第129話 月見団子
「名月やぁー 池をめぐりてぇー 夜もすがらぁー♪」
聞き慣れない歌を唄うのは、いつも通りのミュシャ。
頭のてっぺんから爪先まで、身体中を白く彩りながら、楽しそうに手を動かしていた。
「なんぞ? その歌は。いやに短い歌だねぇ」
そんなミュシャの隣で、彼女とは正反対の様相、漆黒のボディスーツに粉の一粒も付けず、華麗な手捌きで団子を丸めるプージャが問い掛けた。
「はい♪ これはミュシャの故郷のお歌で、俳句と言うんです♪」
「ハイク?」
ふたりのやり取りに首を突っ込んだのはツキカゲ。彼女もまた、ミュシャほどは酷くはないにしろ、頬を粉で汚しながら一生懸命に生地をこねくり回していた。
「はい! 『ごーしちごー』っていうルールで、なんか格好よく作るお歌なんですよ♪ ごーしちごーしちしちってルールになると、演歌ってジャンルのお歌になるのです!」
珍しく自分が講師役である。そんな稀有なシチュエーションに興奮しているのか、嬉しそうに言葉を弾ませている。
「ゴーシチゴー? それ、どんなルールなん?」
無論、ミュシャの説明で理解が出来ようはずもない。プージャは、こう、なんと言ったらいいのか、得も言われぬ微妙な半笑いを浮かべて問い直した。
「はい! 侘び寂びに則った、高尚かつハイソサエティ、それでいて誰でも嗜める敷居の低いルールです♪」
「はにゃ?」
プージャの頭上に特大のクエスチョンマークが浮かんだのは、厨房にいるメイド、執事、コックの全員が可視出来たであろう。それくらいに、ミュシャの説明は意味不明だった。
「おい、ミュシャ。他に何かサンプルをよこせ。そしたら大体の共通項や規則性が浮かんでくるだろう」
大きさはまちまちだが、それなりに綺麗に整った団子をバットの上に並べながらツキカゲが言った。
「サンプルですか? えーとですね……」
考え込むミュシャだったが、ほんの少しして、嬉しそうに口を開いた。
大きさどころか、形すらバラバラ。あまつさえ、何やら動物や人形だったり、実に精巧なポイズンリザードタイラントの形だったりをした団子を並べながら。
「春はあけぼの。夏は夜。秋は夕暮れ。冬はセンター試験。です♪」
弾けるような笑顔のミュシャに対し、プージャらが、苦虫を噛み潰したりアサリの中に入っていた砂を噛んだような表情を浮かべたのは言うまでもない。
「………共通項、あった?」
「………いや?」
互いに見つめ合うプージャとツキカゲ。
そんなふたりに、満を持してといった雰囲気を醸し出し、無駄に胸を張ったミュシャが答えた。
「つまり、秋はお月様が綺麗です。ということです♪」
「嘘だよ! 今、秋は夕暮れって言ったじゃん!」
「いや、待てよ? つまりは季節についての語句を取り入れるということか?」
「違いますよ? ごーしちごーは、文字数です♪」
「嘘だよ! 2回目、明らかにその文字数じゃなかったじゃん! 『しちごーしちじゅう』だったじゃん!」
「……ひょっとすると、こいつの故郷の者達は概ねこいつみたいな、何か芸術的な超感覚を持った種族なんじゃないか? あたし達には到底理解し得ないような。」
ミュシャの造り上げた、見事なまでに生ける強酸を象った団子に注目しながら、ツキカゲがまくし立てた。
恐らくはミュシャが適当に喋っているのはまぁ、経験上で分かってはいる。
が、それに付き合うのもまた、プージャ達の楽しみのひとつでもある。
形も大きさも綺麗に揃った団子を並べ、プージャはとびきりの笑顔を振り撒いていた。
その様子が、厨房でひしめき合い、いそいそと団子を丸め続ける全員の心を和ませていた。
「如何です? 順調に仕上がってますか?」
そこへ、アイゼンを伴ってやってきたマルハチが顔を覗かせた。
アイゼンの背後にはゴルウッドやナギを始め、料理に自信のない執事の面々も連なっていた。
「ええ。ひとり数個しかご用意出来ませんが、それなりの数は仕上がっておりますよ」
ミュシャの隣でエプロンを付けたフォスターが返した。
平時であれば悪友達に盛大に囃し立てられるであろう、彼のキュートなエプロン姿も、今だけは華麗にスルーされた。
「中秋の名月にはお月見団子ですよ♪」
―――ミュシャの提案だった。
マリアベル屋敷とル・タラウス砦に集った10万を超える兵達に、月見団子が振る舞われることになった。
ツキカゲとの旅の過程でプージャが強化及び研鑽を積み終えたことにより、最後の週は団子作りに充てられた。
何せ10万人分の団子だ。
出来れば全員に、腹一杯に堪能して貰いたい。
材料を用意し、それを作り上げるだけでも、相当な時間と労力を要する。マリアベル屋敷の厨房だけに留まらず、マリアベルの住民達の申し出により、各家庭でも団子作りが行われていた。
「住民達に作って頂いた分の団子は、先程ル・タラウスへの移送が完了致しました。後はこのマリアベルの町に配備されている者達の分のみです」
調理する人々にぶつからないよう慎重にプージャの元へと辿り着いたマルハチが、丁寧に報告を行った。
「うむ、大義であった。して、皆の様子は?」
団子を丸める手を止めることなく、魔王は問い掛けた。
「ええ、やはり緊張は否めません。振る舞われた団子を食し、多少は和らいだようではありましたが」
「そうか」
プージャは再度、手元に目を落とした。
「これからどうなるのか、皆目検討がつかんからな。まともな指針で不安を拭ってやることも出来ん」
不安そうなのはプージャの方だ。
鈍感なマルハチにでも流石に分かる君主の反応に、腹心である彼が出来ることは何だろうか。
マルハチは次の言葉を紡ぎ出すことに、若干の戸惑いを覚えていた。
「プージャ様。もう少しで目標の数に届きます。後のことはこのジョハンナにお任せ頂き、プージャ様はマルハチさんとお部屋にお戻り下さいませ」
そんなマルハチの心中を察した様子で、助け船を出したのはジョハンナだった。
そう。プージャの不安を拭えるのは、マルハチと過ごすふたりの時間だろう。
ジョハンナだけではない。
厨房に居合わせた誰しもが思ったことだった。
だが……
「いや」
プージャが視線を上げた。
「皆と共にいよう。折角ミュシャが提案し、皆が作ってくれた月見団子じゃ。皆と共に食べたい」
最後の晩餐にすらなり得る。
それが誰もが抱えていた本音。
「さぁ、お月見だ。見てみよ。美味しそうなお団子だねぇ」
プージャはヨダレを拭いながら、目の前で茹で上がっていく団子達を、愛しそうに眺めていた。
今宵は中秋の名月。
陽が落ち、月が昇るまでは後少しだった。