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第160話 召喚の儀、再び。

 ―――タイキオ市を囲む外壁の外側に広がる平原。その平原に、プージャら魔界の軍勢が居城として使用する空中要塞、緋逢の樹は停泊していた。

 その名の通り、神の涙が遺した緋哀の樹を改修して作り上げた、魔王軍総勢30万名が居住することが可能な動く街そのものだった。


 緋逢の樹の中心。

 ミュシャやマルハチが戦闘によって更地にした地区に新造されたマリアベル屋敷の講堂に、プージャの姿はあった。


 広い床を埋め尽くす程の大きなヘキサグラムの魔法陣。それを構成する線の一本一本の全ては、細かな特殊言語の集合体だ。

 ヘキサグラムの要所には燭台が置かれ、魔法陣の中心には、巨大な大龜(おおがめ)が鎮座ましましていた。


 大龜の前に佇むプージャは肩を落とし、まるで背中に『しょんぼりしてます』と貼り紙があるんじゃないかと思うほどに、落ち込んでいるように見えた。


「確かに、霊峰クラーマヤーマの霊気と緋逢の樹の魔力の波長がぴったりと合っている。世界の天井を開き、神がいるであろう次元への扉を開くなら、それはやはり今しかなさそうだ」


 ヘキサグラムの蠢きを読み取りながら、ツキカゲが説明した。


「本当にタイミングの悪い……ですが、仕方ありませんね」


 今度ばかりはプージャが不憫でならない。

 マルハチはプージャの背中を擦りながら、周囲に指示を出し続けていた。


 

 マルハチの指揮の下、召喚の儀の準備は整った。

 今度はプージャとマルハチのふたりだけの立ち合いではない。

 講堂にはヘキサグラムを取り囲むように、マリアベルの精鋭達が控えていた。

 軍部を代表し、クロエ、エッダ、ペラ、ライリー、メンサー、アバラハン、ミズマキ、ライケイ、ディセイア・オデュッセイアス。

 ジョハンナ、アイネ、ララを始めとするメイド室の面々。

 それから、アイゼン、ゴルウッド、フォスター、ナギら執事室。

 マリアベルの、プージャのためにその魂を捧げてきた戦士達が、正装に身を固め、召喚の儀に備えている。

 あとはプージャが儀式を始めるのみだった。


 が、問題がある。


 シチュエーションはばっちりだ。タイミングも申し分ない。

 では一体何が問題なのか。

 それは、未だにメソメソしたままのプージャのメンタル。

 こんな状態の彼女が、果たしてまともな儀式を行うことが出来るのか。

 目下の問題点であり、根幹的な問題点がここであった。

 マルハチがどんなに慰めようと、1年越しの楽しみが泡沫と消えたプージャの失意はそう簡単に拭えるものではない。

 どうしたものかと場の全員が思い悩み始めたその時だった。


 窮地を救ったのは、軽やかに弾むような愛らしい声の主だった。


「姫様ー♪」


 勢い良く扉が開かれ、ミュシャが講堂に飛び込んできた。

 その小脇に、小柄な魔族の死骸が抱えられているのをその場の誰もが見逃さなかった。


「姫様ー♪ 見てくださーい♪ さっきの姫様が欲しがってたお人形さんですよー♪ ミュシャ、手に入れて持ってきましたよー♪」

 

 どうやらそれは小柄な死骸ではなく、大柄なランラルちゃんフィギュアだったようだ。

 その姿に驚いたプージャだったが、その表情は光が差したように明るく照らし出されていた。


「あの変な格好のおじさん、お金足らなかったみたいでーす! ですから、次にお高いお値段を付けた姫様の物になったんだそうでーす! ミュシャ、居残りしてこのお人形を貰って来ましたよー♪」


 これほどまでに説明口調な台詞もあったものじゃない。ミュシャはニコニコしながら講堂の中を駆けてきた。

 そして転んだ。

 小脇に抱えられていたランラルちゃんは、固い床に強かに打ち付けられて、その手に握られていた剣がポッキリと折られてしまったようだ。

 慌てて駆け寄るフォスター。

 ランラルちゃんの剣を拾い上げ、くっつけてみようとするミュシャ。

 ポッキリと折られたのでポッキリと落ちる剣。

 ミュシャはフォスターの腰からショートソードを抜いてランラルちゃんに握らせてみたが、何を思ったのかやっぱり自分の巨大な金棒を握らせると、気を取り直してプージャの元へと駆け出した。


「いやだったらもう剣無くていいから! それじゃ金棒のストラップみたいになっちゃってるからランラルちゃん!」


 はい。ミュシャのお陰で、プージャ様は元気になりました。



 ―――大龜の中にプージャが一滴の血を垂らした。

 そんなプージャを守るように、傍らにはマルハチ、ミュシャ、ツキカゲが佇んでいた。

 

「マガジャーネスマルドナードエルピオホラパイッチラバイッチマルドナードエンツォペレスエルロコアルフォーンスアガトラームマルドナードエルコネホアスピリクエタアルバレースオルボワルマルドナードエルロコマハートヤーラマームカーム……………」


 それから即座に召喚呪文の詠唱を始めた。

 長い、とても長い詠唱だったが、時間が進むにつれ変化が現れ始めた。


 龜の底に落ちたプージャの血液がまるで微生物のように脈打ち始めると、龜自体が大きく揺れだす。

 ヘキサグラムの文字も、ひとつひとつがまるで生き物のように蠢きはじめる。

 燭台の灯火が火花を散らす。



「…………チマルドナードエンツォペレスエルロコアルフォーンスアガトラームマルドナードエルコネホア!

 出でよ!我が血と契約せし我が同朋よ!」


 プージャの声と共に、燭台の灯火が火柱を上げ、龜から真っ黒い霧が噴き出した。

 それと同時に無数の影が飛び出してくるのが見えた。

 影達はまるで怨霊のように講堂の中をさ迷うと、ひとつ、またひとつとヘキサグラムの文字の上に降り立っていく。

 どれくらいの時間が経っただろう。

 黒い霧が噴き出すのを止めた頃、ヘキサグラムの上には大小様々、大勢の人影が並び立っていた。


 筋骨隆々の武人然とした魔族、破壊神バルモン。

 中性的な容姿をした長身の魔族、黒薔薇の貴公子。

 三つ首を持ち、その全てがむき出しの髑髏になっている魔族、石棺の帝王。

 痩せ細った体躯を全身が氷で包まれた魔族、氷煌ヘレイゾールソン。


 彼らを筆頭に、108にも及ぶ様々な魔族達が、プージャ達の方を向き、整列していたのだ。


「よくぞ参った、往年の魔王達よ」


 その魔王達に向けて、プージャは声を張った。

 

 しばしの沈黙。

 その沈黙の間、プージャは魔王達の顔へと順に視線を巡らせていた。

 彼女の望む、赤毛の少年。

 その姿を見付けることは、とうとう出来なかったことに、プージャは寂しさを感じていた。


「…………か?」


 ぼんやりしていたプージャは虚を突かれた形になってしまった。

 魔王が言葉を発したが、プージャにはよく聞き取れず、耳に手を当て聞き直した。


「え? なんて?」

「貴様か? 我を深淵の底から呼び覚ましたのは?」

「え? あー、そう。そうだ! その質問をされるんだったな。うむ。こほん。

私が汝らを呼び出した。

我が名はプージャ・フォン・マリアベルXIII。

汝らの召喚主である。

だがしかし、私は汝らを束縛するつもりも使役するつもりも毛頭ない」


 プージャは静かに言葉を紡いだ。


「私は、偉大なる汝らにお力添えをお願いしたい。我と共に、我が大志の成就を目指してもらえぬだろうか?」


 プージャは厳かに魔王達に向かって命令を下した。

 この初めの命令こそが、術者との主従関係を結ぶのだ。


 その命令に、魔王達を代表するかのように破壊神バルモンが疑問を口にした。


「そなたの言う、大志、とは?」


 その瞬間、プージャの身体中から魔力が解き放たれた。

 身体を覆うような巨大な甲殻は、独自の肉体を得たかのようにプージャの頭上高くそびえ立っていた。

 4対の大きな鉤爪を持つ腕が肉体の至るところから突きだし、その全てから漆黒の炎が噴き上がっている。

 その禍々しい姿は、さながら古の邪神の如し。


「我が大志はひとつ。

生きとし生ける全ての存在の敵とみなす、神の打倒なり。

そのためには、現世に生きる者の力は無論、過去を生きた汝ら全ての力が必要なのだ。

だからフォローミー! 私について参れ!」


 プージャの声が、講堂中に響き渡った。


 魔王達と、マルハチの視線が絡んだ。

 マルハチだけではない。

 ミュシャとも、ツキカゲとも。

 ヘキサグラムを囲む全ての戦士達の視線がが、魔王達に注がれていた。


 魔王達の意志はひとつとなった。


 石棺の帝王が一歩踏み出し、プージャへと近付いていった。

 プージャもまた邪神を収めると、石棺の帝王へと一歩踏み出した。


 ふたりは向かい合い、石棺の帝王が跪いた。


 差し出されたプージャの手の甲に、石棺の帝王は口づけを捧げたのだった。



 


 ―――その日の夕刻、霊峰マウント・クラーマヤーマの頂上。

 

 世界の天井が開かれた。


 緋逢の樹が昇ってゆく。


 魔王プージャの物語。


 それは、まだまだ続く物語。


 








 へたれ姫~ある日、魔王が現れました。~


 おしまい。

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