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第9話 石棺の帝王

 青旗が撃ち抜かれたのは、数日前のことだった。


 魔界各地に散らばった魔王達の総数は108。

各々が自らに所縁のあった土地に己の居城を建て、軍勢を組織し、互いに互いの土地を奪い勢力を拡大するためにぶつかり合った。

過去、一度でも己の力で魔界の頂点に登り詰めた者同士。

皆が皆、自らこそが魔界の主であると自負する彼らには、そうなることが必然であった。


破壊神バルモンがマリアベルに攻め入ったと時を同じくして、各地で第一の戦乱が起きていた。

隣国同士が衝突し、約半数が消えていった。


黒薔薇の貴公子は特殊な例で、居城を持たず、マリアベルを吸収することで、自分の軍勢を確立しようとしていたと思われるが、その間にも第二の戦乱が勃発しており、更に半数が消えた。


残った魔王の数は20あまり。

相手の軍勢を打ち負かすごとに強大さを増していった結果、108の小国に分割されていた魔界には20の大国が誕生した。

それは、これから勃発する衝突の全てが、もはや単なる小競り合いでは収まらない、血みどろの大戦となることを意味していた。


 南北に長いひょうたん型をした大陸。

それが魔界である。

 ちょうどひょうたんのくびれである、魔界中央部に位置する山間部。

その裾野に広がる湖畔地帯を領地に定め、石棺の帝王は近隣の魔王達を撃破していった。

召喚の儀の夜、プージャの首を取ろうとした、三つ首の髑髏を持った魔王だった。

歴代の魔王の中でもとりわけ好戦的で獰猛とも言えるその者は、把握する限り最も広大な領地を治め、既に魔界全土を掌握する準備を終えていた。

しかしながら、残る魔王は伝説や神話に名を残すほどの強者ばかり。

それらに挑むため、石棺の帝王は仕上げに取り掛かった。

少しでも領土を広げきり、微量でも戦力を上げる。

それがマリアベルへの侵攻だった。



 石棺の帝王の軍勢、およそ5万。

マリアベル家領地の境界線のすぐ外側まで進軍してきていた。


対するマリアベルの軍勢はおよそ2万。

破壊神バルモン配下だったオーク軍団。

黒薔薇の貴公子配下だった黒子(シャドー)軍団。

そしてマリアベル領民から成る混成部隊だ。

そのほぼ全てが石棺の帝王直々に召喚された死者達で構成されており、石棺の帝王の手足とも言える統率された軍勢とは、比べるに値しないほどに脆弱だった。


プージャの下した司令は、いつもながらの消極的なものだった。

しかし、今回に関してはマルハチは全力で異を唱えた。

相手は石棺の帝王。

慈悲の欠片も持たない、死霊の化身。

通用しないのは分かりきっていた。


マルハチの反対を受け、使者を派遣することはせず、マリアベルの前線基地に青旗を掲げた。


その青旗を、石棺の帝王の軍勢は躊躇なく魔術の矢で撃ち抜いた。





 馬に跨がりながら、マルハチは怒りを抑えることだけに集中していた。

少しでも気を緩めれば、発狂してしまうほどにその感情は昂っていた。


開戦の初日。


マリアベルの軍勢は大敗を喫した。


なんとか前線基地であるル・タラウス砦の陥落は防いだものの、相当数の兵に被害が出た。

その報告を受け取った時のことを思い出していた。


「嫌!ぜぇーったいに、嫌!」


ネグリジェのままのプージャは枕の下に顔を突っ込み、体を丸めて喚き散らしていた。

その姿を見下ろしながら、マルハチは大きな溜め息をついた。


「プージャ様。何も、戦闘に参加するように言ってるわけではございません。ル・タラウス砦に赴いて頂き、プージャ様のお顔を皆にお見せ頂くだけで結構でございます。さすれば兵の士気も上がります故。」


「無理無理無理無理無理!ぜったいに、無理!」


「プージャ様。」


今度ばかりはマルハチも引くわけにはいかなかった。

今回の敗戦は明らかにプージャの采配ミスに起因する。

それは戦地の兵も分かっている。

ここでプージャが姿を現さなければ、士気が下がるだけではなく、最悪の場合、寝返りも十分に考えられる。

マリアベルの軍勢は烏合の衆なのだ。


「よくお考え下さいませ。あなた様は領主であらせられます。今、戦っている者達は、全てがあなた様の為にと戦っているのです。あなた様にはその兵に応える義務があります。兵の命はあなたの命。あなた自身の身に起きていることと、同じだとお思い下さいませ。」


「マルハチ。」


「なんでしょう?」


「怖い。」


プージャの体が小刻みに震えているのは分かっていた。

無理もない。

今までは、運だけで乗り切ってきたと言っても過言ではない。


「それは皆、同じです。」


しかし引けなかった。


「無理。」


「プージャ様!」


マルハチが声を荒げた途端、その体は細い鎖に巻かれたように自由を失った。

プージャは何もしていない。

無意識の自己防衛だろう。

それほどまでにプージャは追い詰められている。

マルハチは理解したが、それでもやはり引けないのだ。


「お気持ちは痛いほど分かります。事実、痛いですが。プージャ様、今は逃げて良い時ではないのです。」


「……無理。」


その涙声を聞き届けると、マルハチは黙ってプージャの寝室を後にした。




(くそ!)


馬上でマルハチは自分を責めた。

何故、自分はプージャ様の気持ちを汲んでやれなかったのか。

何故、追い詰めることしか出来なかったのか。

自分がもっと寛大であれば、皆の命を救えたかも知れないのに。

せめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。

魔王の腹心である自分が参戦すれば、少しでも兵の士気は上がるだろう。

石棺の帝王は討ってみせる。

例え玉砕しようとも。

マルハチはル・タラウス砦に向かって馬を駆った。




 真夜中になり、プージャは部屋を出た。

どんなに悲しい時も、どんなに辛い時も、お腹だけは減るものだ。

誰もが寝静まった後、プージャはひとり夜食の菓子を作ろうと、厨房へと向かった。

酷い気分だった。

暗い廊下を歩いていると、厨房に明かりが灯っているのに気が付いた。


「たらったらったらった♪ウっツボっのマっリネー♪たらったらったらった♪」


ついでに妙な歌も聞こえてくる。

この適当な歌詞。そして無駄に上手い歌声。

厨房をめちゃくちゃに引っ掻き回していたのはミュシャだった。


「うひゃ。」


調理台の上には野菜や肉、魚などの食材が目も当てられないほどに切り刻まれて散乱しており、火にかけられた鍋の中のドロドロからは得も言われぬ悪臭が立ち上っていた。


「あっ!姫様!こんばんは♪」


唖然とするプージャの姿を見付けたミュシャが、屈託の無い笑顔で挨拶をしてきた。


「な、なにしてんの?こんな時間に。」


「はい♪ミュシャ、明日、砦に行くので、陣中見舞いを作ってました♪」


「じ、陣中見舞い?それ、食べ物なん?」


「はい♪おにぎりいっぱい作ってます♪」


「具!?おにぎりの具!?その鍋のやばそうな毒物っぽい毒薬!」


「はい♪ミュシャ特性のスタミナスープです♪」


「スープをおにぎりに入れたら吸うでしょーが。米が吸うでしょーが。」


「?」


輝くような笑顔で首を傾げるだけだった。


「ま、まぁ、炊き込みご飯と捉えればぎりぎりセーフなのかもしんないけど。」


プージャは頬をひきつらせながら、荒れ果てた厨房の片隅にある小さな椅子に腰を落ち着けた。


「これで皆、元気になるといいです!」


ミュシャは、笑顔のまま再び調理台に向かった。


「そうだね。元気になるといいね。危ないから、届けたらすぐに戻るんだよ?」


調理台の上に転がった生き残りのリンゴを手に取ると、プージャは力無く呟いた。


「いえ!ミュシャも一緒に戦います♪」


「え?」


プージャが顔を上げた。


「ミュシャのお友達のニルス君が死んでしまいました。だからミュシャも戦います♪」


にこやかな笑顔に影も落とさず、ミュシャは鍋をかき混ぜていた。


「そう……なんだ。」


「はい♪」


「ねぇ、ミュシャ。」


こんなことを聞くのはどうなのか分からない。

だけど、プージャは聞きたくて仕方がなかった。

自分を抑えられなかった。

だから問い掛けた。


「怖くないの?」


「?」


ミュシャは笑顔で振り返った。


「はい♪怖いです。」


「じゃあ、どうして?」


「ミュシャは悲しいのです。お友達が死んでしまうのは。だからミュシャは敵をいっぱいやっつけて、皆さんをお助けするのです♪」


「…………。」


その笑顔が眩しすぎて、プージャはミュシャの目を見ることが出来なかった。


「どうしてそんなこと聞くんですか?」


少しだけ考えた。

ミュシャになら、話せるかもしれない。

少しだけ考えて、プージャは口を開いた。


「私も……怖い。」


「そしたら姫様も敵をいっぱいやっつけましょう♪」


「でも、ミュシャも死んじゃうかもしれないんだよ?」


「その時はその時です♪皆、死んじゃうかもしれないんです♪なら、全力で戦って死にます♪」


「私は、ミュシャが死んじゃったら悲しいな。」


「姫様が怖いのは、ミュシャが死んじゃうからですか?」


思ってもみない返答だった。

この娘は、自分が死ぬのを何とも思わないんだろうか?

プージャは目を見開いた。


「そうだよ。そう。」


何が怖いのか、ずっと分からなかった。

分からないから不安だった。

でも、その不安の意味がやっと分かった。

私が抱いている本当の恐怖は、


「それに、」


「それに?」


「ミュシャ。きっと敵だって、家でお母さんもお父さんも待ってるよ。」


言葉にしてみて初めて理解出来た。


が、やはりミュシャは笑顔を浮かべるだけだった。


「姫様。目の前のお友達も守れない人が、知りもしない人のことなんて守れっこないのです。」


「……そっか。そうかも。」


「はい♪ミュシャはミュシャに出来ることをします!」


「ね。ミュシャ。」


「はい?なんでしょうか?姫様。」


「貸してごらん。おにぎり、作ってあげるから。」


「わぁ♪姫様、ありがとうございます♪」


プージャはゆっくりとエプロンの帯を縛った。



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