表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/164

第19話 ある寒い日に②

「この野郎!どこをほっつき歩いてた!」


 水を汲んで戻った俺に、案の定、首領は怒鳴り散らした。


「すんません。」


言い訳するのは得策じゃない。

俺は素直に謝った。

だが、夕飯は抜きだろうな。


「高い金払って買ってやったってのに、まともに働けもしねぇか。この屑野郎が。」


「すんません。」


何かにつけては高い金、高い金。

目の前で競り落とされてんだ。

てめぇの価値がどんだけはした金かくらいは分かってる。

こいつにとっちゃ高い金だったんだろうがな。


「ったく。もういい。これでも食っとけ。今夜が決行だからな。足を引っ張るなよ。」


意外にも、首領は俺に食い物を投げてよこした。

しかもそれは肉だった。


「さっさと食って仕度しろ。」


あまりの意外な対応に、俺は面食らっていた。

だが、ここで食わないとなると、要らないかと取り上げられる。

俺は急いでその肉にかじりついた。

エクレアの旨さが何倍にもなって思い出される。

そんなくそみたいに不味い飯だった。



 夜更けになり、俺は首領を始めとする盗賊団のメンバーと共に、夜の町を歩いていた。


「いいか、308。お前は銀狼化して屋敷の正面から殴り込め。屋敷の連中がお前に気をとられてる間に俺達は裏から忍び込む。ひとしきり暴れたら逃げろ。」


「ああ。分かった。」


「それと、もし捕まっても絶対に元に戻るなよ。野生の銀狼と思わせとけば大した追求もされんだろう。」


「……ああ。分かった。」


俺の返事を聞き届けると、首領は手下の盗賊を連れて夜の闇に消えていった。

俺は巨大な鉄柵で出来た門の前まで来ると、体に力を籠めた。

体中がざわめき、筋肉が膨張する。

骨が軋み、毛穴が開く感覚が全身を襲う。

月明かりを頼りに、俺は鉄柵門を飛び越えた。

屋敷の庭に入ると遠吠えを上げた。

これで警備兵を引き付けるんだ。

思った通りに屋敷の窓に明かりが灯ると、中から男達が飛び出してきた。

出来るだけ派手に暴れまわろう。

俺は庭中を飛び跳ねた。

足元に群がる警備兵を蹴散らしながら、出来るだけ派手に暴れまわろう。

そうして、しばらく暴れたら、俺は逃げるんだ。

逃げて、アジトに戻るだけ。

戻ってどうする?

またあのゴミ溜めみたいなアジトに戻って、俺はどうする?

あんなところに戻るくらいなら、

俺は心に決めていた。

心に決めてここに来た。

俺は、銀狼化を解除する。

そうして捕まるんだ。

捕まって、あいつらのことを、何もかも洗いざらいぶちまけるんだ。

そうすれば、俺は、どうなるんだろう?

殺されるのかな。

分からない。

だけど、今よりはマシだろう。


俺は銀狼化を解く為に、体の力を抜いた。


(戻れない!?)


心底焦った。

このままじゃ、俺は本当に野生の銀狼だ。

警備兵の数が増えているのが見える。

囲まれた。

全員が手に持った武器を構えている。

目の前がまた、真っ白になった。



 ―――心当たりはあった。

多分きっと、あの肉だ。

俺が裏切ることを想定していて、それであの肉を食わせたんだ。

俺は冷たい牢獄の床の上に寝転んでいた。

銀狼化は解けない。

首輪を付けられ、四肢の全てが重たい鎖で繋がれている。

俺は、このままきっと、死ぬんだろう。

そう思うと無性に悲しい気分になってきた。

俺は生まれて初めて、心から泣いていた。

俺は何故、生まれてきたんだろう。

どこから来たんだろう。

何も覚えてない。

何も分からない。

でも、死ぬ。

俺は、何の為に生きているんだろう。

ひとり、牢獄の中でクンクン鳴いているだけに聞こえただろうな。

でも心の中では大声で泣き叫んでいた。

声も出せず、俺は、ただ悲しみで埋め尽くされていた。


 そんな時だった。


鉄格子の隙間から、俺を見ている奴がいることに気が付いた。

俺は驚いて、思わず牙を剥き出しにした。

それは、昼間会った、不細工なガキだった。


 俺の方を見て、笑っていた。

ニコニコ笑っていた。

自分の何十倍もある大きな野獣を前にして笑っていたんだ。

ガキは小さな体を鉄格子の隙間にねじ込むと、無理矢理そこを通り抜けた。

どうしてこいつがこんなところに?

俺の頭は混乱していた。

だが少し考えればすぐに納得がいった。

そうか。

こいつの身なりの良さ、そして高価な菓子を持っていたことを考えると、こいつはこの屋敷の子供だったのだ。

身動きの取れない俺の元に、ガキはちょこちょこした動きで近付いてきた。


(一体こいつ、何しに?)


俺の顔の目の前に辿り着くと、ガキは口を開いた。


「もふもふ。おっきい、もふもふ。」


そう言いながら、俺の鼻を撫でた。

なるほどね。

俺のことを見に来たわけか。

確かにこんなでかい犬なんてそうそう見られるもんじゃないからな。

ガキの興味は惹く、よな。そりゃ。

いい気なもんだ。

こんなでかい屋敷に住んで、何の不自由もなく暮らして、珍しい動物が鎖で繋がれてりゃ見物に来る。

俺の心の中に、凄まじい熱がこみ上がって来るのが分かった。

何故、この世には俺みたいなのがいて、そしてこいつみたいなのがいるんだ。

不公平だろ。

悔しい。

悲しい。

そして、虚しい。

俺の心は燃え上がる程の熱を帯びていた。

もう少し近くに来い。

あと少しだ。

ほんの一歩、近付いてみろ。


(噛み殺してやる!)


俺の心が憎悪で満たされた。


「おにしゃん。もふもふ。ぽんぽん、ぺこぺこ。」


ガキは、俺の目の前にエクレアを差し出した。


それを見て俺は、声を出して泣いた。




 しばらくして、俺は解放された。

肉の効果は数日で切れ、元の姿に戻り、盗賊団の全てを吐き出したからだ。

本来なら、すぐに処刑されて然るべきだったはず。

が、肉の効果が切れるのを待っていてくれたかのように俺は生かされ、そして自白する機会を与えられた。

後から知った話によると、あのガキが他人と会話をすることなんて滅多にないことだったらしい。

そんなだから、俺になついてるのを見て、あの子の父親が特例で俺の解放を認めたらしい。

俺の自白を基に盗賊団は捕縛され、俺は本当の意味での自由を手に入れることが出来た。

あの時俺は、生まれ変わったんだ。

あのガキのお陰で。




 ―――それから100年後。


「はじめまして。私、今度からこちらで執事を務めさせて頂くことになりました、マルハチと申します。」


僕は深々とお辞儀をした。

その人はこちらを見向きもしなかった。

だけどいい。

僕はこの人の為だけにこの100年間、様々なことを学び、自分を高めてきたんだ。

この人の側にいられて、この人を守れるなら、例え見向きもされなくても、それでもいい。


「ねぇ、」


僕はゆっくりと頭を上げた。


「ここに座って、一緒におやつを食べようか。」


プージャ様はにっこりと微笑むと、テーブルの上にエクレアを差し出した。


「今度はいっぱい作ってあるからさ。」





 ―――マルハチはボーッと、目の前で焼き菓子を頬張る少年を眺めていた。


「あの……」


口の端にクリームを目一杯くっつけた少年が、不思議そうな顔でマルハチに話し掛けた。


「なんだい?」


「どうして、オイラなんかに?」


マルハチはニヒルな笑みを浮かべて言った。


「腹が減ってるのなら、たらふく食うべきだからね。」


その答えに少年は目を白黒させていた。


「なぁ、君。身寄りはあるのかい?名前は?」


「オイラ、ダクリ。」


「そうか、ダクリか。ひとりなのかい?」


少年は小さく頷いた。


「僕はマルハチ。なぁ、ダクリ。」


「?」


「一緒に来るか?」


少年は小さく、でも力強く頷いた。



雪は段々と強くなってきていた。

マルハチとダクリは、大きな袋を担いで店を出た。

馬車の荷台に袋を乗せると、隣り合わせになって御者席に飛び乗った。


「僕の主人に君を紹介するよ。きっと悪いようにはしない。」


「ご主人?どんな人?」


「そうだな。うーん…………」


しばらく黙ってからマルハチは口を開いた。


「とっても、変な人、かな。」


マルハチの心の中は、主の笑顔でいっぱいだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ