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第117話 プージャビギニング。

「すでに【とくべつ(特別)】は、ある。ひめでんかには、おおきな【とくべつ(特別)】が。」


「な、なにさ?」


「あなたほど、たしゃ(他者)いつくしめる(慈しめる)もの()は、ほかにはいない。」


 クロエの言葉を聞いた瞬間、プージャの体温は一気に燃え上がった。


「や、やめろよ。恥ずかしいでしょ、クロエったら。」


 耳まで真っ赤になり、必死にクロエの頭蓋骨を撫で回していた。


「わたしは、あなたでなければ、こんなばしょ(場所)までついてこなかった。」


 それでもクロエは話し続けていた。


「ツキカゲもおなじだろう。」


 ツキカゲはクロエを見下ろすだけだった。が、その目は穏やかさを湛えているのが分かった。


「そして、あなただからこそ、マルハチとミュシャがしたっている(慕っている)。このふたりをしたがえ(従え)られるのは、あなたしかいない。ほかのまおう(魔王)には、むり(無理)だ。」


 マルハチが微笑んだ。


「この、まかいさいきょう(魔界最強)のふたりがいなければ、マリアベルはここまでこられなかった。それはやはり、あなたの【とくべつ(特別)】があればこそなのだ。」


「む。なんかおかしくね?『私が』ってよりも、『マルハチとミュシャが』凄いになっちゃったじゃんさ。」


「貴様は肝心なところでバカだな。その凄いこいつらを従えてる貴様はもっと凄いってことだろう。」


「いやいやいや!それじゃ私の凄さはマルハチ達あってこそになっちゃうじゃん!」


「そうだと言っているのだ!あの天霊を一撃で仕留め、10万の兵をひとりで駆逐した魔族が心服してるんだぞ!?クロエの言う通り、他の奴に真似出来るものか!」


「いやー!それは違う!なーんか違うぞ!」


 プージャとツキカゲの口論がヒートアップし始めたところで、マルハチが口を挟んだ。

 

「何が違うんですか?」


「何って、あれさね。私もちっとは凄いって言われたい……」


 ここまで言って、プージャは気が付いた。

 気が付いて息を飲んだ。

 飲んだのだが、


「なるほど。プージャ様も強くなりたいのですね?」


 時すでに遅し。


「よくいった。」

「ああ、まさか貴様の口からそんな言葉が出るとは。」


 クロエとツキカゲ、ふたりがまくしたてる。


「い!?っいやぁー!ちょっと違う!違うかなぁ!ちょーっと違うなぁ!そーいうんじゃなくてさ!」


「案ずるな。いくらへたれな貴様でも、あたし達が鍛えればそれなりにはなるだろう。」


「がんばれ。」


「いや待って!?だってさ、南部の平定もしなきゃならないじゃんさ!ベラージオの民もさ、ちゃんと見てあげないと大変じゃんさ!」


「それには及びません。こちらはエッダ将軍とアイゼンに取り仕切って貰う予定を立てております故。」


 相変わらずこういう時のマルハチは無慈悲だ。


「だそうだ。貴様は北部で腰を据えて研鑽を積めるわけだな。」


 ツキカゲは笑いながらプージャの肩に手を置いた。


「やだやだやだやだ!さっきの嘘!取り消し!」


 往生際の悪いプージャはそれでもなお抵抗を続けていたが、もはや無意味だった。


「プージャ様。あなた様を史上最強の魔王へと導かせて頂きます。このマルハチ、命に代えても。」


 マルハチがプージャの手をきつく握り締めた。

 その眼差しは、真剣そのものだった。

 生真面目なほどに。


「のおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ベルギオ山の風穴に、魔王の悲鳴が木霊していた。




―――容易な決断ではない。

 本人のモチベーションこそが全てだ。


 仮に、今の状態のプージャを無理やり鍛えようとしたところで、結果は見えている。


 彼ら魔族に限ったことではないが、能力を発揮することに関して精神状態は大きく作用する。

 特に魔力という不可視かつ不安定な要素をメインにエネルギーの糧とする魔族にとって、それは非常に大きなウェイトを占める。

 プージャには気持ちを整理する時間が必要だった。


 プージャは今、最も気になっている者の元へと訪れていた。



 ベラージオの街を眼下に望む風穴の縁。

 

 プージャはゆっくりとした足取りで近付いていくと、おもむろにしゃがみ込んだ。


「おかえり。」


 傍らに座り込む小さな少女に、穏やかな口調で声を掛けた。


「ただいま……です。」


 ミュシャは一言だけそう呟くと、膝を抱いたまま顔を伏せていた。


 風穴を、魔界の風が通り過ぎる。

 爽やかな夏の匂いがした。


「ミュシャ。」


 プージャが静かに口を開いた。

 少女の名を呼んだだけで、そのまま再び口を閉じた。

 それだけで良かった。

 プージャの言うべきことは、全てミュシャには伝わっていた。

 そして、その言葉が、ミュシャを苦しめることもプージャは分かっている。

 だから、あえて口には出さなかったんだ。


 だから、あえて……


「姫様。」


 ミュシャが呟いた。顔は伏せたまま、か細い声で君主の名を呼んだ。


「ミリアさんが死んでしまいました。」


「うん。」


「ミリアさんは、立派に戦って死にました。」


「うん。」


「ニルス君も、ペルシャさんも、ミリアさんも。わたしの初めてのお友達は、みんな、死んでしまいました。」


「うん。」


「みんな、戦って死にました。」


「うん。」


「ミリアさんも、戦って、死にました。」


「うん。」


「ミュシャだけ、生き残りました。」


「うん。」


 プージャはそっとミュシャの手を握った。


「ミュシャは……ミュシャは……生きています。なんでですか?」


「…………ミュシャ。」


「ミュシャは……ミュシャは……強いから……強いから生きていると思ってました……。天霊もやっつけました。ミリアさんの仇、取りました。」


「…………。」


「でも……ミュシャは……強くても……誰も……守ってあげられませんでした。……ミュシャは……強くっても……なんの意味もありませんでした。」


「………ミュシャ。」


「姫様……ミュシャは……ミュシャは……」


 プージャは、優しくミュシャを抱き寄せるだけだった。

 

「ふえぇ……ふぇ……ふえええぇぇぇぇぇ……」


 小さな体を震わせ嗚咽を漏らすこの小さな小さな少女を、抱き締めてあげることしか出来なかった。


 そうして、ミュシャは泣いた。

 ひとしきり泣いてから、顔をあげて、


「ミュシャは……もう……戦いたくありません。」


 言った。


 プージャは笑顔で頷いた。




―――プージャが小屋に戻ってきた。

 ほんの少しの時間でしかなかった。


 だが、ほんの少しのその時間で、魔王の顔付きに変化があるのを、腹心達は見留めていた。


 一体なにが?


 誰も口にすることはなかった。

 誰も何も言わずに、魔王が口を開くのを待った。


 しばしの沈黙。


 そして、プージャが口を開いた。


「私、戦う。…………戦い方を、教えて下さい。」


 そう言って、深く頭を下げたのだった。


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