第145話 はじめから
「え?」
プージャは、声を漏らすことが精一杯だった。
「あれ? 意外だった? ふふ。確か貴女はガルダ島で歴史の真実に触れたんでしたね。なら教えても問題ないか。」
ダクリが満面の笑みを浮かべて言った。
「オイラに破れたヴェルキオンネに魔界の統治を任せたのはオイラ。そのヴェルキオンネの血が暴走し、役に立たなくなった時、それを破らせるためにこの【特別】な力をアースラに授けたのも、またオイラ。それだけの話なんですよね」
「え?」
ダクリからの思わぬ発言を耳にし、発するべきプージャは言葉を失っていた。
「あれあれ? ひょっとしてプージャ様、自分の力がマリアベルにだけ許された、とても崇高なものだとか勘違いしちゃってました?」
「…………」
「ふふふ。そんな訳ないじゃない。アースラもそうだし、貴女だってそう。」
「…………」
「ただのゴブリン族じゃないですか。ただのゴブリン族に、そんな【特別】なんて、ないよ?」
「…………」
「ごめんなさい。実は、さっきの、嘘なんだ。貴女が厄介ってやつね?」
ダクリの笑みが狂気を帯びるのが分かった。
「ほんと言うとね、始めからこうなるようにしてたんだ。貴女に、過去の色んな魔王の力を集めさせて、それをオイラが総取りしちゃおうってさ、考えてたんだ。だからさ、貴女に力を授けたの。能力を奪う力だけじゃないよ? 魔王召喚を思い付くように誘導したのもオイラ。貴女が召喚の術を目にした時、そう思い付くように、暗示を掛けておいたのさ」
「……はじめ……から?……うそ」
ダクリの言葉を、プージャは信じることが出来なかった。
「ごめんなさい。でも今度は嘘じゃないよ? プージャ様さ、オイラのこと、自分が召喚した魔王だと思っていた? 違うよ。オイラは神の涙。最古の魔王にして、神の半身。オイラは悠久の時を生きる者。オイラはね、ずっとずっと存在し続けているのさ。それこそ、いつの頃からももう分からない、ずっとずっと昔からね」
「…………」
「ショックだった? あ、でも貴女には少し感謝してる。だって、こんな強い能力を4つも引っ提げてオイラの元に戻ってきてくれたんだから。多分、魔族が持てる能力の中でも最高に近い4つだよ? それを1度に全部ゲットできちゃうんだ。面倒な戦闘もなしでね。うん。ちょっとは感謝するよ、そりゃね」
しかし、信じる他、なかった。
何を言うべきか、言い返すべきか。
プージャには分からなかった。
心の奥にあるのは、得体の知れない黒い塊だけ。
様々な黒い塊が心の隅から隅まで駆け巡った。
やる気が出た。
自信を持てた。
自分を好きになれそうだった。
皆の役に立てるかもって思った。
何の取り柄もない、どうしようもない、ただのへたれな、魔王の娘というだけで、姫というだけで、何の役にも立たない、本当に何も持たなかったへたれ姫だった自分が、
皆の役に立てるかもって。
その彼女の希望は今、無惨にも散った。
「泣かないで、プージャ様。貴女は本当に良くやってくれたよ。」
腰を落としていた階段から、ダクリは立ち上がった。
そして一歩、再びプージャへと近付いた。
「オイラにはね、野望があるんだ。貴女はその糧になるんだ。」
―――壁に映し出された幻像に、クロエの顔が浮かび上がった。
馬に乗り、剣を掲げ、必死に軍勢を鼓舞している。
それに応えるように、エッダが、ジョハンナが、アイゼンが。
ペラが、フォスターが、ゴルウッドが、ナギが、ララが、アイネが。
ライリーが、メンサーが、アバラハンが、ミズマキが、ライケイが。
そして、石棺の帝王が。
総勢、50万にも及ぶ魔族達が入り乱れ、互いに命を削り合っている。
全員が、それこそ必死に。
きっと、クロエが勝つだろう。
一騎あたりの力もそうだが、既に軍略においてもクロエが大勢を占めている。
きっともうじき、石棺の帝王の知略も失われるだろう。
―――マルハチと黒薔薇の貴公子の結末は……まだ分からない。
―――そして、映し出されたのは、再び、
「ミュシャ」
プージャがその名を呟いた。
大画面に映されたミュシャが笑った。
笑いながら何かを言ったようだ。
何を言ったのかはプージャには分からなかった。
「わぁ!」
ミュシャがスキップの足を止めたのは、とある公園の入り口でのことだった。
「ほぅ。我の相手は、そなたか」
ミュシャの視線の先にあったのは、彼女の倍はあろう巨大な体躯を持った、巨人種の盟主ギガース族の魔王の姿だった。
岩にも見間違えるほどに隆起した筋肉を分厚いプレートアーマーで包み込んだ、長い顎髭が特徴的な壮年の男性。腰にはミュシャほどもある長大な太刀を携えている。その岩のような顔付きは精悍そのもので、美しさとは次元の違う魅力を内包していた。
「あは♪ あはは♪ あはははは♪」
まるで大好きな有名人でも発見したかのように、ミュシャはとんでもない勢いでギガース族の元へと駆け寄って行った。
「お会いしたかったでーす♪」
訂正。
彼女にとっては大好きな有名人を発見したと同義だったようだ。
「バルモンさぁーん!」
ミュシャが翔んだ。
空中で背中の金棒を抜き取ると、器用に手首で翻らせ、渾身の力で軽く振り下ろした。
「血の気の多い娘であるな」
破壊神バルモンもまた佩刀を抜くと、その軽妙な一撃を迎え撃った。
真っ赤に燃え盛る破壊の炎を豪壮に纏わせ、それは初手とは思えないほどに、彼の本気を意味する一撃を持って。
満月の輝く夜闇の公園を、ふたりの放つ破壊の力が真昼のように照らし出した。




