第150話 後悔した。
「あはははは! あはははは! あっはははは! いいぞ! 本当にいいぞ! 」
ミュシャの放った究極の一撃、【花鳥風月六道輪廻パチ】。
長い名前とは裏腹に、全力で放ったただのパンチに過ぎないその奥義が、破壊神バルモンを打ち倒した。
時計塔の壁に映し出されたその幻影を前に、ダクリは腹を抱えて笑っていた。
「最高! 海子ちゃんは本当に最高だ! まさかガチンコで破壊神を倒すなんて! やっぱり君を選んで正解だったよ!」
冷たい床に頬を付け、プージャはそんなダクリを眺めることしか出来なかった。
幻影が移り変わり、壁を埋め尽くしたのは石棺の帝王の顔だった。
ほんの僅かに残ったスケルトンやゾンビに囲まれ、最後の抵抗を続けていた。
そんな彼らの周囲には、クロエを筆頭としたマリアベルの精鋭達。
皆、激戦を物語るように疲弊し、傷ついている。それでも石棺の帝王との決着をつけるべく、集っていた。
それはまた、石棺の帝王も同様だった。
彼の三つ首は既にふたつ失われ、最後のひとつになり、しかし尚、彼の戦意は失われていないように見えた。
「…………」
その瞬間、ダクリはプージャの顔を一瞥した。
石棺の帝王に見入っていたプージャはそのことには気付いていなかった。
そこで幻影は途切れた。
代わって映し出されたのは、再びロンドンの街。
石造りの街並みが根こそぎ剥ぎ取られ、廃墟と化したその戦場は、ひと目見てマルハチのものだと気付かされた。
「へぇ……驚いた」
ダクリが声を上げた。
そこに映し出されているのは、見たこともない異形の者。
まるで翼のように、背中から鋭い鉤爪を持った二本の巨大な腕を生やし、全身を黒い角や棘で埋め尽くされた甲殻で覆われていたのは、黒薔薇の貴公子だった。
「あれが最終形態か。そう言えば、プージャ様も片鱗を見せたよね。結局、使いこなせはしなかったみたいだけど」
そう、あれは初めてプージャがダクリを捕らえた時のことだった。
プージャの伸ばした腕からは、今目の前に展開されているあの巨大な腕が、確かに顕現していた。
「貴女が黒の衝動と呼んでいるあの能力、元々は彼の中に住まう多重人格のひとつらしいね。彼の人格のひとつ故に、彼以外の者ではあそこまで引き出すことは不可能なようだけど」
幻影の中のマルハチが地を蹴った。
その姿にプージャは目を見張った。
「マルハチさんもまた、最終形態か」
全身を銀色の毛並みに覆われた、銀狼の姿……ではない。いや、銀狼ではあるがヒューマノイドだ。
背中にはドラゴン族の羽根を生やし、全身は白銀の毛並みに覆われ、しかし、その顔はマルハチそのもの。
ワーウルフ型とでも言うべきなのだろうか。
未だかつての魔界ではおよそ存在しなかったであろう、唯一無二の姿がそこにはあった。
「彼もまた、独自の進化を辿る者、か。面白いよ、本当に。貴女達は」
ダクリが呟いたその時だった。
幻影の中のマルハチが動いた。
黒薔薇の貴公子も動いた。
互いに距離を詰め、ぶつかり合った。
眩い限りの光が満ち溢れ、それ以上ふたりの姿を捉えることは出来なかった。
一瞬の閃光が、その輝きを失った後、残されていたのは、天を仰ぐマルハチの大きな背中だった。
「これで終わりだね……プージャ様」
そんなマルハチの背中を背景に、ダクリは佇み、プージャを見下ろしていた。
「4つの力、しかと貰い受けましたよ。」
不思議だったのは、そのダクリの紅い瞳からは、何の感情も読み取れないことだった。
「ねぇ……ダクリ……」
プージャはゆっくりと口を開いた。
「ダクリは一体……何がしたいの?」
「オイラの野望のことかい?」
「そうだよ。その野望って……何?」
ダクリは両腕を大きく広げた。
「もちろん! 世界征服!」
「うそ」
だが、プージャは信じなかった。
「嘘? どうして?」
ダクリはゆっくりと腕を降ろすだけだった。
「もし本当にただの世界征服が野望なら、なんでこんなにまどろっこしい真似を? ミュシャを転生させたのもそう。氷煌を征伐する手助けしたのもそう。あの時、白狼ガルダから私を助けたのも……そう。一体、何をしている? 何を求めている? 一体、お前は、何をしたい?」
一体、何をしたい?
その質問は、私に向けてだ。
私は何にすがろうとしているのか。
それを聞いてどうしたいのか。
一体、何をしたい?
その答えを、他ならぬダクリに求める愚かさに、私は私に絶望を感じていたんだ。
「プージャ様は本当に聡明だね。オイラ、憐れすぎて涙が出てくるよ。いいよ! じゃあ、オイラが教えてあげるよ。本当のことをさ。だけど…………聞かなければ良かったって、後悔しないでね」
そうして、ダクリの口から真実が紡ぎ出された。
無論、私は後悔した。
聞かなければ良かったって。