゴロクをしまったダクリを抱えると、マルハチとミュシャは音もなく塀から飛び降りた。



 氷煌ヘレイゾールソンの城はその規模もさることながら、魔王の居城とは思えないほどに何の変哲もない普通の館だった。

装飾も特に目立った点はなく、ただ変わっているのは、館中に氷が張り巡らされているということのみだ。

その点だけが、この館が氷煌の居城であるのではないかと推測するに値する、唯一の根拠であった。

念の為に正面入り口は避け、勝手口から侵入する。

厨房を通り過ぎ、食堂に入る。

やはり何者の気配も感じなかった。

壁づたいに食堂を通り過ぎると、ロビーに辿り着いた。

玄関の向かい側に大きな階段が見えた。


「ダクリ、駒は?」


壁に背をつきながら、マルハチは振り返らずにダクリに問い掛けた。


「オイラ達だけ。」


その言葉を聞き遂げると、マルハチ達は注意深くロビーの階段を上がっていった。

階段のすぐ目の前に、その大部屋はあった。

ノブを回し、扉だけを開け放つ。

やはり中からは何の反応もない。

ゆっくりと部屋を覗き込むも、やはり、何も無かった。

ただの談話室だ。

部屋の中央には大きなテーブルセット。

ボードゲームらしき木箱が乗せられている。

右手の壁には凍り付いた火の無い暖炉。

正面には霜で覆われた大きな窓。

そして左手には大きな本棚とミニバーのような施設。瓶もグラスも何もかもが氷で覆われていた。

部屋に足を踏み入れ、まず向かったのは本棚だった。

変わったものはないか、収められた本の背表紙を確認していくが、どれもこれも特筆すべき点のない市販の物語小説でしかなかった。

念を押し、ミニバーやボードゲームも調べるものの、やはり変わった点はない。


「他の部屋を調べよう。」


ある程度、談話室の探索を終えると、マルハチはミュシャ達に声を掛けた。

扉に向かって歩き出そうとした時だった。

開け放たれた扉の影に、何かを見付けた。


「ひっ!?」


ダクリが小さく悲鳴を上げた。

ミュシャが咄嗟にウサギの耳に手をやったが、マルハチはそれを制止した。

真っ黒い衣装を身に纏い、氷で覆われ、扉の影にうずくまるように倒れていた。

それは、ペラの配下である黒子部隊の隠密兵の亡骸だった。


「やはり辿り着いてはいたのか。」


自分で自分の肩を抱え、体を丸めたまま固まっている。

辿り着いたはいいが、探索中に力尽きたのだろう。

黒頭巾を被っているから顔は見えないが、きっと怖かったに違いない。

じわじわと体が寒さに蝕まれる。

願わくば、この者が眠りながらの死を迎えていて欲しい。

少しでも恐怖から解放されてから逝ったのであって欲しい。


「ひとりしかいませんね?」


ミュシャが周囲を見回した。


「他の部屋にもいるかもしれない。探してやろう。僕達が見送ってやるんだ。」


「はい♪」


談話室の両脇に伸びる通路に沿って各部屋を回っていくが、やはりそのどれもがただの私室だ。

部屋によっては本棚や机が置かれており、中を探ってはみたが、特に目立つものは見付からない。

一階に戻り同じく各部屋を回ってものの、結果は二階と変わらずだった。

そして黒子兵士の亡骸も、他の部屋からは見付からなかった。

どうやらこの館まで辿り着いたのは彼だけだったようだ。

他の者を見送れないことに歯がゆさを感じたが、だからと言って今探してやるわけにもいかない。

心苦しいが、マルハチは自分達の任務に集中することにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ