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第16話 批評家ヅラした頭でっかちの休日

 会場に到着してからまだ大した時間は経っていない。

にも拘らず、プージャは髪が真っ白になる程に精神的ダメージを負っていた。

だがここは察してやるべきだろう。

ずっと楽しみにしていたフィギュアもサイン本も手に入らなかった。

もし同じ立場にあったのなら、それはクロエでもミュシャでも辛く感じただろう。

あまりにも深く悲しむプージャの背中を流石に不憫に思ったのか、ミュシャが口を開いた。


「姫様?ミュシャはよく分かっていませんが、きっとあっちの方に姫様の欲しいものがある気がします。あっちに行きませんか?」


「そっちは壁だよ。」


適当に指差したミュシャに、落ち込んでいてもツッコミは忘れないプージャは心優しい領主様だと思う。


「ああ、間違えました。あっちです。」


改めてミュシャが指差したのは左棟の入り口だった。


「アマチュア作家さんの即売会?んー。私、実はあんまり興味ないんだよね。なんかさ、どっかで見たようなの多いじゃん。まぁ確かに、たまーにキラッと光る人いるから、そういう期待の新人発掘するのも楽しいとは思うけどさ。でも滅多にいないからなぁ。」


「姫様?言ってる意味はよく分かりませんが、ここでグズグズ言ってる姫様を見てるのも飽きてしまったのであっちに行きましょう♪」


「お前を占める優しさ成分は何パーセントだ。」


「はい!ミュシャのほぼ全ては水分で出来ています♪残りが優しさです♪」


「そりゃ優しいスライムだね。」


ということで3人はアマチュア作家の即売会場へと足を向けることになった。



「くっさ!」


開口一番にミュシャが言ったのがこれだった。

広いホール内には事務用の机が大きなロの字を書くように並べられ、いくつかのブロックに別れて設置されている。

机の内側から作家が作品を販売しており、来場者達はロの字の外側を回りながら作品を見て回る。

説明すればなんてことはないのだが、実際に目の前にすると話しは違う。

会場には、とんでもない数の人が蠢いていたのだ。

押し合いへし合いでまともに通路を進めない程の数の人が。

ここまでの人が集まれば、まぁそうなるだろう。

なんならプージャも何日か部屋から出なかった時はこうなったし。

会場は、すえたような臭いが充満していた。


「これ!声が大きい!」


慌ててプージャはミュシャの口を塞いだが時既に遅し。

周りの来場者達から睨み付けられてしまった。


「うひひ。どーもこんにちは。」


薄ら笑いを浮かべながらそそくさとその場を後にすると、とりあえずプージャ達は人の流れに乗りながら会場を回ることにした。


「むぅ。なるほどのぉ。」


後ろ手を組み、何故か偉そうな雰囲気を醸し出しながら歩くプージャ。

しきりに本を手に取っては、なにやらブツブツと呟いている。


「これは、あの作品のあのシーンだな?こっちは、あれか。知っておるぞ。ふむふむ。なるほどのぉ。あれをパク・・・インスパイアを受けたのか。しかしな、これでは目新しさに欠けるのではないか?もう少し捻りをだな、」


その姿を見ながらクロエは思っていた。


(どこにでもいるのよね。こういう批評家ヅラした頭でっかち。)


これを口に出さないクロエは優しい家臣だと思う。


「ちょっとお姉さん。さっきからなんかイチャモンつけてます?」


ぶつくさ呟いていたプージャの言動に気分を害したのだろうか、ちょうど手に取った本を販売していた男が声を掛けてきた。


「え!?いや、そういうつもりは無いんですけど……」


「あのね、ちゃんと読んでから言ってるの?いるんだよね。しっかり中身を理解してもいないのに、あーだこーだ口ばっかりさ。」


「す、すみましぇん。」


「別にいいよ。意見は必要だからね。んで、買ってくれるんでしょ?買って、読んでから意見を言ってくれるんでしょ?」


「え、えぇ!?」


「え!?買わないの!?買わないのにあんだけ偉そうなこと言ってたの!?」


「えぇ!?いや、偉そうなことは・・・」


「言ってたよぉー!すっごい言ってたよぉー!僕、聞こえたもーん。聞こえちゃってさぁー、僕、傷付いたんだよねぇー。読んでもいないのにさぁー、パクりだとかさぁー。」


「え?え?え?」


「僕だってさぁー、真剣に、真面目に書いてるんだもーん。傷付くよぉー。お姉さんのせいでもう書けなくなっちゃうかもしれないなぁー。」


「じゃ、じゃあ、一冊下さい。」


「ありがとうございます!!」


客でありながらペコペコとお辞儀をしつつアナベル銀貨を手渡すと、プージャは本を受け取った。

その姿に、クロエは少しばかり腹が立つのを感じた。

確かに独り言とはいえ、プージャは聞く者によれば聞き捨てならないことを言っていたのは事実だ。

だからといって、これはあんまりにもな仕打ちだ。

もちろんプージャが世間知らずなことにも非があるのだが、それにしても。

クロエが無言で思案していた最中だった。


「わぁ!お下手な絵ですね♪」


プージャが無理やり買わされた本を手に取ったミュシャが、大きな笑い声を上げた。


「な、なんだと!?」


もちろん本の作者である男は怒り心頭だ。


「気にしてることを!」


(気にしてんかよ!)


その場に居合わせた全員が思った。


「ミュシャの方がよっぽどお上手ですよ♪ちょっと貸して下さい♪」


言うよりも早く、机に置かれた万年筆をかっさらうと、ミュシャは置いてあった本に絵を描き始めた。


「ああ!そっちは売り物の本じゃないか!」


男が言った通りだった。

机の上に並べられた下手くそな絵本に、更に輪をかけて下手くそな絵を描き殴ったのだ。


「なんてことを!これじゃ売り物にならないじゃないか!やめろよ!」


男がペンを取り上げようと身を乗り出したが、ミュシャはひらりとかわすとまた別の本に落書きを続ける。


「こいつ!ふざけんな!」


更に身を乗り出したその時だった。

ぽっこりと飛び出した腹が、机の上の大きなインク壺を押し倒した。

インクは派手に机に飛び散ると、男の書いた本のほとんどを黒く染め上げたのだった。


「あぁー!!俺の本がぁー!!」


あまりの出来事に男は混乱していた。

混乱して、壺を放り投げたのだ。

インク壺は華麗に宙を舞うと、隣の机で売られていた本の上にべっちゃりと着地した。


「え!?あぁー!?」


当然そちらからも悲鳴が上がる。

驚いた隣の作家は立ち上がると、バランスを崩して背中から倒れた。

そうなると、背後の机の作家に向かって倒れるわけだ。

ここまで来るともう止まらない。

人が人を倒し、机の上の本をぶちまけて、その連鎖は止まらない。

気が付いた時には、そのブロックはドミノ倒しのように綺麗さっぱりと、開墾したての畑の如く平たくならされていた。


「ありゃあ。」


「あばばばばばば……」


笑顔を浮かべるミュシャの隣で、プージャの顔は真っ青になっていた。




 

クロエが一番冷静です。

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