第146話 破壊神バルモンリターンズ!
悪鬼が携える如し凶つなる金棒と、羅刹が携える如し禍なる大太刀はぶつかり合い、その夜、天は割れた。
それは比喩だ。
が、しかし。
事実として、激突しあったふたりの力は行き場を失うと、暗闇を切り裂きながら夜空へと駆け上がって行った。
誰の目から見ても、空は割れたようにしか見えなかった。
「わぁ! やっぱり凄いですね♪」
互いの力の反発に弾かれながら、ミュシャは空中を泳ぎながら間合いを取った。
彼女の世界で言うところの新体操選手が魅せる演技のように、ミュシャの小さな体はクルクルと回転し、公園の芝生へと着地した。
「ほぅ。そなた、我を存じておるのか」
ミュシャを弾き飛ばすも、自身は微動だにせず、破壊神バルモンはその場に留まっていた。
太刀を翻し破壊の炎を収めると、バルモンは高揚を隠さぬ声でそう言った。
「はい♪ バルモンさんは有名人ですから♪」
片膝を突き、水平に持ち上げた金棒を真っ直ぐに構えたまま、ミュシャは笑っていた。
「それは光栄だ」
破壊神バルモンは、ミュシャを知らない。
神の涙や他の魔王より、プージャの率いる精鋭部隊の情報こそ聞かされていた。
だがそれはあくまでも情報に過ぎない。
魔王の如し強さを誇る、元人間のサキュバスで、元刺客のメイドで、元学生のド天然少女。
そんな情報をいくら仕入れたところで、バルモンにはミュシャ某の実態など理解出来ようはずもない。
だからこそ、破壊神バルモンは歯を剥き出しにして笑みを浮かべたのだ。
この少女の金棒による一撃を受け止めた右腕が、強かに痺れている。
それだけで、目の前に立ち塞がったこのミュシャという名の愛らしい少女が、己が未だかつて出会ったことのないほどの、強力無比、魔界無双の強敵だという自己紹介に足るものだった。
「バルモンさん!」
ミュシャの声が遅れて聞こえた。
聞こえた時には、既に目の前に迫っていた。
大きく金棒を振りかぶって。
「なんだ?」
バルモンは太刀を振るうと、金棒の勢いを削ぐべく、全力を籠めて斬り上げた。
「ミュシャは強いですよ!」
再び、破壊の力が公園の闇を祓った。
同時に衝撃波が生み出され、周囲の下草や植樹が大きく薙ぎ払われた。
「我も強いぞ」
大太刀の柄から禍々しく練り上げられた異様なまでの闘気が、魔力がひしひしと伝わってくる。
それはミュシャも同じだった。
少しでも力を緩めれば、遥か彼方まで放り出されるほどの凶悪な力を感じる。
自重の軽いミュシャには不利な体勢。
それでもこの娘の力は破壊神を押し潰さんとしていた。
そしてふたりは弾けるように吹き飛ばされた。
互いに距離を取り着地する。
刹那、ふたりは地を蹴って間合いを詰めた。
瞬きすら許さぬ次の瞬間に、魔界最強のメイドと史上最強の魔王は相見えた。
やはり刹那。
互いに地に足を着け、互いの間合いはおよそ5メートル。
その間合いを互いに侵食し合い、必殺に等しい一撃を繰り出し合う。
刹那に撃ち合った手数は実にふた桁に及んだ。
その度に、周囲を薙ぎ払う衝撃波だけが激しく弾けた。
ふたりが撃ち合いを終え、互いに間合いを取り合った後に、だが。
自身とその強敵が生み出した衝撃波がミュシャの髪をたなびかせた。
同時に、左頬、左前腕、左腿、右脇腹に微かな温もりを感じた。
目視せずとも分かった。
傷は浅い。
掠っただけだ。
そして、恐らくは破壊の炎により傷口は焼かれ、既に止血は済んでいる。
片やバルモンは……
ミュシャの感覚では数撃、手応えはあった。
金棒の切っ先だけだが、それでも確かに触れた。
彼女の金棒が触れたなら、それは本来、一撃必殺。並の魔族であれば、微かに触れた切っ先から流れ込む圧倒的な圧力に耐えきれず、傷口の周囲が爆散してもおかしくない。
が、バルモンにはそんな様子は見受けられない。
「恐ろしい娘よ。序盤から仕留めに掛かるとはな」
バルモンが笑った。
左右の腕の付け根、肘の内側、脇腹、膝の裏。
数ヵ所にも及ぶプレートアーマーに付けられた陥没を撫でながら、バルモンは笑っていた。
ミュシャが狙ったのはプレートアーマーの隙間。すなわち間接。
本気で動きを拘束するつもりで刈り取りに行った結果、バルモンにその全てを逸らされた。
ギリギリのところでプレートアーマーで防ぎきられ、ミュシャの狙いは成就することはなかった。
情けを掛けられた分を加味し、初手の攻防はミュシャの完敗と言えた。