第13話 プージャライジング!
石棺の帝王の髑髏首がふたつ、長槍の先に高々と掲げられた。
魔王の崩御を知った直属のアンデッド達の動きは、ピタリと止まった。
彼らは召喚者である石棺の帝王と契約を交わした者達だ。
主を失った以上、彼らに戦う意味はなくなったのだ。
5万の軍勢は瞬く間に崩れ落ちた。
プージャの立案した作戦が功を奏し、ル・タラウス戦役は多大な犠牲を出す前に終決を迎えた。
それはマリアベル軍のみに留まらず、石棺の帝王軍も同様だった。
大量のアンデッド達が、ル・タラウス砦の前に広がる平原に、身動きすら取らずに留まっていた。
ル・タラウス戦役の戦場となった平原から少し離れた山中。
その獣道を、体を引きずるように歩く人影があった。
いくばくかの兵を伴い、戦場から脱出に成功した、石棺の帝王だった。
錫杖に体を預け、息も絶え絶え、険しい道を進んでいた。
法衣はボロボロに引き裂かれ、中から禍々しい白骨の体が見え隠れしている。
ミュシャにはねられた三つ首はなんとか再生を果たし、ギリギリではあるものの生命を繋ぎ止めていた。
「魔王様。こちらです。」
一体の小さなスケルトンナイトが、石棺の帝王を支えるように導いていた。
(城に、城に帰り着きさえすれば……)
アンデッド族独特の高い生命力。
そして、彼に与えられた3つ目の特別が、彼を生かしていた。
(残った魂はひとつ。しかし、次は同じ過ちは繰り返さぬ。)
彼の生命は首の数と同じだけ存在していた。
その最後のひとつが彼には残されていた。
城に帰り着けば、再び蘇生の秘術を用い、軍勢を再建出来る。
今度はもっと強固な軍勢を作り上げる。
そして今一度、マリアベルに攻め入るのだ。
同じ轍は踏まぬ。
今度はもっと時間を掛け、奴らが抗えぬほどの策を練り、そして完膚なきまでに叩きのめすのだ。
必ずや、叩きのめすのだ。
魔王は復讐に燃えていた。
(そのためには、まずは城へ。)
山頂はもう目の前だった。
その前を、遮る者があった。
黒い小さな馬、いや、馬と言うにはあまりにも小さい。
漆黒のポニーに跨がった者が、山頂から魔王を見下ろして佇んでいた。
「貴様は……」
石棺の帝王は3つの顔を上げた。
スケルトンナイトが剣の束に手を掛けた。
「待ってたよ。」
ポニー上の黒衣に身を包んだ女が、声を発した。
「マリアベルXIII世。」
石棺の帝王は歯噛みした。
「何故、」
「必ずここを通ると思ったんだ。」
髑髏から漏れ出た言葉を遮って、プージャが言った。
「貴様、」
「礼を言いに、ね。」
再度、言葉を遮った。
本来ならば、これ程までに横柄な態度を取られることは、魔王として、いや、彼自身としての自尊心が許すわけがない。
しかしプージャの発した言葉への興味が、その怒りを押し留めた。
「礼、だと?」
石棺の帝王は、共のスケルトンナイトから手を離すと、力強く自立した。
到底ひとりで立てるはずもない。
そんな状態で立ち上がった君主の意思を察し、スケルトンナイトは一歩身を引いた。
「あんたのお陰で、私は現実を思い知ることが出来たんだ。感謝の言葉を伝えにきた。」
プージャが凛とした声で言った。
「何かと思えば、偶然の勝利で余を見下すか。おめでたい女よ。」
「偶然?偶然なら、あんたもどれ程気が楽だっただろうね。」
「ほう。必然とでも言いたいのか?ますますおめでたい。貴様の何が、そこまでの自信を抱かせるのだ。」
プージャの意図は分かりきっていた。
ここで自分を殺す。
それ以外の目的などあるわけがない。
石棺の帝王はプージャを挑発し、この窮地を切り抜ける策を講じる時間を稼ぐことに全力を注いでいた。
「例え今、ここから逃げ出せたとして。
あんたは二度と私には勝てないよ。」
しかし、この比較的ばばあは不遜にも、逆に自分を挑発しに掛かってきた。
この誘いに乗るのは愚の骨頂。
ここは挑発を逆に利用するのだ。
それがこの局面を乗り切る為に見える一筋の光明だった。
煮えたぎるはらわたを抑え込みながら、石棺の帝王は問い掛けた。
「何を根拠に?」
「初手で勝敗は決まっていたんだ。私があんたの戦術眼を奪い取ったその時点で。」
石棺の帝王は、問い掛けたことを心の底から後悔した。
「あんたはもうまともに軍勢を指揮することは出来ない。そしてあんたの力じゃサシの勝負でも私には勝てない。」
薄々は勘づいていた事実を、はっきりと聞かされるはめになったことに。
「やはり、」
黒い火球を喰らった際に感じた違和感。
自分の中の何かが失われた気がした。
そして、何も考えられなくなった。
迫り来る敵を前にして、巧く立ち回れない自分がいた。
「そうか。」
石棺の帝王は落胆を隠さなかった。
もはや駆け引きは不要だった。
いや、そもそも駆け引きなどは無かったのだ。
既に自分は敗北者だったのだ。
認めたくは無かった。
しかしはっきりと聞かされたことで、何故か心の闇が晴れたような気がしていた。
と同時に大いなる悲しみが襲ってきた。
生まれた時から決まっていたのだ。
アンデッドという種族に生まれた時から。
父も母も、魔血種族と呼ばれるソーサラー族やギガース族に支配されてきた。
ただただ道具のように扱われ、そして命を落とした。
石棺の帝王は両親を愛していた。
だからこそ、両親の名誉の為に、そして自身の名誉の為に、己を高めることに全霊を尽くして生きてきたのだ。
そしてようやく、己の力のみで頂点へと登り詰めたのだ。
それがどうだ。
何てことはない。
結局は、自分には何も残らなかった。
自分の得たものは、この女によって奪われた。
両親の命のように、いともたやすく奪われたのだ。
「余は、」
石棺の帝王が、ゆっくりと口を開いた。
「余は己の出自を呪う。貴様らのような、生まれに恵まれただけの屑共に、奪われるばかりの、余の運命を呪うぞ。」
これが本当の気持ちだった。
抗いようのない事実を受け入れるしかなかった。
どれだけ覆そうと足掻いたところで、結局は残されたのは虚しさだけ。
空虚な人生であった。
「石棺の帝王。私はあんたを尊敬するよ。」
そのプージャの言葉が、石棺の帝王の心に追い討ちをかけた。
「貴様ら!揃いも揃って愚弄するか!」
どれだけ馬鹿にすれば気が済むのだ。
自分は、たかだか使用人に敗北を喫した。
それも遊び半分で挑んできたような、無礼な使用人相手にだ。
だが使用人と言えど、人狼とサキュバス。
自身より遥かに高位な種族に違いは無い。
それだけでも大変な屈辱だった。
それなのに、それなのに、この期に及んで、この女は敗者である自分を尊敬すると?
「愚弄なんてしない。本心だよ。あんたは凄い。種族の壁を超え、魔界最強の王になったんだから。私は、あんたを心から尊敬する。」
「貴様、それが本心だとするならば、その言葉がどれだけ余を苦しめるのか分かっているのか!?」
石棺の帝王は遂に声を荒げた。
もはや、感情を圧し殺すことは出来なくなっていた。
すかさず護衛のスケルトンナイトが剣を抜いた。
「貴様のような、貴様のような、名家と謳われる家に生まれた、生まれついて力を約束されたような、貴様のような、貴様のような上級魔族に何が分かると言うのだ!」
プージャが首を振った。
微笑みをたたえ、実に優しげな眼差しで、石棺の帝王を見詰めながら、首を振った。
「教えてあげようか?マリアベルが何なのか。」
その声は、慈愛に満ち溢れていた。
「マリアベルは確かに魔界の名家と言われてる。だけど、
マリアベルは、ゴブリンだよ。」
石棺の帝王の時間が止まった。
何も考えられず、言葉すら発せられなかった。
長い沈黙が彼らを支配していた。
「嘘を……つくな。」
ようやく言葉を絞り出したのは、石棺の帝王だった。
プージャは微笑んだまま無言で兜を取ると、ゆっくりと美しい黒髪をほどいた。
いつも団子を結っている頭頂部の辺り。
小さな角が見え隠れしていた。
その貧弱で不細工な小さな角こそが、最下層の種族であるゴブリンである証だった。
「ふは……ふはは……ふははは。ふははは!ふははは!!」
石棺の帝王が笑い声を上げた。
何も入っていない眼孔から涙を流しながら。
「そうか!そうだったのか!」
ああ。
愚かだったのは、自分であった。
この家系がどんな道を歩んできたかなどは知る由も無い。
むしろ、目を逸らし、知ろうとすらしなかった。
しかし分かる。
この家系がどれ程の茨の道を歩んできたのか。
痛いほど分かる。
まさかこんな、こんな家柄があろうとは。
誰もが知り、誰もが尊ぶ魔界の名家が、
まさか、誰もに蔑まれ、誰にも知られず死んでいく、最下層の種族だったとは。
(余は、悲劇の主人公に酔いしれるだけの、ただの道化であった。)
「良かろう!プージャ・フォン・マリアベルXIII!」
錫杖を力強く大地に突き立て直し、石棺の帝王が胸を張った。
「この命、貴様にくれてやろう!だがしかし!」
プージャがゆっくりとポニーから降りた。
「我が名は石棺の帝王!魔王の中の魔王ぞ!」
錫杖を掲げると、真っ直ぐにプージャに向けた。
それに応えるように、プージャもゆっくりと、垂らした掌を開いた。
「正々堂々と、貴様に勝負を挑む!討ち取ってみよ!」
錫杖を大きく頭上に掲げた。
その瞬間、石棺の帝王の全身を真っ黒い炎が包み込んだ。
「ありがとう。石棺の帝王。」
プージャが静かに呟いた。
「このスケルトンナイトは余の初めての下僕。(礼を言うのはこっちだ。)この者に、我が生命の一部を移した。この者を配下におけば、我が軍勢も貴様の配下となろう。使うが良い。(貴女のお陰で、余は、救われた。)」
燃え盛る炎は、石棺の帝王を炭クズになるまで燃やし尽くしていく。
崩れ落ちる石棺の帝王を最期まで見届けながら、プージャはその場に佇んだままだった。
朽ち果てていく、最後の髑髏が消えてなくなる時、もう一度呟いた。
「ありがとう。」
プージャは再びポニーに跨がろうとした。
だが、上手く飛び乗れない。
普段が普段だけに、運動不足すぎて思うように足が上がらなかった。
四苦八苦しているプージャの尻を押す者があった。
「やだ、スケベ!誰よ、おねーさんのお尻触ったのは!」
カタカタカタカタ……
振り返ると、スケルトンナイトが一生懸命に大きな尻を押し上げていた。
「むむ!これは失敬!助けてくれたんか。」
なんとかポニーに跨がると、プージャは威厳に満ち溢れた声で言った。
「宜しく頼むぞ。ええっと、何て呼べばいい?」
カタカタと顎を鳴らしながら、スケルトンナイトは必死に口を動かしていた。
「……く……ろ………え………」
「ん?なんて?」
耳に手を当てながら、プージャは聞き返した。
「ク、ロ、エ。」
「おお、クロエか。うむ、上手く喋れるようになったではないか。宜しく頼むぞ!」
「よろ、しく。ば、ば、あ。」
プージャがクロエの頬をひっぱたくと、クロエの頭蓋骨は脊椎の上でくるくると回っていた。
くるくると回りながら、けらけらと笑っているようにも見えた。
表情は分からないが、プージャには穏やかな顔で笑ってるように見えた。
「よし!参るぞ!なんか君らんとこの兵隊が全然動かなくて、マルハチ達が困ってるらしいかんね。ちゃんと指示出しておくれよ?」
「わ、かっ、た。ば、ば、あ。」
「絶対にお前の方が長生きしてっからな!白骨死体め!」
ポニーの手綱を握り締め、プージャと新たなる仲間達は帰路についたのだった。
颯爽とポニーに乗ってる魔王様、好き。
補完的に。
クロエは石棺の帝王やアンデッド仲間とは、そっち方面の言語で話してます。
プージャ達と話す時は上手く発音出来てません。




