第133話 一球入魂
「行きます!」
戸惑いは隠せなかった。
そんなことが出来るのだろうか?
マルハチの心中は、不安で埋め尽くされていた。
正直、これをプージャが成功出来るとは思えない。
ずっと昔から。
それこそ、彼女がほんの小さな子供だった頃から知っているからこそ、不安しか無かった。
だが、ツキカゲの言葉が彼に決断を促した。
「さっきのを見ただろう? 落涙を防いだのは、紛れもなくプージャだ。あたし達……いや貴様がやるべきことは、プージャを信じることだけだ」
頬を張られた気分だった。
まさかこんな大切な気持ちを、ツキカゲに諭されるとは。
だが言うことは尤もだ。
自分がプージャを信じなくて、誰が彼女を信じると言うのだ。
「どんとこーい!」
プージャは銀狼たるマルハチの顔の横に立つと、口元に両手をかざして気を吐いていた。
マルハチは大きく息を吸い込んだ。
再び、腹の底が熱量を帯び始めた。
先ほど緋哀の樹に撃ち込んだ閃光とほぼ変わらぬ、圧倒的に高密度の熱量が、徐々に沸き上がっていく。
体内に、太陽が生まれた。
マルハチはそのほとばしる太陽を、一気に口から解き放った。
解放された凄まじい密度の光線がプージャのかざした両手を飲み込む………いや、
飲み込まれた。
そう、飲み込まれていく。
マルハチの口腔から放出される、山をも抉り取る破壊の光を、プージャはその両手で受け止めたのだ。
正確には、マルハチの目の前で展開した黒の障壁で、受け止めていた。
絶え間なく放出されるドラゴン族最高の奥義である閃光は、一切漏れ出すことなくプージャの張った黒の障壁の中へと吸い込まれる。
それはさながら、革袋に水を注ぎ込むかのように、さも当然のように行われていた。
「うひぃぃぃ! あっついし、おっきいぃー!」
プージャの放つ声は、何故かはしゃいでいるように聞こえた。
が、そんな間抜けな声とは裏腹に、手元に溜まる閃光はどんどんと膨れ上がっていく。
いつ張り裂けてもおかしくはない。
閃光を注ぎ込まれた黒の障壁は、既にプージャの体の数倍にまで成長していたのだ。
遂にマルハチの口から閃光が途絶えた。
それでも黒の障壁は一閃たりとも逃さずに、その閃光を飲み込みきっていた。
残ったのは、プージャの手に支えられた、巨大な光の球体だけだった。
「しゅごいぃぃぃ!! かたいぃぃぃ!!」
プージャは悲鳴を上げていた。
ツキカゲがイラつきながら言った。
「その卑猥な表現はなんとかならんのか!?」
あまりにも意味不明な罵倒に、プージャは思わず言い返した。
「卑猥ってなにがさ!? 熱いし大きいし固いんだから仕方ないでしょーが!」
確かに、ツキカゲにはプージャが抱えるその光球の感触は分かり得ない。
彼女の精神統一にはこういった無駄な掛け声が必要なのは、なんとなく分かり始めてはいたし、ここは自分が大人になるべきだと自分に言い聞かせることにした。
外野からの野次が収まり、ようやくプージャはマルハチから受け取った光球に集中し始めた。
この膨大な荒れ狂う魔力の塊を、圧縮する。
それがプージャのやるべきことだった。
「うひぃぃぃ! あひぃぃぃ!」
間抜けな掛け声が町に響き渡る。
しかし、声と共に光球はみるみるうちに小さくなっていく。
「もーすこーし! もう少しで! い、い、い……」
「それ以上は言うな! バカ!」
「い、い、いっきゅう!」
気合いの雄叫びが夜空を切り裂いた瞬間だった。
まばゆいばかりの光の拡散に、プージャ以外の3人は反射的に目を閉じた。
「にゅうこーん!!」
プージャのへたれた咆哮が轟き、3人が目を開いた。
プージャの手の上に浮かび上がっていたのは、彼女の頭ほどの、淡く輝く小さな光の球体。
だがしかし、それは見た目とは全くの別物。
ドラゴン族の放つ閃光を無理矢理に圧縮した、超高密度の魔力球。
輝きこそぼんやりとしたものだが、その内側には、圧倒的な破壊の光が凝縮されていたのだ。
「なん……て……代物だ……。見てるだけで皮膚が焼けるみたいだ」
ツキカゲが呟いた。
「す、すごい」
マルハチが息を飲んだ。
「わぁ! 小さい太陽みたいですね!」
ミュシャすらも興奮を隠せなかった。
プージャの成し遂げたそれは、もはや異次元の領域に足を踏み込んだとすら形容すべき、生物の枠組みを超えるほどの偉業と言えるものだった。
「小さな太陽! かっこいいな、それ! んじゃこれは、【マルハチの太陽】と名付けよう!」
当の本人にはそんな自覚はないようで、大はしゃぎで笑い声を上げていたが。
「姫様! とってもカッコ悪い名前ですね♪」
ミュシャも笑っていた。
笑いながら、背中に括り付けていた金棒を担ぎ上げた。
「そんなカッコ悪い物を打つのは嫌ですけど、ミュシャも頑張っちゃいますから♪」
そうだ。
次はミュシャの番なのだ。
「頼むよー。外したら逃げられるかもしんないからね」
プージャがマルハチの太陽をゆっくりの頭上に持ち上げた。
「はい♪ お任せ下さい♪」
ミュシャは金棒を両手で握り締めた。
「よし、まずはあたしだな」
そのミュシャの金棒にツキカゲは触れると、目にも映らぬスピードで何やら術紋を書き込み始めた。
それはアンチマリアベルの術紋。
マリアベル家の術式を無効化するための術紋をアレンジした、マリアベルの術式に反発の作用をする術紋だった。
その術紋をミュシャの金棒に施すことにより、金棒はプージャの精製したマルハチの太陽に反発する。
ただ叩き付けるよりも、数倍のスピードと威力で弾き飛ばされていくことになる。
ほんの数秒にも満たない時間で、ツキカゲの施術は完了した。
「さぁ、ミュシャ。後は貴様が頼りだ」
言いながら、ツキカゲは後退る。
これからどれほどの衝撃が自分達を襲うのか、正直想像もつかない。可能な限り距離を取りたい。
それは当然の欲求と言えた。
「ツキカゲ、ご苦労! そいでは、行くよッ!」
プージャが頭上に掲げたマルハチの太陽を放った。
ゆっくりと丁寧に。
マルハチの太陽は、弧を描きつつ、緩やかにミュシャの元へと泳いでいった。
「姫様! しゃがんでくださーい♪」
注意換気と掛け声が混ざり合っていた。
その言葉通り、プージャがしゃがみ込んだその刹那だ。
ミュシャの体がぶれたようにみえた。
速すぎて見えない。
それはプージャだけではなかった。
ツキカゲにも見えなかった。
マルハチでさえも、辛うじて残像を捉えるのがやっとだった。
そんな極限まで洗練された体さばきで、ミュシャは金棒をマルハチの太陽に叩き付けた。
次の瞬間。
遥か天空に浮かぶ緋哀の樹は、光り輝く小さな太陽に貫かれ、大爆発を引き起こされていたのだった。