第116話 【とくべつ】
そのふたりのやり取りに、ツキカゲは苛立ちを覚えたようだ。
「なんだ?貴様ら何か知っているな?もったいぶるな。試してるつもりか?」
「うっさいな。お前の情報が思いの外に少ないから呆れてるだけ!」
「なんだと!?あたしはあくまで奴の話を伝えてるだけだからな!」
顔を突き合わせれば毎度、ギャンギャンとうるさいことだ。
マルハチは額に手を当て頭を振った。
「ふたりとも、しずかに。」
クロエに諌められなんとか場が収まり、それを待っていたマルハチが口を開いた。
「ツキカゲ。君にはまだきちんと伝えてはなかったが、私は白狼ガルダの化身なんだ。」
「は?なんだと?」
彼女の驚きはもっともだ。
マルハチは簡潔に、彼とドラゴン族の魔王との繋がりを説明して聞かせた。
「なるほどな。それで貴様は向こうの良いように利用されてたってわけか。無意識の密告者として。」
「ざっくばらんに言うと、ね。」
「情けない奴だ。」
「すまないね。」
知識において他者の後塵を拝することは、よほどツキカゲには悔しいことらしい。腕組みをするとそっぽを向いていた。
「で?その英雄の血は役に立つのか?天霊はそれについて一切触れはしなかったぞ。」
マルハチが息を吸った。
「白狼ガルダが、己の魂を他者に宿らせる力を得た理由。分かりますか?」
プージャに問い掛けた。
プージャの黒く輝く瞳がマルハチを見つめ返していた。
無論、だ。
「兄の方が、より濃くそれを受け継いでいるから。だな?」
プージャはそれを言い当てた。
「左様でございます。」
「なんだと?しかし、天霊は……いや。違うな。嫉妬か……。」
口を挟んできたツキカゲは言葉を止めた。
「それは分からんよ。当人以外はな。」
プージャが一息ついた。
「……そうだな。それで、少なくとも緋哀の樹にこちらから仕掛ける方法までは掴んだが、問題はその先だな。」
ツキカゲが呟くように返した。
「ヴェルキオンネはどうやって決闘で神の涙を破ったのか?だな。」
プージャは返した。
「ああ。残念だが天霊からはそれについては何も。」
眉間に皺を寄せながら再び答えたツキカゲから、マルハチへと目線を移す。
「そうか。マルハチは?」
「申し訳ありません。私めも特に思い当たる節は……。」
同じようにマルハチも眉間に皺を寄せていた。
「本当に不能だな。貴様は。」
「失礼だな!毎度毎度!」
すかさず茶々を入れる新人メイド。そしてすかさず言い返す執事室室長。そんなふたりを、またしてもクロエが制した。
「しずかに。」
「も、申し訳ない。」
素直に謝意を伝えるマルハチとはうって変わって、ツキカゲは不満そうに目を逸らせるだけだった。
「しかしそれは困ったな。緋哀の樹に辿り着こうとも、肝心のダクリを制せられなければ何の意味も無い。」
そんな3人を余所にプージャは指先を顎に当て、思いあぐねているようだ。
「そうだ。依然、状況は変わらん。」
そんなプージャに向け、ツキカゲは鋭く言い放った。よほどマルハチへの対抗心があるのだろう。
「実は……これは伏せておくべきかとも思っていたのですが……。」
が、当のマルハチは意にも介さぬように、プージャと同じポーズで声を上げた。
「どした?何かあるん?」
「はっきりとは申し上げられませんが……白狼の記憶ではプージャ様を評して『ヴェルキオンネに次いでふたり目の神の涙に触れた者』と。彼は、プージャ様との邂逅を目的としていたようです。」
マルハチの発言を許したプージャ自身、その内容に驚きを隠せなかった。
「私?私にか?」
目を白黒とさせている。
「はい。少なくともドラゴン族にとっても、プージャ様は希望の光と映っていたようです。」
そんなマルハチの記憶に、ツキカゲは溜め息混じりの感想を述べた。
「なるほどな。神の涙に打ち勝つことに関して秘策などは無く、ただ単に真っ向勝負のみしか打つ手が無かった。というわけか。」
「そういう見方も。」
マルハチは頷いた。
結局は他者頼み。
ドラゴン族との邂逅など、元々無意味だった。
そう処断されても仕方のない結末であった。
だが、
「であれば、逆に好機だ。」
最もそう処断しそうなツキカゲの言葉に、全員が向き直ったのは言うまでもない。
意外すぎる反応に驚いて向き直ったのだが。
「元を正せば、プージャが神の涙を掴んだ黒の衝動とは、黒薔薇の能力なのだろう?ドラゴン族とは無関係な力だが、実際に効果は見込めたわけだ。」
その言葉に、更に驚きの色が濃くなった。
今度は全く別の驚き。
ツキカゲの台詞に気付かされた驚きだった。
「そう言われれば。……落涙を防いだのも黒の炎と黒の衝動の複合技でしたし。もしかしたら、ドラゴン族の秘術なり秘法なりである必要は無い。私達の思い込みにすぎないのではないか?ということだね?」
マルハチの視線が鋭く変化し、それにツキカゲも応えた。
「その可能性はある。むしろあたしは、かなり高い可能性だと感じている。純粋に強い力を持ってすれば、神の涙と相対することは出来るはずだ。」
「黒薔薇もバルモンも、どちらも史上最強の座を争う屈指の魔王達。その力を持ってすれば、あるいは……ということなのか。」
再びマルハチが顎に指を当て、考え込み始めた。
が、それと同時にツキカゲがプージャを指差した。
「それかだ。プージャ自体に何か【特別】が備わっているのか……だ。認めたくはないがな。」
そして、こう言ったのだ。
これにプージャは面食らった。すぐに否定の言葉を紡ごうとした時だった。
それよりも早くクロエが口を開いた。
「たしかに、わたしもいぜんからおもっていた。なぜ、ひめでんかには、ほかのまおうのちからをてにするのうりょくが、そなわっているのか。」
「それは…………そうですね。さも当然の如く受け入れておりましたが……。」
マルハチまで同調し始めているではないか。
「わ、私が!?私なんかただのゴブリンだぞ?しかも怠惰で脆弱な!」
プージャは胸元に両の掌を当て、必死でアピールをしていた。
「自分で言うか?バカめ。」
「逆に清々しいですね。」
その逆噴射するアピールに、思わずマルハチもツキカゲも吹き出した。
「ひめでんか。ただのゴブリンにそんなちからはない。」
「いや、そうだけどさ。それはそう思うんだけどさ……でも、でも私だよ!?私に特別な力なんて、え?私だよ!?」
地面に転がるクロエの上半身に向け、更に必死のアピールを続けるプージャ。
だが、クロエは続けた。
「すでに【とくべつ】は、ある。ひめでんかには、おおきな【とくべつ】が。」
「な、なにさ?」