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第122話 へたれ姫の源流

 そこに描かれていた絵画に、マルハチも驚いたようだ。そのままプージャの脇に膝を突いた。


「いや、違うみたい。お父ちゃんそっくりだけど、この人はアースラ様だって。」


「アースラ様?マリアベル家の始祖であらせられる、あのアースラ様ですか?」


「うん、そうみたい。」


「これは……ヴェルキオンネ・サーガですか?何故ヴェルキオンネ・サーガに、アースラ様が?」


「どうやら、天霊ブローキューラを征伐した戦士が、私達のご先祖様だった。ってオチらしいよ。」


 跪くマルハチに椅子を引いて渡すと、彼の前にサーガを広げてやった。


「ここのサーガが原典になるんかな?」


「どうでしょう?サーガは一般的にはヴェルキオンネの勝利で幕を閉じます。その後のことを記載するのは、ドラゴン族だからこそ。しかし、ただの英雄譚であれば没落まで描くことはしないでしょう。史実を記していると考えても違和感はありませんね。それにしても、アースラ様ですか。」


「マリアベルの史書ですらアースラ様の名はあれど、一体どこから来て何を成した人物なのか、記載はなかったと言うのにな。」


「ええ。マリアベルの出自に関しては完全なる謎でしたね。屋敷の蔵書のどこを見ても、それに関する記述は一切なかったです。」


「まさか、天霊を征伐したのが私達マリアベルだったとは。」


「歴史は繰り返されたのですね。」


「いや、私は何もしなかったけどね!皆におんぶに抱っこだったけどね!」


「何を仰いますか。」


 プージャの言葉に、マルハチは笑って答えた。

 笑ってはいるがそれは本心。

 クロエも言っていた。

 プージャの元に集ったからこそ。なのだから。


「しかしな。これで謎も増えたぞ。何故アースラ様は天霊を討てたのだ?ただの配下に過ぎない、一介のゴブリン族がどうして?」


「それに関する記述は……はっきりとは無いようですね。」


「うむ。ドラゴン族の史書だからかの。むしろ、マリアベルの名の由来が記述されてるだけでもめっけもんかもしれん。『彼が天霊から譲り受けた力を持って魔界を平定した後、人々は彼の戦士に敬意を込めてこう呼んだ。マリオ・ヴェ・ヌール村のアースラ。アースラ・マリアベル』だってさ。」


「しかし、ヒントは隠されているようです。例えばこの『数多の魔族の力を結集させ、己の力に変えた者。』という一文でしょうか。」


「ヒント?どの辺が?」


「一見すれば、数多の魔族を率いて天霊を倒した、と捉えられるかもしれません。」


「うん。そう思った。」


「その後、アースラ様は天霊より譲り受けた力を使い、魔界を平定したとありますね?天霊の力と言えば、【魂を支配する力】です。この力をアースラ様が継承したとするなら、数多の魔族の力を結集……とは?」


「……他の魔族の力を……?」


「恐らくは。アースラ様は、討ち倒した相手の力を奪い取る能力を持っていたと推測出来ると思いませんか?そして、その力はプージャ様と同じものであると。」


「私とアースラ様が……。」


「もしかしたら、プージャ様の力はマリアベル家のみに許された【特別】なのかもしれません。」


「で、でも、お父ちゃんにはそんな力なんて無かったと思うけど……」


「そうですね。ミスラ様は破壊神バルモンを討って魔界の覇権を手になさったわけですので、破壊の炎を使役なさって然るべき。ということになります。ですが私めも、そのようなお話を伺ったことはありませんでした。」


「だよね?私も家族史は読んだけど、歴代の当主の中にそのような特殊な力を持つとされる記述は無かったと思うんだよね。」


「ええ、確かに。であれば、この【特別】はアースラ様とプージャ様にのみ許された、と言い換えるべきなのでしょう。世の中には覚醒遺伝というものが存在致します。これは、マリアベル家13代、約1万年に渡る大覚醒遺伝とも呼べる奇跡なのかもしれませんね。」


「な、なんか、そんな大それたもの?私って。なんか、こそばゆいって言うか、なんかそわそわしちゃうな。」


「心中お察し致します。」


「いきなりそんなこと言われても、にわかには信じられんし。だって、ついさっきまで、アースラ様が天霊を倒してマリアベル家が出来たって事実すら知らなかったんだよ?」


「確かに。マリアベルの由来すら、我々は知る余地もありませんでしたからね。もう少し調べましょうか?」


 マルハチが問い掛けた。

 だが、プージャは首を振った。


「いや、もういい。秘法は入手した。私達の源流探しはおまけに過ぎん。今は……ダクリだ。」


「はい。もしかしたら時代はマリアベルを、プージャ様を呼んでいるのかもしれませんね。神の涙に屈したドラゴン族を撃ち破った、マリアベルの血を引くプージャ様を。」


「そんな大層なもんではないよ。」


 プージャは照れたように顔を赤らめながら、黒の衝動(ホルメマヴロス)で本を片付け始めた。

 だが、その瞳が黒く輝くのを、マルハチは見逃さなかった。


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