第151話 へたれ同士
「前に、マルハチさんには教えたんだ。当然、海子ちゃんも知ってるし、きっとツキカゲさんも聞いてたはず。
この世界は、神が創った幾つもの連続する世界のうちのひとつなんだ。
神はさ、世界を創るのが好きなんだ。だからいっぱい創るのさ。そうだね、趣味みたいなもんかな。
でさ、オイラは、知ってるよね? 神の溢した涙の一粒。己の中に在る悪に気付いた神が、洗い流そうと溢した涙の、一粒。神はさ、オイラを、要らないものとして流したんだ。この世界の隅っこの方にさ。
それ以来、オイラはこの世界と共に存在し続けてきた。
分かるかい? この苦しみ
要らないものとして、切り捨てられ、それでも生き続けなければならない、この苦しみが。
オイラには何の価値もないのさ。だってそうだろう? 不要なものなんだから。
だから、オイラは誓ったんだ。
いつか神に復讐してやるって。
いつか、オイラを不要だと棄てたことを後悔させてやるんだって。
神が大切に創った趣味みたいなこの世界を……ぶっ壊してやるのさ。
あいつの大切な物を、ぶっ壊して、それで、この世界が終わったら、海子ちゃんの世界へ行って、そこもぶっ壊して、そしたら次へ。
オイラはさ、神の鼻を明かしてやるんだ!
お前が棄てた、ゴミみたいなこのオイラが、お前の大切な物をぶっ壊してやったぞって!
あいつの前で、笑ってやるんだ!
だからオイラは集めたんだ。
あいつの世界を壊せるくらいに強い力が生まれてくるまで、待って、待って、待って、そしてついに見付けて、それから集めた。
長かったよ。
気が遠くなるほどにね。
だけど、集まった。
オイラが知る限り、世界を壊すに価する、最高の力さ。
プージャ様。
集めてくれたのは、貴女。
そして、貴女から頂いたこの力を使って、オイラは世界を破壊する。
それがオイラの野望さ」
「世界を……破壊する……?」
その片棒を担がされていた。
私が?
生きるために必死だった。
この戦乱の世。
私だけじゃない。
それは誰もがそうだ。
「それは……ひょっとして……」
「……」
「まさか、お前が?」
「…………」
「お前がこの世を乱してきたのか? その、世界を破壊する力とやらを生み出すために?」
「……………」
「お前が、お前が私達が争うように仕向けてきたのか!?」
全ての辻褄が合った。
魔界とは、魔族とは、何故、争いの絶えない存在であるのか。
総てはこの、目の前にいる、小さな子供の癇癪に過ぎない、駄々をこねているに過ぎない、この、子供のつまらない野望とやらの、ほんの小さな一端に過ぎないだなんて。
それは後悔。
聞かなければ良かった。
私の行為が世界を壊す。
それは憤怒。
聞きたくはなかった。
私の行為が世界を裏切る。
それは悲哀。
聞くべきではなかった。
私の行為が世界を否定する。
総ては、この子供の、掌の上の玩具だった。
「ダクリ」
プージャは息を吐いた。
深く、大きく息を吐いた。
それは、大きな大きな、溜め息に他ならなかった。
「プージャ様、呆れてる?」
ダクリが頬を掻いた。
「呆れるよ。呆れる。そりゃーもう呆れるよ」
動かなかった体が動いた。
きっと、全ての力が失われ、体に掛かったロックとかいうやつが外れたんだろう。
プージャは冷たい床に手を突いた。
「まさか、ここへ来て、私の、いいや、私達全員の、何万年と紡がれてきた魔族の全てがさ、否定されるなんて、思いもよらなかったよ」
「怒ってる?」
「怒る……そりゃ怒るわさ。怒ってるし、悲しいし、ガッカリしてるしさ……でもさ……でもさ……」
膝を突いた。
体が重い。
別に太ってなんかいないんだからね。
でも体が重いよ。
なんだろう。
辛いとき、悲しいとき、こうなるよね。
でもさ、
そんなことよりもさ、
今、私はこう思うんだ。
不思議だよね。
「なんで言ってくんなかったのさ?」
私はようやく立ち上がった。
ダクリの前に、立ち上がれたんだ。
「言って? ごめんなさい。意味が……分からないんだ……」
「言ってくれたらさ……そりゃ力になんてなれないかもしんないけどさ……でもさ、お前の話を聞いてやるくらい、出来たかもしんないじゃんさ!」
私は叫んだ。
喉が張り裂けるくらい。
「目の前で困ってる、お前みたいなへたれをさ! 呆れて抱っこしてやるくらいはさ! 出来たかもしんないじゃんさ!」
私は叫んだのです。
「だって私は、お前と同じへたれだから!!」
ダクリの顔から表情が消えた。
もはや何を考えているのか、思っているのか、感じているのか、分かりはしない。
分かるのはただひとつ。
ダクリの体から、ドス黒くて真っ赤な魔力が噴き出したことのみ。
「もう、手遅れ?」
私は尋ねた。
ダクリは首を縦に振るだけだった。
そしたら、私も心を決めるしかなかった。
やる!
ダクリの体を、黒の衝動が包んだ。
全身を棘と角で覆われた甲殻を纏い、更に体の至るところから大きな鉤爪の生えた無数の腕が生えている。
その腕には、黒の炎がオーラのように纏わりついている。
次の瞬間。
私のどてっ腹は、よく見知った愛着のある力達によって、ものっそい勢いでグッサリと貫かれていたのでした。