第135話 石棺の帝王リターンズ!
「…………石棺の……帝王?」
かつてプージャと激突し、プージャに魔王の何たるかを理解せしめた、アンデッド族史上唯一の魔王のものであった。
プージャは乾いた喉から捻り出すように、その名を口にした。
「無音であったな! プージャ・フォン・マリアベル! 比較的ばばぁよ!」
彼女の小さな呟きが届いたかのように、石棺の帝王は高らかに笑っていた。
「誰がばばぁだ! ちょっとおねーさんなだけだから! って、石棺の帝王!? 貴方が……貴方が何故!?」
プージャは屋上から身を乗り出さんばかりの勢いで、自らが滅ぼしたはずの魔王へと問い掛けた。
「問答など無粋ぞ!」
石棺の帝王が、地上へと降り立った。
彼の降臨に合わせるように、アンデッド族達が一斉に武器を取った。
その数は既に、マリアベル軍を数倍も上回るほどであった。
「余を幻滅させるな、プージャ・フォン・マリアベルよ。貴様なら分かるはずだ。心のまま、己に従うがよい!」
石棺の帝王の咆哮がプージャの耳朶を突いた。
「如何しますか? プージャ様」
改めてマルハチは問い直した。
その問いを受け、プージャは思い切り胸を張った。
「ツキカゲ、ゲートを開け。マリアベル及びル・タラウスの全隊を召喚。敵軍を迎え撃つ」
「分かった」
「地上での決戦には総力を挙げて臨む。同時に空中での決戦にも総力で臨む」
プージャは全力で鼻から息を吹き出した。
「緋哀の樹に臨むは以下の4名だ。執事室室長、マルハチ!」
「御意」
「魔王付きメイド、ミュシャ!」
「はい♪」
「ソーサラー王、ツワンダ・キヌ・カッサーラ・ゲシオ!」
「任せろ」
「そして……プージャ・フォン・マリアベルXIII…………私が直々に向かう! 皆の者! 私に尾いて参れ!」
魔王の号令が夜闇に響き渡った。
その鼻からは、もはや何も飛び出してはいなかった。
―――ふたつの軍勢が睨みあった。
マリアベル軍、およそ10万。
石棺の帝王軍、およそ40万。
荒涼とした大地に、一陣の風が吹きすさんだ。
―――かつての主……いや、それだけではない。
産みの親ですらある。
甦りし石棺の帝王の姿に最も驚いたのは、それはクロエであった。
時空転移ゲートを越えると、軍部の将達はすぐに魔王の元へと呼び寄せられた。
総大将エッダ、ペラ、ジョハンナ、アイゼン、メンサー、アバラハン。
そして、クロエ。
彼らの前で、魔王プージャ・フォン・マリアベルXIIIは頭を下げた。
石棺の帝王は最強の軍師である。
本来であれば、その軍略を継承せし自らが指揮を取る以外、彼の魔王に対抗することは容易ではない。
だがしかし、自らには成すべき役目がある。
この戦場を共に駆け抜けることは叶わない。
故に、頼む。
戦場を、クロエに任せてはくれまいか。
石棺の帝王の腹心たるクロエならば、その知略を熟知したクロエならば、彼の魔王に対抗し得るはずだから。
だからお願いします。
クロエを、彼女を信じて下さい。
どんなに言葉を選んだとしても、それは他の将にとっては侮辱にしかならない頼みであった。
だからプージャは、途中から飾ることを止めた。
飾らぬ本心で、心のままを打ち明けた。
そのプージャの言葉に異論を唱える者など、ありはしなかった。
―――10万の兵を背後に残し、ひとりのスケルトン・ナイトが歩み出た。
それに応えるように、40万の兵を背後に残し、ひとりのスケルトン・ワイズマンが歩み出た。
総勢50万の魔族達が見つめる中、ふたりは対峙した。
「息災であったか? クロエ・サルコファガス」
先に口を開いたのは、石棺の帝王であった。
「御心遣い、痛み入ります。アフトクラトラス・アリアルス・サルコファガス様」
クロエは最大限の敬意を払い、答えた。
しかし、その脊椎は凛と伸びたまま、そして真っ直ぐな視線で、見据えていた。
「良い眼孔になったものよ。それでこそ、我が愛する娘」
心なしか、彼の声には歓びが感じられた。
「勿体なきお言葉」
クロエは抑えるので精一杯だった。
今にも溢れ出しそうな、心の奥でざわつく何かを。
「クロエよ、そなただけには伝えておく」
クロエは押し黙ったまま、その声に外耳道孔を傾けていた。
「余は、神の涙により、深淵の底から再び呼び起こされた。プージャ・フォン・マリアベルに復讐を遂げるためにな。されど、そなたも知るように、余にその意志はない」
強い風が通り抜け、その言葉をクロエ以外に届けるのを阻んだ。
「だが、今の余は傀儡よ。神の涙に逆らうことなどは出来ぬ。だからこそ、余はそなたらの壁となろう。試練となろう。そなたは、そなたの慕う魔王のために、今ここで、余を止めて見せよ」
クロエは必死で抑え込んだ。
がらんどうの眼孔から溢れ出そうとするものを、必死で抑えていた。
「そんな顔をするな。美しい頭蓋が台無しではないか」
なんという、なんという口調で話すのだ。
「……はい。お父上様」
これ以上は耐えられる自信がなかった。
クロエはそれだけを言い残すと、踵を返した。
同じように、石棺の帝王も自陣へと戻っていった。
ふたりは互いに己が率いる軍勢の元へ辿り着くと、互いに向き直った。
クロエが剣を振り上げた。
このふたりの会話を知る者は誰もいない。
石棺の帝王が錫杖を振り上げた。
互いの細い腕が下ろされた。
ふたつの巨大な軍勢が、南部の平原でぶつかり合った。




