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第113話 それぞれの責任

 そこに足を踏み入れたミュシャが見たのは、

 床に倒れ伏すミリア。


 そして、


 巨大な体躯を持った、凶悪な様相のドラゴン族。


 そして、


 今まさにこちらに放り投げられてくる、ツキカゲの姿だった。



 宙を舞うツキカゲを受け止めると、ミュシャは彼女の肢体をそっと床に下ろしてやった。


「すまん……あたしの……あたしのせいで、ミリアが!」


 顔中。いや、体中が腫れ上がり、見る影もない。

 しかし、その白い髪、薄紅色の肌は紛れもなくツキカゲのものだ。

 

「逃げろ、ミュシャ。」


 ツキカゲは膝を突き、立ち上がろうと必死に力を入れている。


「こいつは本物の化け物だ。一度逃げ、応援を呼べ。」


 その膝はガクガクと笑い、まともに立てる気配は無い。


「あたしが時間を稼ぐ。その間に、逃げろ。」


 ようやく立ち上がり、前に進もうとするツキカゲの肩を、ミュシャが掴んだ。


「ツキカゲさん。あなたは、ミリアさんが死んでしまった責任を取って死ぬつもりですか?」


 ツキカゲが振り返った。


「話を聞いていたのか?貴様が逃げるために時間を作ると言っているんだ。じゃなければ、ふたりとも死ぬぞ?」


「なら、ふたりで逃げたらいいじゃないですか。」


 ミュシャが言った。


「バカか!?手負いのあたしを連れて逃げられるものか!この状況を作ったのはあたしだ!あたしが責任を取ると言っているのだ!」


 必死に言い返すツキカゲ。

 だが、ミュシャは更に言葉を重ねた。


「ほら。やっぱり死ぬつもりじゃないですか。」


「いい加減にしろ!今度ばかりはいくら貴様でも相手が悪すぎる!」


 あまりにも聞き分けの悪いミュシャに、焦燥に駆られたツキカゲの苛立ちは遂に頂点に達した。


 ミュシャの手に力が籠った。


「ツキカゲさん。ミリアさんは、帰ったらペラさんと結婚式をすることになってました。」


「ぐ……!」

 

 ツキカゲは息を飲んだ。


「でも、ミリアさんはそれでも、死んじゃうかもしれないけど、それでもここに来ました。」


「……貴様。」


「ミリアさんには覚悟が出来ていました。それは、ペラさんも同じです。だから送り出しました。」


 淡々と、まるで独り言を漏らすかのように、静かに言葉を紡ぎ続ける。

 始めは、自分を責めているのだと思った。

 だけどミュシャの様子は違った。

 そんなこと、微塵も思ってはいない。

 ツキカゲには伝わっていた。


「もし責任を取る方法があるんだとしたら!」


 ミュシャは力強く、ツキカゲの肩を押し退けた。


「ミリアさんやヴリトラさんや、今まであなたが殺した大勢の方の分まで、精一杯生きて下さい!」


 この娘がこんな真剣な声を発したのを、ツキカゲは耳にしたことが無かった。


「それがツキカゲさん、あなたが取れる責任です。」


 肩を押し退けられたからじゃない。

 その言葉に気圧されたからだ。

 ツキカゲは、その場にへたり込んでしまった。



 ミュシャが無造作に歩を進めた。


「おい、お前。外の部下共はどうした?」


 天霊が問い掛けた。


「皆さん、やっつけました。ミュシャはその分も生きます。」


 躊躇なく進んでいく。


「5万はいたはずだ。しかもオレの選りすぐりの下僕共だぞ?」


「知りませんよ?やっつけたものはやっつけたんですから。」


「面白い。お前、少しはやるようだな。」


 天霊の体が蠢いた。

 骨が軋む音が広大な部屋中に響き渡る。膨れ上がった筋肉が、更に大きく肥大していく。辛うじて保っていた人型は失われ、体表を分厚い空色の鱗が覆い尽くし、せり出した尾てい骨は太く長い尾へと変わっていく。

 ものの数秒で、天霊ブローキューラは、正真正銘の、ドラゴンへと変貌を遂げていった。

 いや、ドラゴンとは少し違う。

 体の肥大に反比例するように、巨大な翼はみるみると収縮し、肩甲骨のある辺りへと吸い込まれていく。肩口から伸びた太い首の先には小さな頭部。その付け根には、腕も退化し胸の脇に申し訳程度に備わるのみ。 

 代わりに後ろ足は逞しく膨れ上がり、その巨大な体を高く押し上げていくではないか。

 まるで、獣脚を持つ巨大な爬虫類。

……それもまた少し違う。

 その姿は何物とも比喩出来ない、唯一無二の姿。

 その姿を例えるなら言葉はひとつしか見当たらない。

 それは【天霊ブローキューラのよう】だった。


 あまりの大きさに、柱が次々となぎ倒されていく。太い尾のひと振りでも、同じく頑強な柱は小枝のようにへし折られる。


「ありがたく拝むがいい!オレに本気を出させた魔族は、お前が初めてだ!」


 もたげた頭部が高く張り巡らされた天井を突き破り、日射しが強く差し込む。

 感情の読み取れない、それこそ爬虫類そのものの眼球が光を反射した。

 その反射で気が付く。天霊がミュシャを見下ろしていることに。

 天霊ブローキューラの体高は、魔界最大の建造物である天霊郭やサルコファガス砦を遥かに凌駕する。

 もはや生物として常軌を逸していた。

 

「もうひとつ褒美だ!せめて、苦しませずに殺してやろう!」


 鋭い牙が敷き詰められた、大きな(あぎと)が開かれる。その喉奥に、白い光が集まり始める。

 空色の鱗で覆われた顎が上がった。

 それは、狙いがミュシャから外れたことを意味していた。

 天霊が狙ったのは、樹海だった。

 

「お前の仲間ごと、だがなぁ!!」


 閃光が放たれんとした、その刹那だった。




 ミュシャの小さな体が消えた。

 次の瞬間には、大きく胸を膨らませた天霊の懐に飛び込んでいた。


 ミュシャの体が勢い良く捻られたかと思うと、

 その反動から打ち出された小さく愛らしい拳の一撃が、

 堅牢な鱗と強靭な筋肉を突き破り、

 巨大なドラゴンの腹を貫いた。


 衝撃は背から突き抜け、

 内臓という内臓の全てを吹き飛ばし、

 全身の鱗という鱗の全てを弾け飛ばしていく。


 ほんの一瞬で生命を断ち切られた天霊ブローキューラは、崩れ落ちていく。


 崩れ落ち、ゆっくりと、その亡骸を床に横たわらせるだけだった。



 ミュシャの体が地上へと舞い戻ってきた。

 しかし、ミュシャは動こうとはしなかった。

 繰り出した拳を拭うこともしない。

 体から力が抜けきってしまったかのように、ミュシャは両手をだらしなく垂らしたまま、晴れ渡る虚空を仰ぐだけだった。


「ミュシャに本気を出させた魔族はあなたが初めてです。」


 そして小さく呟いた。


「ですが、ちっとも面白くありませんでした。」


 それは、実に悲しそうな声だった。



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