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第115話 英雄の血

 ―――ミュシャは、天を仰いだままだった。


「愚かな連中だ……オレを……殺しやがって……」 


 足元に転がる天霊の巨大な顎から言葉が漏れ聞こえてきた。

 それは、消え行く生命の最期のひと欠片だった。


「神の涙に対抗する……唯一の力を……ヴェルキオンネの……血を引く……この……オレを……」


 しかし、ミュシャは踵を返した。

 

「歩けますか?」


 へたり込んだまま、目を見開いている仲間に歩み寄ると、静かに声を掛けた。


「あ……ああ……。問題ない。」


 ミュシャの行動に理解を示せないでいたが、それでもツキカゲは声を絞り出した。


「そうですか。」


 安心したように微笑みを浮かべると、ツキカゲの傍らを通り過ぎ、横たわるミリアの元へと近付いて行った。


「ツキカゲさん。その人のお話し、聞いておいて下さい。」


 膝を突き、ミリアの体を抱き起こした。

 柔らかく温かったミリアは、ミュシャの知らないミリアへと変わり果ててしまっていた。


「ミュシャはミリアさんを連れて、先に帰ります。」


「分かった。」


 ツキカゲの返事を聞き遂げると、小さな銀髪の少女はゆっくりとその場を後にした。

 その背中からは、何も感じることが出来なかった。




―――一体どれくらいの時間が経った頃だろうか。

 今度こそ勝利に沸き上がるマリアベル軍の前に、小さな少女が現れたのは。


 皆がミュシャを迎えるため、天霊郭を目指し移動を始めていた。

 その道程で、出会った。

 動かなくなったミリアを抱きかかえ、ツキカゲに付き添われ、静かに、ゆっくりと歩くミュシャと。

 その腕の中で眠るように目を閉じたミリアの姿を目に留め、彼女を迎えた全員が、何が起きたのかを悟った。


「ミュシャ……」


 マルハチが口を開こうとした。

 ミュシャはニッコリと微笑んで……微笑もうとしたのだろう。その笑顔は、ひどく固く、きちんと笑えてはいなかった。

 ツキカゲが、そしてクロエが、マルハチを遮った。

 何も言わずマルハチの肩に手を置くと、静かに首を振るのみだった。

 マルハチも、静かに頷いた。


 彼らは、ミュシャに寄り添い、ベルギオ山へと引き返していった。

 ミュシャの目指す、ベルギオ山の風穴へと。




―――木の葉を敷き詰めただけの急ごしらえのベッド。

 上半身を起こしたプージャが声を掛けた。

 いつも通りの優しい声だった。


「お帰り。」


 プージャの前に、跪いた。

 圧倒的な戦力差を覆し、生還を果たした、英雄達だった。


「魔王プージャ姫様に申し上げます。」


 その筆頭を務めるマルハチが顔を上げた。


「我らマリアベル軍。天霊軍を打ち倒し、ただいま帰還致しました。」


「うむ。大義であった。」


 プージャが微笑んだ。

 小屋を封じ込めていた木の葉の壁が左右に開かれた。

 ずらりと並んだマリアベルの兵達が、プージャに向かって深くかしずいていた。 




 プージャへの報告を済ませたマリアベル軍はしばしの休息を取ることとなった。

 この後、やるべき事は山積みだ。

 しかしそれは明日以降。

 とにかく彼らには休息が必要だった。




 そんな中、プージャの小屋に留まる者達の姿があった。

 それはいつもの面々。

 マルハチ、クロエ、ツキカゲだった。


「おかげんは?もうよくなった?」


「クロエに言われたくないわ!」


 開口一番にツッコミが入った。

 何故なら君主の容態を心配した腹心は、腕から上しか無い姿で葉っぱの上に転がっていたからだ。


「わたしは、だいじょうぶ(大丈夫)。いま、かはんしん(下半身)ほね()が、せいちょう(成長)するのを、まっているところ。」


 仕組みはよく分からないが、まぁそういうことらしい。バケツに張った水に浸けておくと、植物のように骨が成長するんだそうだ。


「ほんとアンデッドって無敵かよ。ゴルウッドも『唾つけとけば治りまさぁ!』って笑ってたし。」


 プージャは髪を束ね、頭頂部で結いながら苦笑いを浮かべていた。


「んで、情報は?引き出せたん?大分予定狂ったけど。」


 改めて真面目な顔を作ると、腹心達へと向き直った。


「ツキカゲがブローキューラの最期の言葉を聞いております。」


 地べたにあぐらをかいたマルハチが口を開く。

 それに倣い、同じくあぐらをかいた姿勢のツキカゲも口を開いた。


「結論から言うと……緋哀(ひあい)()にはヴェルキオンネしか近付けない。」


「ふむ。聞こうか。」


 プージャが背筋を正した。


「いつの頃なのかはもはや定かではないらしいが、かつて神の涙の時代を打ち破ったのはドラゴン族の英雄ヴェルキオンネだったな?」


「神話だとそうらしいな。」


「ヴェルキオンネが神の涙を……いや、緋哀の樹に到達出来た理由は至極単純だった。それは、英雄ヴェルキオンネの飛行高度が特に高かった。それだけらしい。」


「む?それだけ?」


「ああ、それだけだ。正確には、『飛行高度を上げる秘法を駆使出来た』ということらしいがな。ヴェルキオンネの血筋のみに伝わる秘法だそうだ。」


「秘法……か。」


「どこかで聞いたような話だな。それでだ、この世で緋哀の樹に達する者はいないと慢心していた神の涙は虚を突かれた。そしてドラゴン族の王が放つあの強烈な閃光(レーザー)による至近距離からの砲撃。彼の大樹は見事に撃墜された。それだけだそうだ。」


「そんな冗談なような話が?」


「ブローキューラが遺した言葉はそれだけだ。己の血統が無ければ、神の涙は倒せん。そう笑って絶えた。あたしの知識が間違いなければ、ブローキューラは子をなさずに生涯を閉じたと聞く。ドラゴン族が歴史の表舞台から姿を消したのもその頃から。天霊ブローキューラの代をもって英雄の血は途絶えたことになる。つまり、やはり奴が現世に存在しなければ神の涙には立ち向かえない。そういうことになる。」


「英雄の血……。」


 プージャは何かを逡巡しているようだった。

 しばしの間、膝に掛けられたタキシードのボタンをいじくりまわすと、ふと顔を上げた。


「英雄の血が残っていればよいのだな?」


 マルハチと視線を絡ませた。

 プージャが何を考えているのか、彼にも分かっているようだった。

 マルハチは、深く頷いた。


「私めの記憶もそう伝えております。古い方の記憶が。」


「やはりか。」


 プージャは穏やかな笑みを浮かべた。


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