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第105話 侵食する絶望①

 斬り結ぶこと、数十合。


 既に疲労が限界へと達しつつあったゴルウッドとフォスターにとって、この敵はあまりにも手強すぎた。


「あっはは!ほらほら?どうしたの?チャンバラごっこしてんじゃないわよ?」



 次から次へと迫り来る敵兵を、絶え間なく斬り伏せながらも奮戦していた彼らだったが、遂に綻びが生まれ始めた。

 彼らの守る最前線は徐々にだが確実に突破され、敵の魔の手は後方を固めるアンデッド兵へと及んだ。

 ゴルウッドとフォスターが、仲間の援護へ向かおうと決意した頃だった。

 彼らの前に、鱗将マキミズが立ちはだかった。


 本来は両手持ちのために開発されたクレイモアを2本、左右の手に携え、目にも止まらぬ速さで振り回しながら執事へと襲い掛かった。

 彼らも負けじと応戦したが、ふたり掛かりでも尚、そのドラゴン族の女は余裕を持って立ち回っているようだ。


 顔立ちはおよそ成人。魔王プージャと同世代かあるいはそれ以上には見てとれる。にも関わらず、長く伸ばした橙色(だいだいいろ)の巻き髪は高い位置でツインテールに結ばれ、その面長ではっきりした顔立ちとは噛み合わない。

 服装も異常に露出が高い、青いビキニアーマーを纏っており、脳みその幼さに拍車を掛ける。

 だが、そのちぐはぐな印象からは想像も出来ないほど、その動きは洗練されていた。


「ほらほらぁー!マリアベルの執事は猛者揃いって噂はでまかせなのかしらぁ!?」


 次から次へと、重く鋭い斬撃が襲いくる。受けても受けても更に次の斬撃。まるで絶え間なく押し寄せる波のように。いや、そんな生易しいものではない。津波と評しても余りあった。


 だが、このまま押されてもいられない。

 若手執事達も反撃を試みる。

 膂力(りょりょく)は明らかに相手が上手。加えて消耗の差も歴然。

 真っ向勝負は不利。

 フォスターの煉瓦色の瞳が深く怪しい輝きを放った。同時に、周囲に不可思議な薫りが立ち込め始めた。

 インキュバス族の特性である、異性に対して特段の効力を発揮する、フェロモンを含んだ魔力の放出だった。

 相手を(かどわ)かす薫りが女を包み込む。

 基本的にはこのフェロモンは格下を屈服させるために用いる。同格かそれ以上にはあまり効果がない。

 それでも、フォスターは既にマリアベルの術式により並の魔王と肩を並べるほどの強者。

 一瞬ではあったが、この敵対する女の動きを鈍らせるだけの成果を上げるに至った。

 その隙を見逃すことはなかった。

 

 鈍ったクレイモアの一撃をかち上げると、女の胴はがら空きに。

 ゴルウッドが鋭くその隙を突く。

 血塗られたショートソードが女の胴を薙ぐ。

 確実に捉えたと思われたその一閃は、どこからともなく現れたもうひとつのクレイモアの刃を叩いた。

 かち上げられたのとは逆の腕。不自然極まりない形に肩を捻らせ、無理矢理に大剣を滑り込ませたのだ。

 無理をした女の体勢は完全に崩れていた。

 それを見逃す手はない。

 ゴルウッドが息を吐き、もう一閃、剣を打ち込もうとした瞬間だった。

 女の体が浮いた。

 明らかに動くはずのない方向に肩が曲がり、大剣の柄を支えにして体を持ち上げる。

 それはまるで、細い棒の上で軟体を披露する曲芸師(コントーショニスト)のような動きだった。


 あまりに意外な動きに面食らい、動きにためらいの生まれたゴルウッドの顔面を、女の股が抱え込んだ。

 大蛇が絡みついたかと錯覚するほど、強い力がゴルウッドの首に掛かる。

 このまま首をへし折られる。

 直感したゴルウッドは女の腿を力任せに振り払った。

 

 女はやはりクレイモアの柄を支柱に体を捻り、嘲笑うかのような動きで体勢を整える。

 そのまま逆立ちし、ゆっくりと背中を折り曲げ始めた。

 両腿を耳の脇にぴったりと付けた不自然なポーズを取ると、不適な笑みを浮かべながらゴルウッドを見つめていた。

 挑発するような視線で。


「どう?驚いたかしら?ボクちゃん。」


 真っ赤に塗られた唇に舌を這わせ、女が扇情的な声を発した。


「誰だてめぇは!?痴女か!?」


 ゴルウッドが剣を振り下ろした。

 

「あぁん!?なんだすげームカつくガキだなてめーは!ぜってー教えねぇからな!?」


 女の誘惑に屈することなく……いや、ゴルウッドは誘惑されたとも思っていないだろう、一拍の間も置かずに斬りつけてきたその態度に、女が憤慨したのは言うまでもない。

 

 折れ曲がった背骨を戻す動きでゴルウッドの剣を蹴り上げ、剣の柄を握り締める。

 クレイモアから飛び降りながら地面から引き抜くと、着地と同時に右肩を回して斬り上げた。


 これもまた予想外の動き。

 構えの取れていなかったゴルウッドに、重心移動をする時間は残されていない。スウェーバックで上半身を反らし、ギリギリでその逆風(さかかぜ)からの斬り上げをかわして見せる。

 体重の全てが後方に掛かる。

 女はそれを見逃さなかった。

 左のクレイモアを薙いだ。


「ゴルウッド!」


 怒号と共に横から飛び込んできたフォスターの一閃が、間一髪のところで同僚を救った。


「二体一とは卑怯だと思わないの?このガキ共が。」


 多少は頭にきたのか、女がニヤけながら抗議の意思を示す。


「二体一はマリアベル執事室とメイド室のお家芸だっつーの!」


 その隙に体勢を立て直したゴルウッドが攻撃を再開する。


「開き直ってんじゃないわよ!格の違い、見せてやるわ!!」


 女の顔から笑みが消えた。

 二刀流に構えたクレイモアが同時に打ち出された。

 が、先刻までとはまるで動きが変わった。

 左右の大剣が、全く別々の動きでフォスターとゴルウッドに襲い掛かる。

 そう。

 この女、両腕を同時に、完全に独立させて武器を操ることが出来るのだ。

 しかもこのふたりを相手に出来るほどの精度で、だ。



 ―――更に数十にも渡る斬り合いの最中、ふたりの体の至るところを幅広の刀が掠め、体力を奪い取っていく。片や、若き執事達の振るう血塗られた剣は、虚しく空を切るばかりとなっていた。


(くっ!状況が悪すぎる!)


 フォスターは心中で毒づいた。

 彼らが万全の状態であったなら、あるいは互角に近い勝負が出来たのかもしれない。

 だが彼らもまた、万を超える敵を相手に獅子奮迅の働きを続け、疲弊しきっていたのだ。


(このままじゃ、全滅する!)


 この女ひとりに対して手こずり過ぎた。

 視界の端に、彼らを通り過ぎ樹海の奥へと進む雑兵の姿が映り込む。

 更には耳朶(じだ)を突く剣戟の音、そして自軍のアンデッド兵の喊声(かんせい)、悲鳴。 

 どうやらかなり深い位置まで押し込まれているのが気配で伝わってくる。


 焦りが隙を生み出す。

 仮にも天霊軍の将を務めるこの女が、それを見逃すことはなかった。


「あら、意識がお留守のようね!」


 鱗将がクレイモアを鋭く薙いだ。

 極大の両手剣がフォスターの胴を裂かんと牙を剥いたその時だった。


「危ねぇ!」


 同僚の声が聞こえるよりも速く、フォスターの体は突き飛ばされた。その目に映ったのは、声の主の利き腕が、無惨にも宙を舞う瞬間だった。スローモーションのように。


「ゴルウッドぉー!」


 フォスターの悲鳴が騒乱の樹海に木霊した。

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