第20話 終わらぬ冬
ここから第三幕スタートです。
季節は春。
魔界にも四季はあり、夏は暑く、秋は涼しく、冬は寒い。
そして、春になると雪は溶け、草花が芽吹き、動物は冬眠から目覚め、生命の息吹を感じるようになる。
「ぶえっくしょーい♪ちくしょー♪」
プージャは自室のベッドの上で、毛布と羽毛布団にくるまれ、更には湯タンポまで抱え、それでも震えながら豪快なくしゃみをかましていた。
もちろん、屋敷中の暖炉は常に最大火力で焚かれ続けており、それはもう全館暖房とすら言える様相だった。
にも関わらず。
「はぁー、寒いねぇ。しばれるねぇ。」
プージャは白い息を吐きながら、ベッド脇の椅子に腰掛けるマルハチに話し掛けた。
「寒ければ防寒着をお召しになって下さいませ。私のように。」
家屋の中にいると言うのに、マルハチはまるでダルマの如き厚着をした出で立ちで返事を返していた。
「いや、それもまたそれでおかしくね?何で部屋の中でもそんな極地みたいな服装せにゃならんの?」
プージャはいつも通りのネグリジェ1枚で布団の中で丸まっていたのだ。
「確かにそうですね。」
マルハチは笑った。
「なぁんかおかしいねぇ。もう春なのに、こんな寒いなんて。」
「ええ。おかしいですね。」
マルハチは窓の外に目をやった。
外界では今も尚、雪がちらついている。
しかしそれよりも目立つのは、窓にびっしりとこびりついた霜。
まるでカビのように根を張って、ガラス全体を埋め尽くしていた。
「これをご覧下さい。」
言いながら、マルハチが一冊の本をプージャに差し出した。
「むぅ。また歴史の本かよぉ。」
表紙を見ただけで魔王様は辟易としていた。
マルハチがこう言ってくる時は、どんな時か決まっている。
「ええ。これは恐らく、氷煌ヘレイゾールソンの仕業でしょう。」
プージャはその本を受け取ると、白い大きな溜め息をついた。
「あれよね?あん時のガリガリよね?」
あん時、とは、召喚の儀の時のことだ。
プージャが初めて言葉を交わした、あの氷を纏った痩せこけた魔族の姿を思い出していた。
「はい。氷の魔王に間違いないでしょう。」
「あー、また面倒くさいなぁ。なんだってそんな魔王っつーのは他人を攻めるのが好きなんよ。」
「そんなプージャ様。あなたも魔王ですが?」
「私は別にさ、誰かを攻めたいとかさ、そんなんはさ。」
「そうですね。ですがプージャ様、今は動かなければならない時です。このままこの状況を放っておけば、」
「そーよねー。こんな寒くっちゃ、作物は育たないし、動物もいなくなっちゃうし、」
「民は暮らしていけなくなります。」
「だよねー。あー、こりゃ大変だよ、本当に。」
「実はですね、今朝、報告がありまして、どうやら領内の森の木々が寒さで凍り始めてるとのことなのです。」
「マジで?したら、燃料もやばいんじゃん。」
「はい。もはや状況はのっぴきならないところまで差し迫っております。」
「んー。厳しいねぇ。」
プージャはおもむろに立ち上がると、ネグリジェを脱ぎ捨て、部屋着に着替え始めた。
「ぶえっ!ぶえっくしょーい♪」
「お早くこちらを。」
ワンピースでは股ぐらがスースーするので、羊毛で仕立てられたレギンスとセーターを身に付けると、その上から毛皮のマントを纏った。
「よし、皆を集めよ。作戦会議じゃ。」
「御意。」
だらんと垂れ下がったプージャの鼻水をハンカチで拭いながら、マルハチはキレのある返事を返した。
普段は応接間として使われている広間には、マリアベル軍の軍団長達が顔を揃えていた。
【総大将】エッダ将軍。
【アンデッド軍団長】クロエ。
【オーク軍団長】ヴリトラ。
【黒子軍団長】ペラ。
そしてマルハチ。
チーク材の四角い大きなテーブルを囲み、上座に座るプージャに視線を集めていた。
「さて、今回のこの異常気象ですが、氷煌ヘレイゾールソンによるものだと言うことは予測に難くありません。」
会議を執り仕切るのは、主にマルハチの仕事だった。
「しかし、問題がございます。」
一同がマルハチに視線を移した。
「居場所が分からないのです。」
こういった場では元々資料が配布されており、議題については事前に知らされている為、特に驚きは無かった。
要は、ではどうするか?を話し合う場なのだ。
「彼奴の領地はどこなのですかな?」
エッダ将軍が小さく挙手をした。
「調査によると、広い領地は持っていないようです。北の最果てに、小さな城を構えています。」
「そこには居らぬということで?」
「ええ。今は。」
軍団長達から溜め息が漏れた。
「今は、と言うことは、以前はいたのですね?」
「はい。少なくとも、冬の始まりまでは。」
「ならばやはり、そこを調べるしかないでしょうな。手がかりがあるとしたら、直前までいた場所しか考えられないですし。」
エッダが側頭部の小さな角を撫で回しながら座り直した。
「そう思いまして、何度か密偵を送りました。」
黒子の軍団長、ペラが小さく挙手をした。
「誰も戻ってきてはおらぬ。」
黒子の軍団は隠密行動のスペシャリストだ。
黒薔薇の貴公子直伝の幻術を駆使し、姿を消してどこにでも潜入出来る。
「寒さにやられて力尽きたのか、それとも敵に捕まったのか、それすらも分からぬ。」
真っ黒な頭巾の下から無機質な声で報告を上げてはいるが、その裏側に悲しみを湛えていることにプージャだけは気が付いていた。
「ペラ殿の隠密部隊が戻らぬとなると、いよいよもって手の施しようがありませんな。」
エッダ将軍がテーブルに肘をついた。
「かと言って、このまま指を咥えているわけにはいかんではないか。」
オーク軍団長、ヴリトラが声を張った。
「ええ。ですので、我々も腹を括らねばなりません。」
マルハチの言葉に、全員が再び視線を集めた。
「攻め込むんだな!?」
身を乗り出すヴリトラをクロエが小さく制止した。
「はなしは、さいごまできく。」
「それはあまりにも危険です。」
「確かに、下手に兵を動かせば、どこに氷煌が本隊を潜ませているかも分からん。寝首を掻かれかねませんな。」
マルハチの代わりにエッダ将軍が答えた。
「じゃあどうするんだ?」
ヴリトラは不満そうに椅子にふんぞり返った。
エッダ将軍とクロエがプージャに視線を移した。
「ひめでんかは、どうおかんがえか?」
「うむ。領地の防衛が最優先だ。これは揺るがない。しかし、ヴリトラの言うように指を咥えているわけにもいかぬな。」
「では?」
プージャは息を吐いた。
「守りながら攻めるのじゃ。」
「具体案がおありなのですな?」
エッダが目を細めた。
「軍勢は動かさぬ。だが、最高戦力を氷煌の城へと送り込む。おっと、ペラの部隊を貶めるつもりはないぞよ。そちの隠密部隊は優秀じゃからな。」
黒子の肩から力が抜けるのが分かった。
「氷煌の城へ向かい、奴の居場所を探るのは、」
姿勢を正し、凛とした声で、プージャはその名前を口にした。
「マルハチとミュシャじゃ。」
鼻周りがゆるい(笑)




