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第159話 プージャダンシング!

「おい貴様、知っていて見過ごしてたのか?」

「ええ」

「バカ者が。それでは、もし競り落とせたとしても奴では支払いが出来ないではないか」

「そうだね」


 それでもマルハチは涼しげな表情を崩さなかった。


「そうだね……って、貴様なぁ。おい人間、もし入札が冷やかしだとしたらどうなる? 権利無効程度で済むんだろうな?」


 ツキカゲの問いにディセイアが答えた。


「カタログの規約を読む限り……罰則として、権利無効と今回の競売手数料、それから次回以降の競売が必要となった場合はその手数料も請求されると書いてありますね。平たくいうと、罰金ですね」

「罰金だと!? 金が無いから支払いが出来ないのに、そいつから罰金も取るのか!?」

「そのようで」

「払えないとどうなるんだ?」

「ええと……実はこの入室時の受付で書いたサインですが、連帯保証人のサインなんです。ですので、その連帯保証人が支払いを」

「その保証人は誰なんだ?」

「はぁ、あの……ヤーポン国王陛下になっております」

「なに!? なんでだ!?」

「いや、招待状は国王陛下の紹介で手配したんですが、その紹介時にもそう計らうよう言付かっておりまして」

「ふざけるな! ば、罰金はいくらだ?」

「ええと……そんな高くはないですね。これです」


 手数料のページを開いたカタログがツキカゲに手渡される。確かにそこまでの額ではない。

 

「いや、だが、同盟したての相手に借りを作るのはまずいぞ。しかもこちらの落ち度であれば、対等な関係も崩れかねん。」

「何もそこまで気になさらずとも……」


 ツキカゲの過敏な反応にディセイアは戸惑いを覚えていた。

 だが、魔族の矜持に拘りを持つ者はツキカゲだけではない。やはりそれを良しとしない者は多いだろう。

 魔族側からしてみれば、かなり重大な国際問題と言える事態だった。


「25!」

「にじゅうろく!」


 そんなツキカゲの心配などどこ吹く風。

 プージャには予算いっぱいまで競り合いを止める気などないようだった。


「まずいぞ、マルハチ。プージャを止めろ」


 再びツキカゲがマルハチの耳元に囁きかけた。

 しかし、返ってきたのはニヒルな笑顔だけだった。


「なんだ? その顔は」

「心配には及ばない。()()()()()()()()()()()()()()()。プージャ様からお代をお預かりして、ね」

「…………貴様、元よりそのつもりで秘密裏に資金を用意して来たのか?」


 その返答にツキカゲはまたしても額を押さえた。


「貴様の過保護にはほとほと呆れ返るわ」


 当のマルハチは澄まし顔でプージャの奮闘に見入るだけだった。



「29!」

「さんじゅう!」

「30が出ました! 遂に30です!」


 この頃には、プージャと競り合うのはひとりの恰幅のよい紳士……何故か女性魔法使いっぽい感じの仮装をしているが……のみとなっていた。


「31!」


 魔女っ子紳士の口から、遂に31がコールされた。

 プージャは戸惑った。

 プージャの軍資金は金貨32枚。

 次が最後のコールになる。

 もしこれであの紳士が、あの魔女っ子みたいなバカみたいな格好したあの紳士が、33をコールしたとしたら……

 だが言うしかない。

 プージャは言うしかない。

 言わなければ、ランラルちゃんは手に入らないのだ。

 言うしかないのだ!


「さんじゅう……」


 プージャが14番の札を高々と掲げた。


「にぃぃぃ!!!」


 静まり返った会場中が、固唾を飲んでその姿を瞠目していた。



「32です! 32が出ました!」


 それでも更に煽る司会者。

 プージャは魔女っ子紳士へと視線を向けることはしなかった。

 魔事は尽くした。後は天命を待つのみ。

 プージャは祈った。

 生まれてこのかたここまで真剣に祈ったことはないかもしれないくらいに祈った。

 プージャの中の時は今、無限にも長く感じられていた。


「33!」


 プージャの祈りを嘲笑うかのように、無情なるコールが会場を引き裂いた。

 終わった。

 全てが終わった。

 プージャは天井を仰いだ。

 天井からは、どうやって貼り付けたのか、巨大なポスターの中でランラルちゃんがこちらを見つめていた。

 

(ランラルちゃん……)


 プージャは目を閉じた。


「33です! 33でございます! さぁ、34はございませんか!? 34は出ませんか!?」


 追い討ちを掛けるように司会者ががなり立てる。

 しかし、どんなに煽られようとも、プージャにはもう先立つものがないのだ。

 もはや打つ手なしなのだ。

 プージャは、絶望に打ちひしがれた。


「宜しいですね!? もう、34はございませんね!?」


 司会者による、死刑宣告が告げられようとしている。

 また今年もダメだったと、肩を落としたプージャの耳に、聞き慣れた声が届いてきた。


「姫様ー♪」


 振り返ると、ミュシャが能天気に手を振っている。勿論、会場に散らばっていた係員のひとりに注意されていた。

 だがプージャが注目したのはミュシャではなかった。

 その隣。

 強い眼光でこちらを見つめるマルハチと視線が絡んだ。


 マルハチは、プージャに向けて頷いて見せるだけだった。


 たったそれだけだったが、プージャの心に希望の光が差し込んだ。


 マルハチから許可が出たのだ。

 これは借金だ。

 お(あし)が出た分はマルハチから借りる形になる。

 本来のマルハチであれば、そんな恥ずかしい行為を許すはずがない。

 だが、許された。

 マルハチもまた、プージャの気持ちを汲み取ってくれたということだ。

 プージャの気持ちに力がみなぎる。やる気が満ち溢れる。

 勝つまで、やる!やっていいんだ!


「さんじゅうよぉーん!!」


 希望に満ち溢れたプージャのコールが、会場に響き渡った。



 ―――それからどれだけの時間が経ったのだろうか。


「さ、38ぃ!」

「さんじゅうきゅう!」


 魔女っ子紳士のコールのペースは明らかに鈍っていた。

 プージャは知る由もないが、既に金貨390枚相当の入札が行われているのだ。

 魔王と違い、民間人であろう紳士の財力では、躊躇するのも当たり前な額に到達している。

 彼が長考する時間は徐々に長くなった来ていた。


「よ…………! よ…………!」


 何度も掛け声を飲み込み、この先の領域に踏み込むべきなのか、紳士は大きな選択を迫られているようだった。


「よ! よん! よ……! よおぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 紳士が奇声を上げた。

 もう限界だ。

 会場の誰もがそう思った。


 プージャが勝利を確信した、その瞬間だった。



「姫殿下!」


 オークション会場の扉が勢い良く開け放たれた。

 一斉に視線が集まったその先にあったのは、短髪をオールバックに撫で付けた眼鏡のトロール族。執事室次席であるアイゼンの姿だった。


「すぐに緋逢の樹にお戻り下さいませ!」


 ぶっぱなされたその一言に、プージャは、プージャだけではない、マルハチも驚きを隠せなかった。


「アイゼン!?」


 思わずその名を呼びながら、マルハチが立ち上がった。


「一体どうした!?」


 マルハチの問い掛けに、アイゼンは眼鏡のツルを押し上げると、レンズを光らせながら言った。


「予定よりも早く波長が合い始めました。今すぐご帰還頂き、召喚の儀を執り行って頂きたく存じます」

「そんな、バカな!? 夕刻の予定だったはずだぞ!? まだ昼下がりじゃないか!」

「ですので、早まったと申し上げたではありませんか」


 取り乱す上司に対し、冷たく言い放つ次長。

 あまりにも横暴極まりないが、アイゼンが嘘をつくような男でないことをマルハチはよく知っている。


「い、今すぐじゃないと駄目なのか?」

「時は一刻を争うと、ソーサラー軍団のメンサー団長が申しております」


 少しでも時間を取れないかと食い下がるマルハチに、ほぼ被せ気味に現状を報告してくる。

 終わった。

 マルハチは観念せざるを得なかった。


「プージャ様……帰りましょう」


 その無情なる提案を、プージャがすぐに飲めるはずもない。


「え? え? でも、でも、もうすぐ競り落とせるかもしんないんだよ? もう少し、もう少しだけさ……」

「駄目です」


 君主であるプージャにも被せ気味のアイゼン。こうなってはもう抵抗するだけ無駄なのを、プージャも経験則から理解していた。

 だがしかし、だがしかし!

 どうしても引けない。

 ここまで頑張ったのだから、どうしても、どうしても引けないのだ。


「あと少し……」

「駄目です」


 アイゼンがぶった切ったと同時だった。


「40!」


 紳士は戦いにおける好機は逃さない男だっのだ。魔女っ子紳士が声高々に番号札を掲げた。


 今度こそ終わった。


 マルハチが、ツキカゲが、ミュシャですらそれを悟った。


「ディセイア。入札権限は参加者のみだね?」

「はい」

「もし仮に、代わりの者を残していっても、権限は無いんだね?」

「はい」

「そうか……」


 マルハチは溜め息をつくと、ミュシャに耳打ちをした。

 ミュシャも浮かない顔ではあったが致し方ないのは分かっている。一瞬で消え失せると、次の瞬間にはプージャの体を担ぎ上げ、元いた席に舞い戻っていた。


「姫様、すみません♪」

「え!? ここは!? え!?」


 あまりの速度に何が起きたのか理解出来ず、プージャは戸惑いの声を上げるばかり。


「プージャ様。戻りましょう」

 

 傍らで持ち上げられジタバタするプージャに、マルハチは苦渋の決断を宣告したのだった。


「のおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 魔王一行が去った会場には、遠くから聞こえるプージャの泣き声が、残滓の如く残されるだけだった。



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