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第14話 プージャ様の休日

「シリウス金貨がじゅうご、じゅうろく、じゅうなな。アナベル銀貨がごじゅに、ごじゅさん。うしし。いー感じだぞー。」


 領主であり魔王であるプージャが使えるお金は、奇跡的に小遣い制だった。

マルハチがそう決めた。

プージャに大金を持たせておくと、どうせろくなことに使わないからだ。

まぁそれは言い過ぎたか。

一応は、プージャが領主として、少しでも庶民に近い金銭感覚を持てるようにとの意図があった。

ちなみに、町の大衆食堂で一人前のランチセットを頼んだ時、大体はアナベル銀貨1枚ほどを支払うことになる。

シリウス金貨は銀貨10枚と同じ価値となり、プージャは数えなかったが、銀貨1枚はラミレス銅貨10枚と同じ価値になる。

そんなわけで、妙齢の女性であるはずのプージャは、月に与えられるシリウス金貨3枚をやりくりして、趣味である絵本を買ったり、菓子の材料を買ったりしていた。



 ベッドの上にあぐらをかいたプージャは、膝の上に開けた宝箱の中身を真剣に数えていた。

1年間かけて小遣いの一部を貯め続けた賜物だった。


「いよーし。去年より金貨3枚、銀貨は19枚も多いぞ。」


宝箱から革製の巾着袋に硬貨を移し、丁寧に枕元に置いてから、勢いよくベッドの上に立ち上がった。

ネグリジェを脱ぎ捨てクローゼットに駆け寄ると、細かな花柄をあしらった薄紫色のワンピースを選んだ。

お気に入りの1枚だ。

鏡台の前で薄い化粧を施すと、再びクローゼットをまさぐって大きなズタ袋を取り出す。

その袋に巾着を突っ込んでから、黒いマントを羽織れば準備は完了だ。


「クロエ!クロエ!」


プージャは窓ガラスを少しだけ開けた。

冷たい空気が頬を刺す。

少しだけ身震いすると窓からそろりと首を出し、周囲を見回しながら小声で名前を呼んだ。


カタカタカタカタ……


部屋の前の茂みの中から骨が鳴る音が聞こえてきた。

それを確認すると、プージャは慎重に窓から庭へと飛び降りた。


「よし、クロエ。時は来た。」


茂みの陰にしゃがみ込むと、庭木の隙間で膝を抱えていたスケルトンナイトの肩を叩いた。

本来はナイトであるはずのクロエは、プージャの命令によりグレーのワンピースに身を包み、それだけには留まらず、おまけにブロンドのロングヘアーのウィッグを被って、主人を待ち構えていた。


「いざ!出陣じゃ!」


寒空の下、ふたりは誰にも見付からないよう庭を横切ると、大きな鉄柵門に辿り着く。

門番の任にはふたりのガイコツ兵が就いていた。

クロエが顎を鳴らすと、ガイコツ兵はゆっくりとした動きで門を開けた。


「ご苦労。ちゃあんと戸締まりはするんだぞよー。」


門が閉じられたのを見届けてから、プージャ達は雑踏に紛れ込むと、石畳の上を進んでいった。

今にも雪が落ちてきそうな、そんな空の下で。



 屋敷を抜け出したふたりが目指すのは、まずは乗り合い馬車乗り場だ。

年の瀬も近付いており、通りには人がごった返している。

普段、こういった状況には慣れていない魔王プージャ様だ。

何度も人とぶつかりそうになりながら、なんとか馬車乗り場に辿り着いた。


「大人、二枚、売ってたもんせ。」


緊張のあまり妙な方言を交えながらもチケットを購入すると、目的地行きの馬車に飛び乗った。

ふたりを乗せると馬車はゆったりとしたスピードで町を後にした。


「どこいく?」


8人乗りの馬車は満席だ。

他の乗客の間にちょこんと挟まった小柄なクロエが、隣で堂々となのだろうか、背筋を正して腰掛けるプージャに問い掛けた。


「ふふふ。とっても良いとこだよ。」


ぎこちなく首だけをクロエに向けると、プージャはニヤニヤした笑顔で答えた。


「なぜわたしも?」


「そりゃ決まってるわさ。荷物持ち。」


「かえる。」


「だめよだめよぉー。帰りに美味しいもの奢ってあげるから、だからお付き合いして!」


「おいしい、もの?」


「そうそう。何食べたい?」


「きもすい。」


「……肝吸い?大人よの。」


「たのしみ。」


白骨で構成されたその体のどこから食物を吸収するのか定かではないが、そんな会話を交わしながら目的地を目指した。

 町を出てから小一時間。

遂に目的地に到着だった。

プージャはびしりと手を上げると、


「降ります!」


声を張り上げた。


「いや、これを引けばいいのよ。」


乗り合わせていたご婦人が、天井から吊り下がった紐を指差した。


「うむ!かたじけない!」


その紐を引くと、御者台に備え付けられたベルが鳴る仕組みなようだ。

無事に馬車は止まり、ふたりはそそくさと馬車を降りた。


「どうだ、クロエよ。初めてにしては上手く乗れたであろう。誰も私だとは気付いてなかったぞ。」


馬車を見送りながらプージャが胸を張った。

クロエはカタカタと顎を鳴らすだけだった。


「今の、領主様だったよな。」


「ええ。領主様でも馬車なんか乗るのね。」


「思ってたよりいい歳してんだね。」


馬車は乗客達を乗せ、ゆっくりと遠ざかっていった。




 プージャ達の前に、巨大な石造りの建物がそびえ立っていた。

プージャの屋敷よりも更に大きなこの三棟建ての建物は、マリアベル領の多目的ホールだった。

プージャが前回この建物を訪れたのは、自らの魔王継承披露式典の折りだったが、その時と同じくらいに建物の周囲は人で溢れかえっていた。


「ぶっく、ふぇすてぃぼ?」


建物の壁に掲げられた横断幕の文字を、クロエがゆっくりと読みあげた。


「そう、遂に、遂にこの日が来たのだぞよ!」


ホールの正門の正面に仁王立ちすると、プージャは両手を大きく広げた。


「ブックフェスティバル!年に一度の文学の祭典!魔界中の作家がプロアマ問わず、一堂に会して新作を発表しあう邪悪な儀式!新たなるワクワクが文学ファンに提供されるだけではなく、普段は顔を合わせることのない作家同士が邂逅することにより新たな化学反応が巻き起こる奇跡の場でもある!過去、数々の名作がこの祭典の直後に発表されてきた!その奇跡が生まれる瞬間を目撃することもまた、我ら文学ファンの悦びでもあるのだ!」


周囲を気にせず大声を張り上げるプージャを気に留める様子もなく、周囲の人々もまた口々に騒ぎ立てながら通り過ぎて行く。

連れ合い同士で盛り上がる者もあれば、プージャのようにひとりではしゃぐ者もある。

どうやらプージャの同類にはこういう人種が多いらしい。

クロエは無言で納得していた。


「へぇ、そうなんですね♪」


プージャがクロエに振り返り、足早ににじみ寄ってくる。


「私はこの一年間、この日の為に生きてきたと言っても過言ではない。思い返せば去年の今日。マルハチを説得し、皆の帯同を条件になんとか参戦に至ったものの、あ奴めの口うるさいこと。やれ無駄遣いは禁止だの、やれ単独行動は禁止だの!あまつさえ滞在時間はたったの二時間とぬかしおった!楽しめるわけがない!私はもっとゆっくりと、色々な作品を見て回りたかったのだ!そして色々な作品を買って帰りたかったのだ!

だから私は心に決めた!今年こそはひとりでここに来ると!

軍資金は貯めた!綿密な計画を立て、邪魔なマルハチは買い出しに行かせた!そして今、私はこの地に辿り着いた!

完璧だ!パーフェックトゥ!」


クロエの細い手を取って握りながら、プージャは天に向かって雄叫びを上げた。


「さぁ行くぞ!フォローミー!!」


「はい!ミュシャ、頑張っちゃいますから♪」


「よし!じゃあミュシャ、ちっとあそこで入場券買ってきておくれ!大人3枚で!」


「はい♪」


「って、えぇ!?」


あまりにも自然な会話の合いの手に全く違和感を感じていなかったが、いつの間にかそこにあったのは見慣れたメイドの姿だった。


「ミュシャ!?なぜここに!?」


「はい!初めから尾けてました♪」


「初めから!?屋敷から!?」


「はい!姫様、とっても上手に馬車に乗れましたね♪」


プージャはその場に膝を付くと、がっくりとうなだれた。


「マルハチか?マルハチの差し金か?」


「いいえ?なんか、窓の外眺めてたら姫様とクロエさんがこそこそしてたんで、楽しそうだと思って来ちゃいました♪」


「だったらすぐ声を掛けなさいな。」


「すみません。ガッチガチに緊張しながら町を歩いてる姫様が可笑しくてつい。」


「趣味悪いぞ!まぁいいか。マルハチのスパイじゃないなら問題はない。何なら荷物持ちが増えたって考え方すら出来るし。だがしかし、」


プージャが顔を上げると、ミュシャはニコニコと笑顔を浮かべていた。


「会場内の何物にも触らないこと!いいね!?」


「はい!ミュシャ、出来るだけ頑張っちゃいますから♪」


最高の笑顔で応えるミュシャに、プージャが不安しか感じていなかったのは言うまでもない。


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