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第139話 黒薔薇の貴公子リターンズ!

「ねぇ、何故? 何故、私を殺したの? ねぇ?」


 血みどろの女は泣きながらすがっていた。

 そのこめかみの上には、2本の小さな角。


「君は……ラクシャサ?」


 そうだ。何故気が付かなかったのか。

 彼女とプージャは生き写しのようによく似ていた。しかし、彼女には美しい2本の角がある。

 何故、そんな簡単なことに気が付かなかったのか。


「何故なの? 私が、貴方を殺したから? だから貴方も、私を殺したかったの?」


 ラクシャサが問い掛ける。泣きながら、涙と血で濡れながら、黒薔薇の貴公子にすがりながら問い掛けてくる。


「ち……違う……」


 枯れたような声を絞り出すのが精一杯だった。

 だけど、黒薔薇の貴公子は、精一杯に答えた。


「違う……君を殺すなんて……もってのほか……だ」


「じゃあ、何故!?」


 その答えに、ラクシャサは悲鳴を上げた。


「すまない……気が付けなかった。君に……気が付けなかった」


 黒薔薇の貴公子は優しくラクシャサを抱き締めた。


「私は、死にたくなかったのに! 貴方が死ねばよかったのに!」


 それでも尚、ラクシャサは悲鳴を上げていた。優しく抱かれた腕の中で、泣き叫んでいた。


「そうだ……そうだよ……。だから僕は、君に殺される道を選んだんじゃないか……。君が、領主として、民のことを想う(ひと)だったからこそ……僕は甘んじて受け入れたんだ……」


 それは遠い記憶。

 忘れ得ない、思い出。

 彼は決して謀殺されたわけではなかった。

 それが彼の望んだ道だった。

 

「……君の想いのためなら、僕は死ねたんだ」


 ラクシャサの体を思い切り抱き締めた。


「私は、私は、死にたくない!」


 しかし、彼女の悲鳴は止まなかった。


「私は死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!」


 その悲痛な叫びが大きく強くなるにつれ、黒薔薇の貴公子もまた、腕の力を大きく強めていき、大切に抱き締めた。

 まるで宝物を抱き締めるように、大切に抱き締めた。


「お願い……私の代わりに……死んで……」


 ラクシャサがそう言い終えるよりも早かった。

 黒薔薇の貴公子は、落としたはずのレイピアで、彼女の腹を貫いていた。


 肉を突く、鈍い感覚が伝わってくる。


 その瞬間、彼は夢から醒めた。

 そして、


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 咆哮した。



 

 跪き、激しく肩を動かす黒薔薇の貴公子の目の前に、黒い革靴が置かれた。


「まったく、本当に性質(タチ)の悪い術です。貴方の幻術とは」


 聞き覚えのある声。

 全身を滝のように流れる汗を撒き散らしながら、黒薔薇の貴公子は顔を上げた。


「どうです? こんな最低な想いをさせられた気分は?」


 そこに立っていたのは、同じように汗にまみれた金髪の執事。

 マルハチの姿だった。


「き……さま……」


 黒薔薇の貴公子は、重い体を無理やり押し上げようと膝を立てた。


「これに懲りたらあんな悪辣な幻術になど、もう二度と頼らないことですね」


 額の汗を拭いながら、マルハチはそう言い放った。


「まさか、貴様……僕の幻術を……僕に返したと言うのか?」


 歯を食い縛り唸り声を上げる黒薔薇の貴公子に、マルハチは頷いて見せた。


「一体、どうやって?」


「貴方の術は相手の魂に侵入し、対象者が最も恐怖するであろう可能性を疑似体験させるものだと見ました」


「……それが何だと?」


「貴方は知らないかもしれませんが、(ガルダ)は、己の魂を他者に移せるのですよ」


「たま……しい……を? 幻術が取り憑いた魂の一部分を……その魂を……僕に移したと……そう言いたいのか?」


 それを聞いたマルハチは、いつも通りにニヒルな笑みを浮かべて見せた。


「ご明察。どうでした? 最も恐怖する体験とは? 何度も何度もラクシャサ様の名をお呼びになってましたが、そんなに良い夢でしたか?」


 屈辱。


 それ以外の何物でもない。


 黒薔薇の貴公子を、怒りが支配した。


「貴様ぁぁぁ!! マルハチぃぃぃぃ!!!」


 立ち上げると同時に、凄まじい魔力が解き放たれた。


「おっと危ない」


 軽口を叩きつつ、マルハチはその場から飛び退いた。

 黒薔薇の貴公子が解き放った膨大な魔力は周囲の石畳を剥ぎ取り、浮き上がらせた。

 その力はどんどんと強く、高まっていく。

 マルハチが十分な距離を取り終えたその時には、周辺数ブロックに渡る石造りの建物が黒薔薇の貴公子の力によって、根こそぎ空中へと吊り上げられていた。


「一度ならず二度までもぉぉぉ!! この僕を、この僕をコケにしたなぁぁぁぁ!!!」


 目に写る全ての景色が、マリアベルの文化圏と比べ異常に大きな建築物が浮遊する世界。

 マルハチは感嘆の声を漏らた。


「良いですね、実に。貴方は小細工に頼らずとも、十分にお強いはず。陰日向を生き場所としてきた黒子(シャドー)族を、日の当たる表舞台に導いた稀代の英雄です」


 そんなマルハチの本音など、既に黒薔薇の貴公子には届いてはいないようだ。

 それでも続ける。

 マルハチには、これを口にすることに意味がある。


「もしあの時、貴方がこうやって本気の力業で攻めてきていたら、きっと俺は貴方に勝てなかった。だからこそ! 俺は本気の貴方と戦って勝つ! 俺自身の実力で、プージャ様をお守りする!」


 黒薔薇の貴公子の腕が振り抜かれた。

 同時に、夜空を支配していた数多の瓦礫が、巨大な滝のように降り注いだ。


「だから貴方も! この俺を真っ向から倒してみせろ!」


 マルハチは地を蹴った。

 降り注ぐ石塊に足を掛けると、黒薔薇の貴公子目指して駆け上がっていく。

 しかし、驚異的な速度で地面へと叩き付けられる石壁だった物は、どんなに素早く登ろうがマルハチを先へは進ませてくれず、次々と落下していく。

 それでもマルハチは駆けた。

 全ての瓦礫が街へと還るまで、マルハチは駆け続けた。

 駆けて、駆けて、遂に最後の一棟に辿り着き、マルハチは再び翔び上がった。


 黒薔薇の貴公子の姿を目前に捉えた。

 マルハチは空中で体を捻ると、渾身の蹴りを放つ。

 黒薔薇の貴公子はそれを腕で受け止めるも、あまりの蹴りの威力によって、受け止めた腕ごとへし折られる。

 蹴りを振り抜いた瞬間、マルハチの全身に衝撃が走る。

 見ると、何処からか引き寄せられた瓦礫が、マルハチを背後から叩きのめしているのが分かった。

 

 初手は相討ち。


 ふたりは互いに吹き飛ばされ、表層を根こそぎ剥ぎ取られたロンドンの街へと突き刺さっていった。



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