第15話 どいておばさん!の休日
入場券に付いてきたパンフレットに目を通しつつ、プージャ達は連れ立ってロビーを進んでいた。
「可愛いー!そこはかとなく可愛いー!」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、スケッチさせて頂いても宜しいか?」
「堕天使だ、堕天使が降臨なされた!」
「いいかい?クロエ。今いるこの建物では、プロ作家さん達の新作発表会やサイン会が行われてるのだよ。そんでもって、向かって左側はアマチュア作家さん達が自費出版した作品の即売会が行われてるのさね。」
全く興味はないであろうクロエに向かって熱心に説明を行うプージャ。
「視線!視線を!こっち!」
「ポーズぅー!ポーズ!至高でござるぅー!」
「今この瞬間から貴女様を推しと定めます!」
「しかぁし!プージャおねー様の本日の獲物は右棟!フィギュア即売会なのだ!そして聞いて驚くな!?なんとあの、マルセーヌ・シュレール先生作ちょびっと物語のメインヒロインであらせられるフィーナちゃんの1/4スケール特大フィギュアしかも造型師はかの有名なミゲウ先生という超絶夢コラボ!そのフィギュアがなんとシリアルナンバー付きで10体限定販売されるのだよ!!」
もはや血管が切れる勢いだ。
プージャは鼻から息を吹き出しながら、早口で捲し立てた。
「かえるのか?」
珍しくクロエが質問を返した。
「ふふふ、案ずるなかれ!今回の販売方法は入札形式なのだ!購入希望者がそれぞれ金額を書いた用紙で入札して、書き込み額の高い上位10名の上から順にシリアルナンバーも若い数字から割り当てられるのだ!であるからして、私はこの為に軍資金を用意してきた!絶対に落とす!絶対にだ!」
「にゅうさつ、へんなの。」
「確かに変わってるが、フィギュアの売り上げは全てチャリティーに使われるとのことだ。だから、高ければ高いほど、誰かの役に立つらしいのだよ。」
「なら、よかった。ところで、」
クロエはくるりと頭部だけを振り返らせた。
「じゃまだ。」
プージャもそちらに視線を移し、そして心底驚いた。
「なに!?」
気が付くと、辺り一面を見知らぬ男性に取り囲まれていたのだ。
「ど、どうした!?何が起きた!?」
プージャは慌てふためいた。
まさか、自分が魔王だと、領主だと気付かれてしまったのではあるまいか。
だが、なんか変なことを口走ってる輩もいるぞ。
可愛いとか聞こえなかったか?
ってことはだ、このプージャ様の美しさに男共は魅了されて群がってきたのか?
瞬時にしてこのようなことを考えたのは言うまでもない。
ならば受けて立とうではないか!
「皆の者!このプージャ様の美しさの前に平伏すが良い!」
とは口が裂けても言えないのがプージャという女性だった。
一度はそう思ったのだが、いかんせん奥手な性格ゆえにその一言は思い止まった。
この性格が恥をかく前に発動されたことが功を奏した。
「殺意可愛いー!ミュシャちゃんこっち向いてー!」
男達が群がっていたのは、ミュシャにだった。
「ものほんメイド萌え尽きるぅー!」
ミュシャもまんざらではないらしく、男達の要望に応えてしきりにポーズを取っていた。
その無駄に愛らしい仕草にロビーは大盛り上がり。
流石はサキュバスと言ったところか。
普段は色気とは程遠いジャリん子でしかないが、こういった趣味の輩に対しては絶大な威力を発揮していた。
が、困ったのはプージャだった。
まぁ、ミュシャが楽しそうにしているのは別にどうでもいい。
問題なのは、押し寄せる人波で身動きが取れないことだった。
「参ったぞ!クロエ!これではフィギュア会場に向かえんではないか!」
小柄なクロエは既に人に飲まれて姿さえ見えなくなっている。
「通して!通して下さぁーい!私はフィギュア会場に行きたいのでぇーす!」
どんなに頑張って体を押し込んでも、汗臭い男の群れはプージャを通してはくれない。
更にはこの騒ぎを聞き付けた野次馬がフィギュア会場からも集まってきたようだ。
これにはプージャも焦らざるを得なかった。
このままでは入札時間が終わってしまう。
「すいまっせぇーん!通して下さぁーい!誰か!誰か通して下さぁーっい!」
力を籠めて無理やり目の前の小太りな男を押し退けようとした時だった。
「どいておばさん!」
どこからかも分からないが声がしたかと思うと、プージャは強い力で突き飛ばされた。
「す、すいましぇん。」
小さな悲鳴を上げながらプージャがよろめいた。
とほぼ同時だった。
蟻塚を崩された蟻の如く、男達が一斉にその場から逃げ出したのだ。
見ると、群れの中心にぽっかりと穴が開き、真ん中の辺りにミュシャの姿が見えた。
どこから取り出したのか、いつも通りに自分の身長の倍以上はある棒をブンブカ振り回しているミュシャの姿が。
あまりに唐突なミュシャの暴挙に面食らったように、あれだけ騒ぎ立てていた男共はきれいさっぱり姿を消し、残ったのはもみくちゃにされたプージャとクロエだけだった。
「あーあ、暑いし臭いし、ミュシャ、飽きちゃいました♪」
どうやらそれは三節棍だったらしく、まぁ節は三節以上あるようだが、折り畳まれた得物を太もものホルスターに差し込みながら、軽い足取りでプージャの元へと駆け寄ってきた。
「お、おう。ご苦労様でした。」
踏み潰されてバラバラになったクロエを組み立てながら、プージャがミュシャへと振り返った。
「ところで姫様。あっちの方で何か言ってますよ?」
そのまま視線をミュシャの指差した方へと向け、愕然とした。
「フィーナフィギュアの入札を締め切らせて頂きましたー。」
ウィッグを乱暴にクロエの頭蓋骨に押し付けると、プージャは疾風の如く駆けた。
「待たれ!待たれよぉー!!入札したい人はまだいまーす!まだいるんだよぉー!!」
フィギュア会場の入り口に設置された机の前で、身ぶり手ぶりを交えながら必死に訴えるプージャ。
クロエのウィッグを整えながら、ミュシャはその様子を眺めていた。
なにやら必死に訴えているが、受付のお兄さんは困り顔だ。
胸の前で掌を大きく広げ、拝むように跪き始める。
「いやいやいや、困ります。お客さん、困りますって。そこを、そこをなんとか。そう言われましても規則ですから。規則とはぁー。規則とは何のためにあるのか。お客が気持ちよく買い物出来るためにあるのではないのかぁー。はいそうです、全てのお客様が気持ちよく公平に買い物出来るためにあるんです。なので特別扱いは出来ません。」
ふたりのやりとりに勝手気ままな台詞を当てながら、ミュシャが楽しげに笑っている。
が、完全に的を射ていたらしい。
ひとしきり話終えると、プージャはどんよりと肩を落としながら戻ってきた。
「だめだた。」
「よしよし♪」
肩を抱き、プージャの頭に顎を乗せながら、ミュシャは優しく慰めた。
元はと言えばミュシャのせいなのだが。
一番のお目当てを買い逃し、プージャは失意のどん底だった。
だがしかし、このまま引き下がっては女が廃る。
プージャには、フィギュア以外にも狙っていた大きな獲物があった。
第二の獲物は必ずや手に入れる。
気を取り直すと、プージャはクロエとミュシャを連れ、プロ作家の新作発表会場へと足を向けた。
「ふふふ、次は逃がさん。絶対に、だ。」
深く暗い影を落としながら、プージャは呟いた。
「今度は何するんですか?」
小躍りしながらつき従うミュシャが問い掛けた。
「よくぞ聞いてくれた!今日は、なんとあの!真・地獄白書の新作発表があるのだ!しかもだ!普段は滅多に人前に姿を現さないナバール先生ご自身が、新刊購入者ひとりひとりに直筆サインをして下さるという、奇跡のようなイベントがあるのだ!私は手に入れる!ナバール先生直筆サイン入りの新刊を!そして書いてもらうのだ!【プージャさんへ】と、ナバール先生に書いてもらうのだ!」
【ナバール先生が音信不通の為、本日予定されていましたサイン会は中止とさせて頂きます。】
「のおぉぉぉぉー!!!」
机に置かれた小さな立て看板の前で、プージャは頭を抱えて突っ伏した。
そう言えば前回書き忘れましたが、
クロエは女子でした。




