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序幕② 和睦会談

 一方その頃、厨房では……。


「よっしゃ、とびきり美味しいシュークリーム作るよー。」


 数名のメイドを従えた、エプロン姿のプージャが腕捲りをしながら息巻いていた。


「牛乳さん♪小麦粉さん♪バターさん♪たまーごさん♪」


 調理台に並べられた山盛りの材料を撫で回しながら、ご機嫌に鼻歌を唄う銀髪の少女がミュシャ。

 君主との共同作業に緊張が極まり、直立不動で動けない他のメイド達とは一線を画するリラックス具合だった。


「これ、ミュシャ。食べ物にあんまりベタベタ触ったらいかんよ。」


 プージャがたしなめた。


「はい!ミュシャ、この小麦粉さん達が美味しいシュークリームになるように、いっぱい撫で撫でしておきました♪きっと美味しくなりますよ♪」


「お、おう。そうか。そりゃご苦労様でした。」


「はい!」


 満面の笑顔に、プージャは頬を引きつらせるしかなかった。


「さて。んじゃまぁ、気を取り直して、レッツクッキングぅー。」


 その掛け声と共に、メイド達は一斉に動き出した。


「ではでは、私はクリーム作るかんね。ミュシャ達は皮の方をお願いね。」


 普段のダラけ方からは想像も出来ないが、プージャはキビキビとメイド達に指示を出していく。


「小麦粉はよーくふるって細かくしておいてね。その方がサクサクに仕上がるからねぇ。あと、火にかけすぎないよーに。膨らみが悪くなるからさ。」


「はい、プージャ様。」


 メイド達もキリッとした返事を返す。


「おし。んじゃクリーム班はこっちねー。」


 牛乳、卵、砂糖、バニラビーンズ。

 材料を抱えながらメイドを引き連れ移動するプージャ。

 その目にあるモノが飛び込んできた。


「はやーくはやーく大きくなぁーれ♪美味しく美味しく大きくなぁーれ♪」


 植木鉢の前にしゃがみ込み、乳白色の何かが混じった土みたいなのがドロドロになるまで水を注ぐミュシャの姿だった。


「……何を?」


 あまりにも理解しがたい状況に、思わずプージャは声を掛けた。


「はい!ミュシャ、シュークリームの皮が早く大きくなるように、いっぱいお水をくれてます!」


 とびきりの笑顔で言い放った。

 プージャは軽い目眩を覚えた。


「まさか、シュークリームは木から生るとでも?」


「?」


 対するミュシャは笑顔で首をかしげるだけだった。


「この流れでそんなことあるかぁー!」


 プージャの絶叫が厨房に響き渡った。


「すみません!姫様!」


 あまりの大声に流石のミュシャも動揺したらしい。

 飛び上がると、深々と頭を下げた。


「ミュシャ、姫様の為にとっても美味しいシュークリームを育てたかったんです。」


 その顔は真剣そのものだった。


「……本気か?本気だな?その顔は本気の時の顔だな?」


「はい!ミュシャの辞書には本気と真面目の文字しかありません!」


「そうか!なら仕方ない!ミュシャが愛情込めて育てるのならそりゃーもう仕方ない!」 


 そのプージャの対応に、メイド達は内心で溜め息をついていた。

 本来ならば、まぁ、お説教が妥当なミュシャの行為だとしても、プージャは絶対に否定することはしないのだ。

 それは昔からだ。

 どんなに激しいツッコミを入れようが、プージャは否定しない。

 だからこそミュシャも自信を持って勘違いを貫く。

 それを分かっているからこそ、メイド達の頭痛の種にもなるのだが。


「皆の者!さっさとシュークリーム作りに取りかかるぞ!ミュシャはそこに堆肥をくべておくがよい!魔界の殺し屋、ポイズンリザードタイラントの糞などがオススメだ!」


「はい!ミュシャ、頑張っちゃいますから♪」


 こうして、和睦会談用のシュークリームは着々と完成していったのだ。





 バルモンの軍勢を目前に捉え、マルハチは供を置き、単身でその前に立ち塞がった。

 敵軍からどよめきの声が上がるが分かった。

 深呼吸をし、マルハチは青旗を掲げ、敵軍へと向かって大きく振って見せた。




「バルモン陛下!会談の申し入れです!」


 見張りのオーク兵が、バルモンの前に跪いた。


「会談だと?」


 身長はゆうに3メートルはあろう、岩のような顔の魔族は長い顎髭に手を当てた。


「どういうつもりでしょうか?」


 側近とおぼしき、どっしりとした大柄なオークが言った。


「ふん。我が軍勢に恐れをなしたか。」


 バルモンはつまらなげに吐き捨てた。


「切り捨てますか?」


「敵は何人だ?」


「1人でございます!」


「良かろう。通せ。」


「良いのでございますか?」


「構わん。単身で乗り込んできた者を切り捨てるは、我が軍の恥となる。敬意を払え。」


「はっ!」


 バルモンの命を受け、側近のオークがマルハチの元へと主の意思を伝えに行った。


 こうして、マリアベル軍とバルモン軍の首領同士は和睦会談の席につくことになった。




 バルモン陣営の最深部。

 5千もの軍勢に囲まれた簡易的なテントの中が、会談の場となった。

 数名のメイドに土産の菓子を持たせ、プージャはテントの中に足を踏み入れた。

 黒縁眼鏡は外され、化粧の施された顔は持ち前の素材の良さを格段に引き立たせている。

 漆黒の革で仕立てあげられたボディスーツに身を固め、同じく漆黒のマントをたなびかせている。

 頭にはマリアベル家に代々伝わる、巨大な雄牛の角を模した漆黒の兜を被っていた。

 ちなみに本物は大きすぎて被れないのでプージャ用に改良されたレプリカだが、これがマリアベルの正装だった。


 席についたのは、破壊神バルモン、そして側近のオークが2名。

 マリアベル家のメイドは、石造りの大きなテーブルの上に大皿でまとめてシュークリームを盛り付けると、そそくさとテントを後にした。

 残ったマリアベル軍はプージャとマルハチのみ。


 これにはバルモンも閉口した。


 自ら首を差し出しに来たと言わんばかりだ。

 しかしながら、生粋の武人であるバルモンには、その首を取るような真似は出来ないのを見抜いているかのような大胆さでもあった。


「これはこれは、上手そうな菓子だな。」


「はい。お土産です。」


 プージャのすっとんきょうな返答に、思わず吹き出しそうになるのを押さえるのはとても骨が折れた。

 毒気を抜かれそうだな。

 またしてもバルモンは閉口した。


「して、何用か?」


 単刀直入。

 いかにも武人らしい物言いだった。

 しかし、その言葉には圧倒的な威圧感が籠められていた。

 そこらのただちんけな魔族や人間であれば、目の当たりにしただけで魂を奪われるほどの。


「……じゅる。」


 プージャはヨダレを拭った。

 目の前のシュークリームを食べたくて仕方がなかった。

 普段なら有り余りの材料で作るところが、この会談の為に最高の素材を用意し、腕によりをかけて作り上げた自信作だ。


「ふむ、そうだな。折角の土産だ。まずは頂くとするか。」


 がぶり!

 バルモンが言い終えるよりも早く、プージャはシュークリームにかじりついた。

 ふんわりとしてそれでいてサクサクの皮と、芳醇な香りとコクを持ったカスタードクリームが、口の中でお花畑となる。

 それを横目に、小さな溜め息をついたマルハチも、フォークとナイフを使って上品にシュークリームを口に運んだ。

 ふむ。

 確かに旨い。

 バルモンの脇で同じくシュークリームにかじりついたオーク達も、恍惚の表情を浮かべていた。


「では再度聞こう。何用か?」


 口の端にクリームを着けて満足げなプージャの表情を見届けると、バルモンは問い掛けた。


「あのですね。」


 マルハチに手渡されたハンカチで口を拭きながらプージャは言った。



「私、戦争とかしたくないんで、どっか行ってくれませんかねぇ?」



 マルハチはがっくりと項垂れた。

 あんまりだ。

 あんまりすぎる。

 和睦会談とはなんぞ?

 せめて、せめてだ。

 せめて、同盟とか、そんな話を頑張ってするのかと思っていた。

 それがどうだ。

 まさかの超ストレート発言に、マルハチは大きな溜め息をつくしかなかった。


「はっはっはっ!!」


 バルモンが大きな笑い声をあげた。


 ゴン!!


 笑い終えた直後だった。

 テーブルに、その大きな拳を叩き付けた。

 プージャの、そしてマルハチの体は凍りついた。

 怯えたのはその行動ではない。

 破壊神と呼ばれた魔王の目の色が変わったのが、一目で分かったからだ。


「失望したぞ、プージャ・フォン・マリアベル。」


 その瞳には憎しみすら宿っているように感じられた。


「貴様の父なら、迷わず我に挑んだはずだ。それがミスラ・ミラ・マリアベルと言う男だ。」


 バルモンは乱暴にシュークリームをつまみ上げた。


「我を倒した男の娘がどれ程のものかと見に来てみれば……」


 まるで豆粒のような菓子を口に放り入れ、唸るような声で続けた。


「とんだ腰抜けだ!」



 ゴォン!!



 またしてもテーブルに拳を叩き付けた。

 今度は本気のようだ。

 分厚い岩石の如しテーブルが、プージャ達の目の前で真っ二つに叩き割れた。


「貴様に生きる価値はない。奴へのせめてもの餞だ。この手で滅してやろうではないか。」


 プージャは完全に腰を抜かしていた。

 今までも余裕だったわけではない。

 逆だ。

 あまりにも強い恐怖心に支配され、ずっと夢見心地だったのだ。


(魔王……こえぇー……。)


 プージャの魂はほとんど口から出掛かっていた。

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