第17話 有り金のほぼ全てをむしり取られた休日
チャリン、チャリン、チャリン。
「弁償の代金、締めて金貨21枚と銀貨3枚になります。」
ブックフェスティバル運営事務所のテーブルセットに座らされ、請求通りの金額を支払いながら、プージャは大粒の涙を溢していた。
「細かくてもいいでしょうかぁ。金貨17枚と銀貨43枚でもいいでしょうかぁ。」
「もちろんですとも。」
有り金のほぼ全てをむしり取られ、プージャは今度こそ本当に失意のどん底に落ちながら部屋から出てきた。
「姫様、ごめんなさい。」
廊下の長椅子で待っていたミュシャとクロエが、プージャの姿を見付けると立ち上がって駆け寄ってきた。
流石のミュシャも、今回の件には罪悪感を感じたらしい。
しおらしい態度でプージャに頭を下げた。
「ううん。いい。ミュシャは私を助けてくれようとしただけだから。謝んなくていい。」
ボロボロと溢れる涙を袖で拭い、プージャは必死になって喋っていた。
「姫様……」
「帰ろ。もう、帰ろ。」
足を引きずるように歩くプージャの後ろ姿。
背中を丸め、がっくりとうなだれ、今にも消え入りそうだ。
そんなプージャの肩をクロエが叩いた。
「ひめでんか。これ、あげるから、げんきだして。」
そう言ってプージャの前に差し出したのは、一冊の本だった。
「これは?真・地獄白書?」
そう、ナバール先生の最新作、【真・地獄白書~閃の章~】だった。
プージャの手の上で真・地獄白書をめくると、表紙裏の白紙ページを開いた。
そしてそのページに、すらすらと何かを書き始めた。
「あれ?ナバール先生?」
事務室の扉が開き、たまたま出てきた男が声を上げた。
「ナバール先生!一体どこにいらしてたんですか!?探したんですよ!?」
そう言いながら、クロエの手を取った。
「ちょっと、しゅうしょくしてた。」
「就職?1000年以上も無職で作家活動しかしてなかったのに、急に就職ですか?」
「うん。むかしのあるじに、いわれて、しかたなく。」
「そうでしたか。いやでも、ご無事で良かったですよ。」
そんなふたりのやり取りに、プージャの頭は疑問符でいっぱいだった。
「え?え?ナバール先生?え?どこ?」
「どこ?って、ここにいらっしゃるじゃないですか。クロエ・ナバール先生ですよ。」
「え?クロエ・ナバール……え、クロエ?クロエ!?ナバール!?」
クロエ・ナバール。
真・地獄白書シリーズの作者にして、プージャが生まれる遥か以前より、同シリーズを執筆し続けてきた大御所作家である。
その正体は長らく謎に包まれてきた。
それがまさか、石棺の帝王亡き後、特にすることが無くなったクロエが人生の暇潰しに描いていたとは、プージャからしてみれば思ってもみなかった事実だろう。
「クロエが、このクロエが、クロエ・ナバール先生!?クロエ・ナバール先生!?」
「ええ、そうですよ。音信不通だったので今日のサイン会は中止だったんですが、まさか会場にいらしてたとは。」
「ごめん。あるじといっしょだったから。」
「いえいえ。事情もあるでしょうからね。ところで先生。せっかくいらしてたんですから、今からでもサイン会をして頂けませんか?ファンが喜びますよ。」
「どうだろう。よいか?ひめでんか。」
「うん!うん!」
もちろん、プージャに断る理由は無かった。
会場には長蛇の列が出来ていた。
皆がクロエが来るのを心待ちにしていたのだ。
手には大切そうに新作の本を抱え、嬉しそうに順番を待っている。
クロエも、まぁ表情は分からないが、多分嬉しそうな顔をしているのだろう、ファンのひとりひとりと会話をしながらサインを書き、握手をしていた。
その光景を会場の隅の方で眺めながら、プージャは本を抱き締めていた。
「姫様、姫様。さっきクロエさん、何を書いてくれたんですか?」
隣に座ったミュシャがプージャの顔を覗き込んだ。
「うんとね、これ。」
プージャが表紙をめくるとそこには、
黒い髪をした美しい女性の絵と、
流れるような筆記体で書かれたクロエ・ナバールのサイン。
そしてそこに寄り添うように、
【プージャさんへ】
と書かれていた。
「わぁ♪綺麗な絵ですね♪これ、姫様ですよね?とっても綺麗に描けてますね!」
「うん。実物より大分良く描いてもらっちゃったけど。」
「そんなことないですよ?クロエさんの絵もお上手ですけど、姫様の方がもっともっと可愛くて綺麗です♪」
「……やめろよ。」
プージャは必死にハンカチで鼻を押さえていた。
「帰ったらマルハチさんに自慢しないとですね♪姫様はちゃんとひとりでお出掛け出来ましたよ!って。」
「ん?なぜ今マルハチの話しに?って、ことは、やっぱり。」
「えへへ?ミュシャ、口を滑らせてしまいました。」
「なんだよ。結局はそういうことか。」
「忘れてくださいね♪」
「はいはい。分かりましたよ。」
窓の外では、大粒の雪が降り始めていた。
積もる前に早く帰ろう。
プージャは本を抱き締めながら、自分の腹心のことを思い出していた。
また来年、頑張ろうね。




