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第127話 次の満月に

「すまん。緋哀の樹を見失った」


 プージャとマルハチがマリアベル屋敷へと戻った直後、謁見を望んだツキカゲが放った一言がこれだった。


 サルコファガスを討ち滅ぼした緋哀の樹は、天霊との衝突には興味を示さぬかのように北部へと戻り、一定の軌道などは描くことなく、ただ彷徨(さまよ)うばかり。

 マリアベル軍はツキカゲの技術を用いた千里眼の術を使用し、その動向をつぶさに監視してきた。

 だがある夜、緋哀の樹は突如として姿をくらませたのだった。

 


「な!? 君がいながら、何をしているんだ!?」


 中庭に降り立ち、銀狼化を解いたマルハチが声を荒げた。


「だから! すまんと謝っただろう!」


 が、ツキカゲは悪びれる様子もなく切り返す。


「ミュシャは!? ミュシャも見失ったのか!?」

「そうだ! でなければこんな情けない報告はせんわ! バカめ!」


 無論、マルハチが承服することもなく、ふたりの激しい口論が勃発しようとしたその時だった。

 その様子を呆れ顔で静観していたプージャが割って入った。


「ミュシャは?」

「ん、ああ。奴なら……バカみたいに興奮しながら新しい武器の手入れに勤しんでる。ジョハンナの金棒が最高に馴染むと言って強奪したらしい。それに、なんか、手入れを執事に手伝ってもらうようになった」

「へぇ、執事に? そか。良かった。ありがとね。」


 プージャは微笑みながらツキカゲの肩に手を置いた。

 

「奴に関しては、元を正せばあたしが巻いた種だからな。……だが緋哀の樹は、詰めが甘かった」

「まぁいいよ。うん、いい。きっとそういう時が来たってことなんだ」


 何やらひとりで勝手に納得したらしい。

 マルハチはいつもながらに癖毛をかき上げると問い掛けた。


「何か心当たりでも?」

「マルハチ、次の満月はいつ頃だっけ?」


 質問を質問で返すな。

 普段のマルハチであれば注意するプージャの言動ではあるが、その表情は自信で満ち溢れている。

 へたれで名高い君主のこんな顔など滅多に見られるものではないし、マルハチは素直に答えた。


「次は……そうですね、つい先日満月を迎えたばかりですから、およそ一ヶ月後になりますが……なるほど」


 そして答えて気が付いた。



『時が来るまで、待つ。あの月の下で、待つ』



 神の涙……ダクリが最後に残した言葉だった。


「きっとそういうことだと、私は思うよ」


 プージャの視線がマルハチ、そしてツキカゲへと向けられた。


「なるほどな」

「敵も敵で、堂々と正面から迎え撃つと……そういうことですね」


 ふたりもまた、プージャに向けて強い視線を向けて応えた。


「時は一月後。私達は出来うる限りの備えを行い、策を練らねばならぬ」


 プージャは胸を張り、鼻から大きく息を吹き出した


「決戦じゃ!」


 無論、いつも通りにちょっと飛び出したのは言うまでもなかった。






 ―――光陰矢の如し。


 一月という時間は瞬く間に過ぎ去る。


 プージャ達の目下での行動は、おおまかに言えばみっつに別けられた。


 ひとつ、神の涙と交戦する軍勢を整えること。

 ふたつ、魔界全土の防備を固めること。

 みっつ、プージャ個人の戦闘力を上げること。


 月が上弦を過ぎ、新月を迎え、下弦の三日月となるまでの間、特にひとつ目とふたつ目に重きが置かれた。



 ひとつ。

 軍備を整えるのはマリアベル軍の役目となった。

 エッダ将軍を筆頭としたマリアベル軍は、僅かの期間に召集を掛けられる範囲の傘下に令状を送り、可能な限りの兵を募った。

 魔界大戦(イビルウォー)が終結した後、三騎竜を筆頭とした天霊軍はマリアベルに接収された。が、残った兵のほとんどは民兵であり、北部へと移住可能な職業軍人は一握り。

 残存した10万の兵のうち、マリアベル軍に併合されたのはたったの1万だった。

 またその内訳も、ドラゴン族は数えるばかりであり、そのほとんどはコボルト族。元の戦力を顧みればあまりにも微弱と言えた。


 元よりマリアベルにはエッダ直属の正規軍1万5000に加え、クロエ率いるアンデッド軍団5万、ペラ率いる黒子(シャドー)軍団及びオーク軍団5000、メンサー率いるソーサラー軍団1000を擁している。

 そこにこのドラゴン軍団を加え、計8万1000の軍勢を抱えることにはなったのだが、それにしたところで南部天霊軍の3分の1にも満たぬ、頼りない陣容なのは否めない。

 神の涙という、未知数の存在を相手取るにあたり、数を増やすという戦略は必然でもあった。

 ちなみにこの案を通すに際し、無用な被害を増やすのは嫌だという魔王を説き伏せるのに、相当な手間と労力を割いたのは言うに及ばないが。

 


 それと平行してふたつ。

 魔界全土の防備を固める。

 これは言葉のままであるが、最も時間を要した。

 緋哀の樹の動向が読めず、満月と共にどこに現れるのかは分からない。なおかつ、伝承に則って落涙による破壊活動を行う可能性も十分に考えられる。

 であれば、いつ『どこ』に現れても『然るべき対応』が取れる準備を行うのは道理。


 具体的な対策としては、プージャとツキカゲによる魔界全土の主要都市の行脚だった。


 『どこ』に関しては、神の涙に力を授かった立場であるミュシャに依ることになっている。

 神の涙により異世界から転生した少女は、二度に渡る召喚主との邂逅を経て、感覚的に神の涙の存在を感じ取る力が備わるに至っていた。

 緋哀の樹が出現すれば、即座にミュシャがそれを伝えることとなった。


 そして『然るべき対応』。

 まず、不完全かつ短時間ながらも、落涙を防御し得る可能性を持つのはプージャのみであること。

 もし万一、都市部が急襲された折りに、民とその生活を守りきるにはプージャの存在が不可欠。

 更にその可能性を高めるためには、プージャの能力を大幅に引き上げる強化(ブースト)装置の設置も必須であり、それを仕掛けられるのは他ならぬ、術者たるプージャ本人だった。


 また、緋哀の樹が出現したポイントに即座にプージャが移動するにはツキカゲの存在も不可欠だった。

 現有戦力において、瞬時に時空転移を行えるのはツキカゲのみ。

 が、時空転移は彼女自身の経験に依存しており、彼女が転移先に行った経験を持つ必要がある。

 故に許された時間の大半は、プージャとツキカゲが魔界中を渡ることに使われることとなったのだった。

 



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