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第120話 ヴェルキオンネ・サーガ

―――マルハチの所望により、図書館中央の大テーブルには無数の蔵書が積み上げられた。

 その全てが、ドラゴン族特有の魔術に関するものだった。

 プージャらふたりの目的がこれだった。


 ガルダ……マルハチが神の涙の居城である緋哀の樹へと到達すべく、高高度を飛翔するために必要な秘法を得る。

 残念なことにガルダの記憶にはその詳細は存在せず、彼は一からそれを学ぶ必要があったのだ。


「この中に秘法に関する記述があれば良いのですが……」


 非常に難しそうな内容しか書かれていない書物達に目を通し始めるマルハチ。

 プージャは司書に許可を取ってお茶を用意した後、マルハチと同じテーブルにつくと、同じように蔵書を捲り始めた。

 が、


(やっべ。難しすぎて一行読むのに数分掛かるんですけど。)


 プージャは、魔術に関して天才。


 と思われていた。そうだし、本人もその可能性は感じていた。

 召喚の術式、強化の術式、そして自身の能力の制御。

 過去、彼女は他者には届かぬであろう、高度な魔術の極致に何度も足を踏み入れてきた。

 そのプージャをしてドラゴン族の魔術とは、


(意味不明!)


であった。 

 

(ふむ。種族間の脳ミソの仕組みの違いなんかな?ゴブリンの術は分かる。ソーサラーの術も、まぁ分かる。でもなに?これ。読めても全く頭に入ってこないんですけど。)


 何度読み返しても、最初の一行からどうしても理解することが出来ないのだ。

 困り果てたプージャはマルハチへと視線を移すも、そこには書物に没頭し凄まじい速度でページを捲る姿のみであった。いわゆるトランス状態と言ったところだ。

 邪魔をするわけにはいかず、プージャは魔術の理解を諦めることにした。

 とても早い決断だった。


 テーブルを離れてもマルハチがそれに気付く素振りはない。


 逆に気兼ねがなくてよい。

 プージャは気を取り直して、図書館の探索へと乗り出すことにした。

 そもそも、この図書館自体に興味があったのだ。

 恐らくは15メートルほどはあるだろう、高い天井まで伸びる本棚の柱。その中には、分厚い書物が隙間なく詰め込まれている。

 高い場所の本はどうやって出し入れしているのか気になっていたのだ。

 

(そうか。建物と同じか。)


 柱の四方は本棚となっている。大体3メートルほどの高さに、棚を巻くように足場がせり出し、足場と足場を階段が繋いでいる。その足場に脚立を立てて棚へ出し入れするようだ。

 足場は計4階分。下から見上げると、塔かなにかのように見えた。

 手近な木製階段の手すりに触ると、そこに金属プレートが埋め込まれているのに気が付いた。


(なになに?地質学……か。なるほど。この本棚には同じ学問の書物がまとめられているということだな?)


 地質には特に興味のないプージャは他の棚を見てみることにした。

 動物学、植物学、解剖学、生理学、環境学……

様々な難しそうな学問の名前が並んでいる。


(……栄養学とかならなぁ。なんかドラゴン族の伝統料理のレシピが載った本とかないかな?それか、面白そうな文学のやつとか。)


 本棚の間の通路をブラつきつつ、階段のプレートを何気なく眺めていく魔王だったが、そんな彼女の目を引く1枚と遂に巡り会う時がやってきた。


伝承(サーガ)


 そう書かれたプレートだった。

 

(お。これなら難しい理論とかじゃなさそうだし、私でも読めるかも。)


 手近にあった【ヴェルキオンネ・サーガ第3節】という分厚い1冊を引っ張り出すと、ぺらぺらと捲ってみる。そして驚いた。


(こ、これは!?)


 それは、絵本だった。


(な、なんと美しい!)


 しかも超絶美麗な絵画をメインに据えた、あまり文字数の多くない、実に読みやすい構成の絵本だったのだ。


(クロエの文学と同じくらい綺麗だな!そんでもって同じくらい読みやすそうだ!)


 プージャは途端に嬉しくなった。

 急いで近場のテーブルに駆け寄ると、絵本を広げて読み耽り始めたのだった。


 始めこそ、その美しい絵を堪能するためにゆっくりと見入っていたプージャだったが、次第にその内容に引き込まれ始めた。

 魔界の住人ならば誰もが知り得る有名なサーガではあったが、その内容は一般に出回るそれらと一線を画していた。

 細かいのだ。とにかく細かい。流石は同族の末裔が記したであろう伝記だ。

 プージャの取り出した3節は、英雄の幼少時代について描かれたものだったが、読み終えた途端に決心していた。


(よし。読破だな。)


 黒の衝動(ホルメマヴロス)を駆使すると、プージャはテーブルの上に膨大な量のサーガを並べた。

 その数はゆうに100は超えていた。

 それから、プージャは次々とヴェルキオンネの物語を読み進めていった。

 ヴェルキオンネが生を受ける前から始まり、生誕、成長し、様々な試練を乗り越え力を得る。

 そこまでで用意した量の半分以上を消化していた。


(うーん。全巻、本当に素敵な絵だらけだし、文章も躍動感あるから楽しいな。どんどんといけちゃうぞ。)


 力を得た後、ヴェルキオンネはドラゴン族の王になる。

 そして訪れる危機。

 神の涙の登場だった。


(お、遂に来たね。ダクリ。んー、なになに?やっぱりそうか。えっと、ヴェルキオンネは試練で修めた秘法を駆使し、自身の肉体を強化……雲よりも更に高く、常闇(とこやみ)と魔界との狭間に漂う緋哀の樹へと到達した……。)


 見開きのページは上部に夜空、下部に青空が描かれ、その間に紅く輝く大樹の姿が描かれていた。


(常闇……空の上は常に夜なのか?変なの。……んー、緋哀の樹に到着したヴェルキオンネは驚いた。……樹の上には街があった。……見たことのない、石造りの街。)


 次のページには文字通りの街が描かれている。しかし、本当だ。見たこともない街だ。

 建物は全て茶色や灰色の石造り。街の隙間を大きな川が流れている。

 そして特筆すべきは街の中心。

 屋敷か城か、とにかく大きな石の建物と、目を引いたのは、


(なんだ?これ。塔……かな?)


 プージャはその見慣れぬ塔を指でなぞってみた。街で一番高い建物は細く尖っている。なによりも気になるのは、その上部に描かれた円形の模様。


(白い丸の中に棒が2本。長いのと短いの。なんだ?これは。)


 とにかく不思議な街だった。

 だが所詮は伝承だ。この書き手の創作だろうと割り切り、プージャはページを捲った。


 それからしばらくは緋哀の樹での冒険が続き、やがて神の涙と相見(あいまみ)える時がやってきた。

 が、緋哀の樹から力を吸いとる神の涙にはどうしても触れることすら叶わない。

 ヴェルキオンネは全力を込めて緋哀の樹にドラゴン族の光を放ち、墜とすことに成功した。


(ふむ。緋哀の樹はダクリの力の源でもあるのか。)


 地上へと落ちる緋哀の樹。

 神の涙は無尽蔵の力を失い、遂に地上でヴェルキオンネとの決闘が始まった。


 そして、ヴェルキオンネは、敗北した。


(…………は?)



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